「熱を出して寝込んだ②」
翌日、僕は熱を出して学校を休んだ。
ベッドに横になっていると、家の者が入れ替わり立ち替わりやって来た。
「大丈夫かいアリア? ああ、どうしよう。こんなに立て続けにアリアが病気だなんて……っ。医者、医者はまだかいっ? これはもう重篤な症状なんじゃ……っ?」
過保護なお父様は泣きそうな顔で僕の手を握り──
「お姉さまあぁーっ! 死んじゃやだああぁーっ!」
レイミアはボロボロ大泣きしながら僕に抱き着き──
「お嬢様。もしもの時はこのベスが後を追いますから。向こうに行ってもお世話はお任せください」
ベスがにっこりと壮絶な笑みを浮かべ──
「……いいから、あなたたちは部屋を出てもらえますか?」
30半ばぐらいのメガネの女医さんが、呆れたような顔で皆を部屋から追い出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「またですか。アリア様」
二度目にしてもはや慣れて来たのだろうか、女医さんは診察すら行わなかった。
「それで、今回はどうしたんですか? また例の少年と、何かあったんですか?」
と、これ以上ないほど単刀直入に聞いてきた。
「いえ、それがその……今回は違う相手でして……」
すると女医さんは、キラリとメガネを光らせた。
「──お話、詳しく聞かせてもらいましょうか」
あらかじめベスが淹れておいてくれた紅茶を飲むと、ぐいと前のめりになり、さあどうぞとばかりに話の続きを促して来た。
「実はですね……」
詳細は隠しつつもロレッタ嬢とのあれこれを説明すると、女医さんは興味深げにうなずいた。
「なるほど、なるほど……親愛としての好きを超えたレベルの、真実の好きということですね。それが勢い余って口から出たと。キスをせがんだはいいものの、あなたが肝心のところを理解しておらず、なんだかんだうやむやになったまま今に至ると」
ひと通り話を聞いた女医さんはポンと僕の肩を叩くと、満面に笑みを浮かべた。
「いやあー、面白いですね。お貴族様の子供の患者さんは面白いコが多いけど、わたしの担当の中ではあなたが一番面白いです」
「面白がらないでくださいっ!」
僕が全力で苦情を述べると、女医さんは「ふふふ、ごめんなさいね」と謝ってきた。
ちょっと笑ってる辺り、全然悪いとは思っていなさそうだが……。
「そうですねー……ではこうしてみてはいかがでしょうか。少年の場合は『あなたより強くなったら』が条件ですので、あなたが長期間負けないようにすること。女の子の場合はキスをせがみはしたものの、肝心要の告白をしていない。あなたが何事もなかったかのように普通に接していれば、しばらくは思い切った行動には出られないんじゃないでしょうかね」
「んー……なるほど。つまりは極力焦らず、刺激せず、普段通りに?」
「そうそう、人の心を弄ぶ悪女のように振る舞えばいいわけよ」
「言い方っ、言い方に悪意があるぞっ!」
僕のツッコミを、女医さんはケラケラと楽し気に笑った。
「もうっ、他人事だと思ってからかって……」
ぶつぶつとつぶやく僕に、女医さんは。
「ごめんなさいね。でも、それが一番簡単で、堅実な方法であることはたしかです。あなたも含めて皆子供であるわけですし、将来のことまで今すぐ決める必要はないでしょう? 恋人だなんだと焦る必要もない。それに何よりあなた自身が、恋とか愛がなんなのか、まだわからずにいる状態なのでしょう?」
「ええまあ……」
ふたりのような美しい人間に好意を向けられるのが嫌なわけじゃない。
仮にそれがアリアという器に対する好意だったのだとしても、正直嬉しいような、心がふわつくような感覚はある。
だけどそもそもの問題として、僕はつい最近まで友人を持ったことすらない人間だった。
恋だとか愛だとか、ましてや結婚だとか同性愛だなんて、あまりにハードルが高すぎる。
「ならやっぱり、普通にしていましょう。勉強して、運動や文化活動に励んで日々を過ごして、少しずつ大人の女性になっていきましょう。そうしたら、そのうちおのずと答えは見つかるはずです。恋とはなんなのか、愛とはなんなのか、今自分の頬を熱くしているのはなんなのか、胸の痛みの真の理由はなんなのか。それがわかってからでも、決めるのは遅くないでしょう」
「……なるほど」
からかわれたことはともかく、女医さんの言葉は腑に落ちた。
焦る必要はない。
大人の階段を登っていく中で、ゆっくり答えを出せばいい。
遠いように見えて、実はそれが一番の近道。
「あー、若いコの恋愛話を聞くと艶々するわー……」
満足げにため息をつく女医さんの傍らで、僕は明日のことを考えていた。
普通に過ごす。普段通りに振る舞う。
当たり前のことを当たり前に行う。
そうだ、ただそれだけでいいのだと。
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
この女医さん、けっこう便利なキャラなのよね。
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