「レザード・ウル・ヴァリアント④」
ロレッタ嬢の様子がおかしい。
もともとおかしな娘ではあったのだが、最近ではほとんど病気の域だ。
虚空を見上げて意味不明なつぶやきを発したり、突然テーブルに額を打ち付けたり、かと思えば会話の途中でいきなり顔を両手で覆って悶え出したり。
変わったのはあの決闘の日からだ。
ディアナに勝利を納め、アリア嬢の役に立てたとあれほど喜んでいたのにも関わらず……。
「ああー……なんでわたしはあの時あんなことをぉぉぉぉ……」
俺たちの定番の場所であるオープンエアのカフェで、今日も今日とて謎の病を発症させるロレッタ嬢。
「なあ、ロレッタ嬢」
国王陛下への書簡をしたためる手を休めると、俺はロレッタ嬢に話しかけた。
「そんなことあるわけないの、よく考えればわかることなのにぃぃぃぃぃー……」
「なあ、聞いてるかロレッタ嬢」
「ねえ、あのアリア様よ? あのアリア様がいきなりそんな、公衆の面前でそんなことするわけないじゃない。にも関わらずなんであんな自分勝手な解釈を……」
「んー……なるほど、なんとなくわかった」
「え、わかったんですの!?」
するとロレッタ嬢は、血相を変えて立ち上がった。
「わたし全然そんな、確信に触れるようなことは何ひとつ言ってないのにっ!? なんでですの!?」
「んー……あえて言うならば既視感というか……他人事でない感覚というか……」
ちょっと前に、俺も似たようなヘマをした。
衝動に任せてアリア嬢へ告白して、そしてしばらくギクシャクした。
今でこそ普通にしているが、時おり警戒されているような感覚に陥ることもあり……。
「……あ、ちょっと気分が悪くなってきた」
「って、どうしていきなり落ち込んでるんですの!? わけがわかりませんわ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐロレッタ嬢に、事の成り行きを説明すると──
「ああー……なるほどぉー……」
ひと通り聞き終えたロレッタ嬢は、心底といったようにため息をついた。
「やはりあの時のわたしの解釈は合っていたんですのね。レザード殿下は勢いのままにアリア様に告白して、玉砕したと」
「いや、まだ玉砕したと決まったわけではないぞ。俺の場合は自分の方が強くなったらという条件を出したわけで、単純にまだ俺の方が弱いだけで」
「でも、その件に関してアリア様は何もおっしゃらないのでしょう? 軽やかな無視を決め込んでおられると」
「ぐっ……」
俺は胸の痛みに耐えかねて呻きを漏らした。
「まあでも、他人事ではありませんわね……」
そうしてロレッタ嬢が吐露したのは──
「……君、正気か?」
あの状況下でいきなりキスを求めるとか、告白以前の問題だ。
「いやその……勝利の勢いと言いますか……その場の雰囲気に流されてと言いますか……ちょっと……当時のことは正直あまり覚えてないと言いますか……」
髪をしきりにいじり回し、失敗した役人の言い訳みたいなことをしどろもどろに繰り返すロレッタ嬢。
「ある意味俺よりひどいんじゃないか? それは」
「いや、いきなり求婚した人よりはひどくないでしょう」
手の平をこちらに向け、それはないと言い切るロレッタ嬢。
「お、俺の場合はあくまで前提条件があるから。今後の成長を見て欲しいという希望込みでの話だから。そりゃあ求婚という部分だけをクローズアップすればたしかにそうなるが……」
「失敗した役人の言い訳みたいになってますわよ、殿下」
わあわあ、ぎゃあぎゃあ。
俺たちは口々に言い合った。
アリア嬢への告白や距離の詰め方の妥当性について。
おそらくは性急過ぎたそれらの及ぼすだろう、今後のアリア嬢との関係性の変化について。
「はあー……もうそろそろ、やめにしないか?」
「ええ、まったくもうその通りですわ。不毛すぎて、話せば話すほど疲れるだけですもの」
共通理解を得た俺たちは、それぞれの立場からのアリア嬢との今後について話をした。
「現時点で言えるのは、アリア嬢がどちらにも傾いていないこと」
「ええ、とにかく困惑しきりといったご様子で、今も熱を出して学園を休んでらして……。今後のやり取り如何では、友達関係にまで支障を来すかもしれないということ」
「特別なことはしないほうがいいだろうな。あまり刺激せず、あくまで普段通り、普通に接すること」
「謝ったりとかも、やめたほうがいいですかしらね……。あれはあくまでイスの言い間違えだという線で貫いて……。普通に……普通に……」
自分に言い聞かせるように何度も繰り返すロレッタ嬢。
俺もまた、普段通り振る舞うことを心に決めていた。
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
アリアへの告白に失敗(?)したふたりによる傷の舐め合いというか、今後の方針についての話し合いね。
だけどよく見ると、みんながみんな、普通に接しようとしているみたいだけど……。
そんなこと出来るのかしらね、このコたちに……。
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