「キスとイス」
クロード2級執事とレモウ社会科担当教師。
ディアナが操っていたであろうふたりの犯人に向かって歩いて行くレザードの後ろ姿には、14歳という若さでありながらすでに王者の風格みたいなものが漂っていた。
「奴らが誰の友人を傷つけたかを、教えてやるのさ」
なんて発言からもわかるように、レザードは今回の事態を蔑ろにする気はないようだ。
公爵令嬢の起こした不祥事として、どこまで咎めるつもりなのかはわからないが、いずにしろあのふたりがただで済むことはなさそうだ。
そして、おそらくは……。
「ディアナ……後で泣くほど後悔するハメになるだろうな……」
去り際のレザードの笑顔を思い出して、ディアナの処遇がどんなものになるだろうかと考えていると……。
「アリア様。これはもしかして……」
ロレッタ嬢が、びっくりした顔を僕に向けた。
「ああ、ディアナの不正が明らかになれば、筆記の結果は覆るだろう。一方で君は実技ですでに勝っているから……」
「わたしの……勝ち?」
「その通りだ。おめでとうロレッタ嬢」
「…………っ」
美しいヘイゼルの瞳が潤んだ──と思った次の瞬間、止まっていた涙がボロボロとあふれ出した。
「わた……わた、わたし……アリア様のために……なれた……なれたっ」
感動のあまりだろう、ロレッタ嬢は何度もしゃくり上げた。
「本当に……よか……っ」
「ロレッタ嬢……」
これが友人か、これが友情というものなのか。
感動した僕が、泣き止ませようと思ってロレッタ嬢の体を抱き寄せると──
「…………っ?」
ロレッタ嬢は、驚いたように体をビクリと震わせた。
僕の腕を見て──顔を見上げて──その距離にさらに驚いて──
「あ、あ、あ……あの、これはあの……そういう流れでっ? わ、わ、わかりまひたっ」
噴火したみたいに顔を上気させたかと思うと、せかせかと髪を整えた後、ぎゅっと目をつむった。
「ひ、ひと思いにっ、ひと思いにやっちゃってくださいっ」
「…………ええと?」
何を求められているのかわからず、僕はひたすら戸惑った。
あるいは僕だけが知らないことで、こちらの世界ではこの状況ですべきお決まりの行為でもあるのだろうか。
「ロレッタ嬢、ちょっとわからないので教えて欲しいのだが、僕はいったいどうすれば……」
「そりゃあもちろんキスに決まってるじゃないですかっ。頑張ったヒロインへのご褒美としてヴァレスティ様みたいに──」
「ねえねえふたりとも、何してるのっ?」
ロレッタ嬢のセリフに被せるようなタイミングで、レイミアが聞いた。
「え、ちゅーするのっ? なんでなんでっ?」
「え、あの、え、その……なんでというか……っ」
レイミアの質問に、ロレッタ嬢は目を逸らしながら……。
「その……キスではなく………………イスです」
「イス? 座りたいの?」
「ええ、あのその……疲れたので……ええ」
両手の指を絡み合わせて意味不明なことを言い出すロレッタ嬢。
一方レイミアは理解出来る答えが返って来たことが嬉しかったのか、パアっと表情を輝かせた。
「じゃああっちだねっ、今ならがら空きだからっ」
三々五々と観客が去り、がらがらになった観客席へと、ロレッタ嬢の手を引いてつれて行く。
「ほらほら、行こうロレッタっ」
「え、あの……アリア様……」
後ろ髪を引かれるような顔でこちらを振り返りながら、ロレッタ嬢はつれて行かれる。
一方取り残された僕はというと……。
「えーと……今のは……」
たしかさっき、ロレッタ嬢は僕にキスをしてくれとせがんだはずだ。
決闘に勝ったご褒美にキスをしてくれと。
「えーと……でも待てよ、おかしいぞ?」
僕は女で、ロレッタ嬢も女だ。
にも関わらずキスをする? しかも唇に?
それにはいったいどういう意味があるのだ?
あれか、親愛的な意味のあれか?
でも待てよ……?
──ロレッタの場合は男装の麗人ヴァレスティっていう女傑に救われ愛されるヒロインに自分を見立てているの。そのせいか、プレイヤーの操作するキャラを百合的に愛することが多くて……。
ジェーンの教えてくれた情報によるならば、ロレッタ嬢はプレイヤーを百合的に愛することがあるのだそうだ。
百合的にというのは、女性が男性を愛するように、女性なのに女性を愛するという意味だそうで、つまり今のは……。
「親愛表現のキスではなく、本来の意味での……愛をこめたキスをせがまれた……?」
たどり着いた結論の衝撃で、僕は思わずフリーズしてしまった。
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
持ち前の妄想癖を発揮して、とんでもないことを口走ってしまったロレッタ。
はてさてこの後、どうなるのかしらね?
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