「もうひとりの転生者」
それから三日後の放課後。
僕、レザード、ロレッタ嬢の三人はいつもの中庭に集まった。
「……例の女、パーシアに関して調べてみたんだがな。とんでもないことがわかった」
そう前置きした上で、レザードは始めた。
どうやらパーシアは、ある種の派閥を作っているらしい。
それはパーシアを中心にして、アレク第二王子とディアナ公爵令嬢が脇を固めた数十人にも及ぶグループだ。
彼女らがクラス内ヒエラルキーの頂点に立ち、学園生活やクラス活動などについてあれこれ指図するらしい。生徒はもちろん教師も逆らえず、逆らう者は制裁を受ける。さながらパーシア国の占領統治下のような状態だという。
「誰も逆らう者はいないのか?」
「最初はいたらしい。だが、王立学園は少々歪な環境だからな。社会の縮図というか、親の階級や親の仕事が、そのままその生徒の力にすり変わる部分がある。目に見えない壁のようなものがどうしてもあるんだ。パーシア自身はともかくとして、アレクとディアナの力があまりにも強すぎる」
「パーシアという方は平民出身なのでしょう? そもそもどうしてこの学園に入ることが出来たのですか?」
ロレッタ嬢の質問に、レザードが肩を竦めるようにして答えた。
「なんでも光魔法が使えるんだと」
「光魔法ですって……?」
ロレッタ嬢は口元に手を当て、驚き顔。
ゲームの設定通りだ。
強烈な縁故、あるいは多額の寄付金を払わなければ入学を許されないヴァリアント王立学園にパーシアが入学することが出来たのは、闇魔法と並んで希少な系統の魔法である光魔法の素質があったからだ。
強力な貴族の後ろ盾を得た彼女が、平民でありながら高貴な身分にある攻略対象キャラを堕としていく。周りがそれに驚き、最終的にはひれ伏していくというのがパーシアルートの醍醐味だ。
実際プレイもしやすい。
ゲーム開始一か月後にはすべての攻略対象キャラの友人となることが出来、三か月後にはパーシア争奪戦が発生、一年後には全員完堕ちさせることが可能というすさまじさで、パーシアルートはチートとか、存在自体がチュートリアルと呼ばれるほどだ。
「……でも、なんだってアリア様と張り合うような真似を? 特別仲が悪い理由は無いはずですわよね?」
そう、問題はそこだ。
初遭遇以来、パーシアは僕に対して敵対的な行動をとり続けている。
僕が体を使ってレザードを誑し込んでいるとか、ロレッタ嬢のあられもない写真を盾に言うことを聞かせているとか、はては僕が街のゴロツキと繋がりがあるだなんて噂まで流し始めた。
ゲーム内のアリアがとった行動を、まるでそのままなぞるかのようだが……。
「だいたい体を使って誑し込むならわたしの方を……ではなくっ」
パチンと自らの頬を叩くと、ロレッタ嬢は言い換えた。
「アリア様を貶めようとするだなんて、許せませんわっ」
「ま、それに関しちゃ俺も同意見だがね。動機については難しいところだな」
レザードは考え事をするかのように宙に視線をさ迷わせた。
「アリア嬢が闇魔法を使えることへの対抗意識か……。あるいは単純に、俺とロレッタ嬢への憎しみが伝染したのか……」
「レザード様とアレク様の仲違いと、わたしの家とペンドラゴン公爵家の対抗意識と……ですか」
ロレッタ嬢は複雑な表情になった。
「その辺、アリア嬢はどう考える?」
思考に行き詰まったレザードが、助けを求めるように僕を見つめた。
「憎しみ……対抗意識……なるほど」
ふたりの会話を聞いていて、僕ははたと気がついた。
そうか、そういうことだったのか。
「動機は、嫉妬で間違いないと思う。パーシアは僕みたいな悪役令嬢……もとい、蛮族の姫君が君たちと友人関係にあるのが気に食わないんだ。アレク、そしてディアナの件もあるだろうが、最も強いのは僕に対する嫉妬なんだ。おそらく彼女は独り占めしたいのだと思う。アレクやディアナだけじゃ足りない。君たちふたり、さらに言うならばこの学園に在籍する有望な生徒たちの愛情をすべて、自分のものにしたいんだ」
「…………」
レザードは、しばらくの間硬直していた。
「自意識過剰の貴族ならまだしも、平民出身の娘が、まさかそこまで……?」
「平民出身だからこそだ」
──え、どうしてこんなに複数のキャラを同時攻略しようとするのかって? 男も女もとっかえひっかえ、倫理的にもおかしいんじゃないかって?
ふふ、あなたはゲームでも真面目なのね。
でもね亜理愛、考えてもみて。
これは乙女ゲームなのよ。そしてわたしたちはプレイヤー。主人公にして全知全能の神。神がたかが一キャラクターの心情まで考えてあげる必要がある?
答えは無し。ナッシング。神は神だからこそ、すべての人に愛される資格があるの。すべての人は神を愛さなきゃいけないの。つまり逆ハーこそが神に与えられた権利なわけ。もしそれを邪魔する者がいるならば、それは神の権能によって……。
首をかっ切るようなしぐさをして怪しく微笑むジェーンの姿を思い出しながら、僕は続けた。
「パーシアは、自らの価値に気づいている。どれだけ希少であるか、どれだけ多くの人に影響を及ぼせるものなのか。そのせいで自我が急速に肥大化した。権利と権能、それを最大限に活用しようと考えた。邪魔する者は敵であり、排除するのが当たり前であり……」
『…………』
いつの間にかふたりが、息を詰めるようにして僕を見つめていた。
「あ、ええと……」
喋りすぎていることに気づいた僕は、慌てて手を振って誤魔化した。
「まあその、そういう意見もあるということで……と、ともかく何か手を打たなければいけないのはたしかであって……」
ひとつひとつは取るに足らない噂だが、その蓄積は徐々に人のイメージを変えていく。
流言飛語やブラックプロパガンダなどの情報戦術が昔から存在するのは、チープでありながら一定の効果を望めるからだ。
そしてあの時の、パーシアのセリフ……言葉の選択……。
──第一王子と公爵令嬢を侍らせて、『悪役令嬢』が『メインヒロイン』気取りか? 笑わせるなよ。
──奪い取ってやる。おまえの持つ、そのすべての光をな。
パーシアは、間違いなく僕と同じ転生者だ。
それも、かなりこのゲームを熟知した。
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
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