「まさかのお宅訪問」
誓って言うが、僕は別に、レイミアに対して特別愛着があるわけじゃない。
『友達』作りや自らの挙動不審を隠すために利用しやすい人間だから傍に置いているだけで、愛情みたいなものは欠片も無い。
もし面倒になったら事故に見せかけて殺せばいいし、いつ失ったって構いやしないとすら思っていた。
思っていた──はずなのに。
泥だらけになり怪我をしたレイミアを見た瞬間、頭に血が上った。
誰かに突き飛ばされたのだと知って、拳の震えが止まらなくなった。
冷静に考えるなら、たいした怪我じゃない。
僕に対しての攻撃の一環でそうしているのならば、証拠を見つけて反撃の材料にすればいい。
むしろチャンスだとすら思っていた。
思っていた──はずなのに。
「……さま」
なのに、なぜだろう。
どうしてかはわからないが、僕はこう思った。
レイミアを傷つけた人間を殺そう。
本人だけでなくその周囲をも巻き込む形で、なるべく残酷に。
二度とおかしなことを考える者が出ないように、徹底的に叩き潰そうと。
「お姉さまってば」
ハッと気が付くと、いつの間にかレイミアが傍にいて、僕の腕をぐいぐい引いていた。
ドレスは昨日着ていたものではないオリーブ色の動きやすそうなもので。
両膝と手の傷には絆創膏が貼られているが、動くには支障がない──そんな状態で、いつものように僕の傍にいた。
「……レイミア?」
ハッとして辺りを見渡すと、そこはフェザーンの街の郊外だった。
目の前にあるのは小屋に毛が生えた程度の家。
家の周りには小さな畑があって、家族で食すためのものだろう野菜が植えられている。
「もう、お姉さまったらぼーっとしちゃって。レイミアが呼んでも全然気づかないんだから」
レイミアは腰に手を当てると、ぷうと頬を膨らませて怒って見せた。
「あ、ああ……すまない。君はもしかして……家からここまでついて来て……?」
「窓から出るの見たからね。これわっ、と思ったの」
「……」
迂闊にも程がある。
家から脱出するところを目撃されただけでなく、ここまで尾行されるだなんて……。
しかもここは、目的地であるパーシアの家じゃないか。
レイミアはもちろん誰にも気取られないよう侵入し、ひとりで家にいるはずのパーシアの母を殺そうと思っていたのだが、計画はこれでご破算だ。
「ねえねえ、ここって誰の家? 誰かにご用なの?」
「や、その、ここは……」
知らないと答える前に、家の中から人が出て来た。
長い金髪に優し気なエメラルド色の瞳。歳の頃なら40半ばだろう、パーシアの母親のニーナさんだ。
「あの人にご用なの?」
「や、その、違……」
「あの……もしかしてパーシアのお友達でしょうか? まあどうしましょう。あのコは街へ買い物に行かせてまして……。そうだ、もうそろそろ帰ると思いますので、良かったら中でちょっと休んで行かれますか?」
「うん! 休んでく休んでく!」
コミュ力最強のレイミアは、まったく気後れすることなく手を挙げてガンガン行く。
とててとニーナさんに駆け寄ると、何やら楽し気に語り掛けていく。
「レイミア……レイミア、おい、止まれ……」
声をかけても止まってくれない。
僕は誘われるがままに、パーシアの家にお邪魔することになってしまった……。
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
パーシア一派どころか家族にまでも手をかけかねない様子のアリアだけど、レイミアの登場により意外な展開に……?
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