「怪我」
情報力があり、武力もある。
敵を駆逐するにあたって最も大事な容赦の無さも兼ね備える。
本気で戦えば負けることはないだろうが、それなりの被害は覚悟しなければならないだろう。
「ううむ……」
転生者パーシアとの戦い方を、僕がうんうん唸りながら考えていると……。
「そう言えば、レイミアさんは今日はどうしたんですの? 姿が見えないようですが……」
ロレッタ嬢が不思議そうに辺りを見渡した。
………………はて、そういえばいないな。
いつもなら小等部の4時限目が終わってからすぐに走って来て先に待っているのだが、今日に限って姿が見えない。
「どこかで『ちょーさ』でもしてるんじゃないか? あるいは誰かにお菓子でも貰っているか……」
レザードの言葉は、しかし途中で止まった。
「ん? どうしたレザード」
レザードの表情が、驚愕の形で硬直している。
いったい何があったのだろうと、その視線の先を目で追うと──
そこにいたのはレイミアだった。
ただし、いつもの元気な姿ではない。
どこで転んだのだろう、仕立てたばかりの薄緑色のドレスが泥にまみれている。
肩掛けカバンから汚れた棒菓子が覗き、探偵帽子のつばが折れている。
転んだ拍子に擦り剥いたのだろう、両手と膝に、真っ赤な血が滲んでいる。
「ううぅ~……お姉さまぁ~……」
両目からボロボロと涙を流しながら、レイミアが僕にすがり着いて来た。
「レイミア……いったい何が……?」
「誰かに後ろから押されたのぉ~……ひどいよぉ~……」
レイミアが、僕の耳元で泣いた。
わんわんと、胸を抉るような切ない声で。
「……っ?」
その瞬間、僕の中で何かが揺れた。
矢も楯もたまらなくなり、衝動のままにレイミアを抱き締めた。
ぎゅうぎゅうと、自分の体を押し付けた。
「レイミア……」
初めて抱き締めたレイミアの体は小さかった。
弱くて、脆くて、頼りなかった。
「レイミア……」
頬が熱かった。
感情の昂りのせいだろう、流れ落ちる涙までもが高い熱を持っていた。
「レイミア……」
何度も名を呼んだ。
レイミアの心の傷が早く癒えるように。
レイミアの体の傷が早く癒えるように。
しかしそんな奇跡は起こってくれず、レイミアはいつまでも泣き続けた。
「……」
レイミアを突き飛ばした人間。
レイミアをいじめることで僕にダメージを与えられると考えた人間。
そんなの当然、ひとりしかいない。
「……」
パーシア。
そうだ、あいつがやったのだ。
レイミアを傷つけ、こうして泣かせ、おそらくは今、どこか別の場所で笑っている。
取り巻きたちに囲まれて、いやらしい笑みを浮かべている。
あいつが──
そうだ、あいつのせいで──
「……っ」
不思議だった。
こんな感情を自分が持つことが。
産まれてこの方ずっとひとりで生きてきて、きっとそれは、死ぬまで変わらない。そう思っていたのに。
レイミアとの関係にしたって、利用しやすい便利な駒としか思っていなかったはずなのに。
なのになぜだろう。
僕は今、猛烈に腹を立てている。
視界が歪むほどに、脳が沸騰しそうなほどに。
僕は──
僕は今、怒っている──
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
まさかの事態が起こってしまったわね。あのレイミアが怪我をするだなんて……。
しかもそのことに激怒したアリアは……?
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