「ロレッタ・ジル・ヒーロウ③」
決闘は、ディアナの攻撃から始まった。
「『水撃』!」
触媒となる魔法の杖を振りかざし、先端から凄まじい量の水流を飛ばして来た。
同年代の魔法使いとしては、ちょっと考えられないぐらいの威力と精度で。
「くっ……『水盾』!」
対するわたしはやはり魔法の杖を振りかざし、目の前に盾を作った。
水色の板を数枚張り重ねたような形状の盾は、幾重にも渡って水撃の威力を殺し、本体であるわたしに到達するのを防いでくれた。
だがもちろん、その一発で終わりというわけじゃない。
「あら、なかなかやるじゃない。しかもわたしと同じ、水の系統魔法。でも、同じなのは系統だけね。優劣はほら、こんなにハッキリ」
ディアナはにやり笑うと、次を次をと放って来た。
「『水矢』! 『水虎』! 『水槍』!」」
敵を追尾する水の矢、本物のように動く水の虎、金属のように硬い水の槍を武器としての投擲。
術の豊富さや見事さを誇示するかのように、様々な方法で攻め立てて来た。
「『水盾』! 『水盾』! 『水盾』!」
一方わたしはそれらをすべて、『水盾』で防ぎ続けた。
それしか知らないというわけじゃない。
それが一番早く展開出来る、一番信頼度の高い魔法だったからだが……。
──……ぷっ、見てよあれ。防いでばっかり。
──しかも他に魔法知らないのかってぐらい同じの使って。
パーシアの取り巻きたちが、防戦一方のわたしを嘲る。
──魔法の精度がまるで違うね、ディアナ様のが百倍上。
──授業でもディアナ様は圧倒的だしね。実戦でもここまでとは思わなかったけど……。
評論家気取りの人たちにつられてだろう、ディアナ優勢の雰囲気が拡散していく。
それはやがて会場中に広まり、取り巻きたちの煽りもあって、ディアナへの応援と変わっていく。
──ディアナ様ー! 強ーい!
──ディアナ様ー! 余裕ですよー!
会場中の後押しを受けたディアナは、心地よさげに肩を揺する。
「観客は正直ね。わたしとあなたの実力差は、ほらこんなにも明らかなんだって」
──ディアナ! ディアナ! ディアナ!
──ディアナ! ディアナ! ディアナ!
「泣きの一回、受けてやろうか一瞬悩んだけど、結果的に正解だったわね。こんなに簡単に、あなたの醜態を晒すことが出来るんだから」
──ディアナ! ディアナ! ディアナ!
──ディアナ! ディアナ! ディアナ!
ディアナコールは留まるところを知らない。
声援に拍手、足踏みに口笛。
わたしへのブーイングまで混じったそれが、地鳴りのように会場中に響き渡る。
「…………っ!?」
わたしは思わず、息を呑んだ。
膝が震え、手が震え、杖を持っていることすら辛くなった。
恐ろしさのあまり、棒立ちになった。
「あ……」
どうして皆は、わたしを貶すのだろう。
どうして皆は、そんなに怖い目をして脅すのだろう。
もごり体の内から湧き上がってきた恐怖の重さで、潰れそうになった。
「あ……」
気が付けば、口から呻きが漏れていた。
「あ、あ……」
同時に昔の、幼い頃の自分を思い出していた──
虫が怖い、犬が怖い、幽霊が怖い。
大人の男性が怖い、集団で騒ぐ子供が怖い。
生来のわたしの怖がりは、母を失ったことでより一層高まった。
義母とふたりの義姉のせいで、それはさらに悪化した。
結果としてわたしは、本の中に住処を定めることとなった。
友達も家族も、恋人だって本の中にいるからいいやと、そう思って。
だけど……。
だけどわたしは、アリア様に出会った。
本の中から抜け出したような麗人に、本の中から引っ張り出していただいた。
その日から、世界が変わった。
花の美しさ、風の心地よさ、人々の話す声の賑やかさ。
日の光すらも違って見えた。
わたしに優しく、居心地の良い世界に変わっていった。
なんだそんなことと、笑わば笑え。
わたしにとって、それは大きな転機で……。
その瞬間だった。
声が聞こえたのは。
──ロレッタ嬢ー! 大丈夫だ、勝てるぞー!
招待者席の中央で立ち上がり、アリア様が叫んでいる。
──精度では向こうが上だが、出力ではこっちが上だ! シンプルな防御術だけですべてを跳ね返せているのがその証拠だ! つまり……何が言いたいかというと……!
メガホンみたいに両手を口に当て、似合わぬ大声で叫んでいる。
──思い切りぶっ放せ! それで決まりだあああー!
顔を真っ赤にして、全力で。
他ならぬわたしのために、アリア様が。
瞬間、わたしの中で何かが弾けた。
「あ、あ、あ、あ……!」
わたしは叫んだ。
アリア様に負けじと、全身全霊で。
「あああああああああああああああー!」
撃ち出したのは『水撃』。
水系統の、最も基礎となる攻撃呪文を思い切り。
「は? え? なんで……」
ディアナは動揺しながらも、『水盾』で『水撃』を防いだ。
最もシンプルな攻撃呪文と、最もシンプルな防御呪文。
両者の拮抗は、すぐに崩れた。
「冗談でしょ……!? なんで急に……そんな……!?」
ピシピシと『水盾』に入ったヒビを、ディアナは驚きの目で見つめた。
「ウソ……ウソよ……! こんなのあり得ない……!」
ディアナは必死に否定するが、現実は残酷だ。
『水盾』は脆くも破れ、勢いを保ったままの『水撃』が殺到した──
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
ロレッタVSディアナ、ふたりの勝負の行方は……っ!?
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