「小さな家のふたりの家族」
レイミアに尾行された(というよりは単純について来ただけだが)僕は、あれよあれよという間にパーシアの家に招き入れられてしまった。
しかもそのせいで……。
早くに父を亡くし、家計はニーナさんがひとりで支えているとか。
長い間手の加えられていない家はあちこちから隙間風が吹き込み、雨が降れば雨漏りがするとか。
しみじみとした貧しさや、家族の情を味わせられてしまったのだ……。
「わー、なんかすごいねーっ」
貴族の家に産まれ、貧しさというものを知らないレイミアは、物珍しさを隠そうともしない。
「ね、ね、すごいねお姉さまっ。こんなの見たことないっ」
やめろ、振るな振るな。
「小さくて可愛いねっ。お人形さんの家みたいっ」
庶民の家に対してアトラクション感覚で感想言うのやめてくれ。
レイミアの無邪気な発言に、僕がひたすらダメージを受けていると……。
「すいませんねえ、狭い家で。ろくにおもてなしも出来ませんで」
ニーナさんがすまなそうな顔で淹れてくれたのは、明らかにとって置きだろうと思われる紅茶だ。
ストレイド家で出されているものに比べればたいしたものではないのだが、それでも十分に値の張るだろう品であり……パーシア家にとっては大変な出費であり……。
「いえいえ、そのようなことは……。お、これはウィリアム・メイスンの一級ですね。実に良い品です。香しい匂いにまろやかな口当たり……」
切羽詰まった僕が慣れない食レポみたいなことを始めるのを、きょとんと不思議そうに眺めるレイミアの目がこれまた痛い。
「まあ、本当ですか? それは良かった」
ニーナさんは素直に喜ぶと、次に焼きたてのケーキを出してくれた。
スポンジ生地にレモンを乗せ、上から蜂蜜をたっぷりかけたハニーレモンケーキ。
いつも食べているベス作のものに比べれば材料も安価で、遥かに素朴だが、かなり美味い。
「とても美味しいです。甘味があっさりしていてしつこくなくて……」
素直に誉めるものが出て来たことにほっとしている僕の隣では。
「おいひいっ! おいひいようーっ! ふんががぐーっ!」
口の回りに蜂蜜をべったりつけたレイミアが、目をキラキラさせて喜んでいる。
「あらまあ、それは良かった」
続けざまの賞賛の声に安堵したのだろう、ニーナさんはほっとした顔で洗い物を始めた。
台所に立つその後ろ姿には、いかにもな母親感が漂っている。
「ねえ、お姉さまっ。ニーナさんっていい人だねっ。紅茶もケーキもおいしーしっ」
「……ああ、そうだな」
「にこーっと笑って、優しい感じっ」
「……まったくその通りだ」
レイミアの口の回りを拭ってやりながら、僕はため息をついた。
せっかくここまで来たのだから、せめて家の中を調査しておこう。
といってもレイミアの手前、おおっぴらには出来ない。
キョロキョロと目を走らせて……チラリと覗き込んで……。
わかったのは、台所と居間、寝室兼物入れの二室しか無いということだ。
プライバシーなどというものは一切無く、パーシアの持ち物とニーナさんの持ち物の区別も無い。
小さな家にたったふたり……ふたりきりの家族……。
「あの……アリアさん?」
洗い物を終えたニーナさんが、窺うような目で僕を見た。
「それであの……あのコは上手くやっているんでしょうか?」
そわそわしながら、パーシアの素行について訊ねてきた。
友達はいるのか、教室で孤立していないか、金持ちばかりの環境でいじめられていないか。
片親だということや貧しい生活で苦労させたことが負い目になっているのだろう、聞いているほうが胸を病みそうな、切々とした調子で。
「ええと、それはですね……」
僕はしどろもどろになりながらそれに答えた。
パーシアにいかに友達が多いか。どれだけ慕われているか。
ニーナさんが喜ぶようなことを、ニーナさんが喜ぶ言葉で語って聞かせた。
もちろん、正直に答えてもよかったのだ。
あなたの娘が学園で派閥を作っていますよとか、うちの妹に非人道的行為を働いていますよとか。
あなたそれでも親ですかとか。
だけど全然、出来なかった。
心優しいこの人を傷つけることが、どうしても。
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
よかった。
白昼の惨劇は避けられたみたいね。
あとの問題は、パーシアに対してどうするか……。
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