「レザード・ウル・ヴァリアント③」
「待たせたな、アレク」
パーシアの取り巻きから木剣を受け取ると、俺はアレクに向き直った。
「まったくだ、待ちくたびれたぜレザード」
木剣を肩に担いだアレクは、にやにやと薄ら笑いを浮かべている。
「しっかし男が女の後ろに隠れて怯えてよ。情けねったらねえぜ。なあーみんな?」
アレクの言葉に、取り巻きたちがどっと笑う。
「……」
罠だ。
相手を挑発し、冷静さを欠いたところを打ち据える。いかにもケンカ慣れした、アレクらしい作戦。
俺より頭半分デカく、筋肉の鎧で身を覆っているくせに、そういう小技も使える奴なんだ、こいつは。
「……」
以前の俺だったら、ここで激昂していただろう。
アレクの術中にハマり頭に血を登らせ、打ち負けていただろう。
10戦10敗というここまでの戦歴通りに。
だが、今の俺は違う。
アリア嬢と出会い、敗北したことで強くなった。
肉体的にはもちろん精神的にも。
それをこれから、証明してみせる──
「……ふん」
俺は鼻で笑った。
「なるほどなるほど、周りをぐるりと取り巻きに囲まれてなきゃ何も出来ないおまえが言うと、なんとも説得力があるなあー?」
「……あ?」
「おや、わからないのか? 俺の言葉が難しすぎたか? ならばもっとわかりやすく言ってやろう。ひとりじゃ何も出来ない、腰抜け野郎と」
「こ──」
アレクの顔が蒼白になった。
全身の筋肉が隆起し、強張った。
「殺してやる……っ。おい、誰も手を出すんじゃないぞ!?」
首を左右に振り、取り巻き連中に手出し無用と釘を刺した──その瞬間につけ込んだ。
「疾──」
よくアリア嬢がするように、一歩目を小さく、二歩目で大きく、タタンと一気に懐へ飛び込んだ。
木剣を左下から右上へ──逆上するアレクの、木剣を持つ右手の甲を狙った。
「……くっ!?」
狙いは過たず、木剣は手の甲を直撃。
これには堪らず、アレクは呻いて木剣を取り落とした。
普通の相手ならそこで終わりだが……。
「ちくしょう!」
アレクは叫びながら大きく蹴り込んで来た。
丸太みたいな太さの足が俺の横腹へ──
「──おっと」
俺は素早くバックステップしてこれを躱した。
すかさず追撃に移りたいところだが、これにはパーシアが待ったをかけた。
「だ、ダメですわ。そんな不意打ちみたいなことっ」
ひどく狼狽した様子で、決闘の中止を訴えかけている。
「決闘は紳士の嗜みでしょう? こんなの許されることでは……」
取り巻きたちは当然賛同。
仕切り直しだと騒ぎ出す。
「……だそうだが、どうするアレク? 日を改めて再戦と行こうか、それとも治療する時間が欲しいか? パーシア嬢の光魔法で治療してもらうのもいいかもな。俺はどちらでも構わんぞ? おまえのような鈍い奴相手なら、いつでも勝てるからな」
「お、お、おのれえええぇぇぇーっ!」
激昂したアレクは、顔を真っ赤にして決闘続行。
両腕を広げ、猛烈な勢いで胴タックルをかましてきた。
俺を遮二無二押し倒し、体格差を生かして殴りつけようというのだろうが……。
「……一向に構わん!」
アリア嬢に寝技や関節技の特訓まで受けている俺は、木剣を投げ捨てるとタックルを受け止めた。
後ろへ足を投げ出すようにしつつタックルの勢いを殺すと、アレクの太い首にするりと腕を回し、頸動脈を締め上げた。
名前はフロントチョーク、どこぞの国の軍隊格闘術らしいが……。
「……ぐっ?」
まさか立った状態で締め技をくらうとは思ってもみなかったのだろう。
フロントチョークは完璧に入り、アレクの手は虚しく宙をく。
「手出し無用、だからな?」
俺は周囲を見渡しながら、警告を発した。
アリア嬢の危惧していた通り、こちらに向かって石を投げつけようとしていた者がいたが、俺と目が合うと、そそくさと手を後ろに引っ込めた。
──自分の技に集中するあまり、相手のことが見えていない。試験で良い結果は得られるでしょうが、実戦では役に立たない。
かつてアリア嬢に投げかけられた言葉を思い出した。
そうだ、あの瞬間まで、俺は自分のことしか見えていなかった。
だが、どれだけ鋭い斬撃も打撃も、組み技だって相手あってこそのものだ。
しかもその相手は、ひとりだけとは限らない。
それを、今の俺は知っている。
頭で、体で理解している。
こんな状況なのに、周りのことが手に取るようにわかる。
パーシアの焦った顔、取り巻きたちの驚きの顔、アリア嬢の希望に満ちた顔……。
そうこうしているうちに、アレクの動きが弱くなってきた。
限界とばかりに、俺の腕をポンポンと叩いて来た──降参の証だ。
力を緩めて解放すると、アレクはその場に崩れ落ちた。
「はあ……っ、はあ……っ、はあ……っ、ちくしょうっ」
顔を伏せ、全身で息をしている。
「決闘は俺の勝ちでいいな?」
「ああ……それでいい」
俺の言葉に、アレクは苦しげにうなずいた。
「……っ」
産まれて初めて上げた、アレクからの白星。
だが、思ったよりも達成感は無かった。
はて、どうしてだろうと首を捻っていると……。
「レザード……! レザード……!」
取り巻きをかき分けかき分け、アリア嬢がやって来た。
優美な手でぺちぺちと俺の肩を叩き、腕を叩いた。
「すごいな……! やったな……!」
今まで見たことのないような興奮した表情で、俺を見上げた。
戦の女神がそうするように、俺を讃えてくれた。
「……っ」
その瞬間、俺はわかった。
アレクに勝ってもそれほど高揚しなかった理由。
それは単純だ。
俺はアレクより、自分よりも遥かに強い存在がいることを知っていて──
その人に勝つという最終目標を立てているからなのだ──
「なあ、アリア嬢」
そんなことを考えていたせいだろう。
アリア嬢の手を取った俺は、本能の赴くままにこう言った。
言って、しまった。
「今後、俺がさらに強くなって……もし君に勝てるようなことがあったなら……。なあ、その時は……」
俺と結婚してくれないかと、まっすぐに──
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
レザード、男の意地からの告白。
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