「一触即発」
「まあ、嬉しいっ。あの有名なアリア様にこんなところでお会いできるなんて夢みたいっ」
パアッと満開のひまわりみたいな笑顔を浮かべたかと思うと、パーシアが僕に抱き着いてきた。
「ちょ……っ?」
突然距離を詰められたことに、僕は焦った。
一歩踏み込めば打突ができ、一歩退けば打突を避けられる──いわゆる一足一刀の間合いに入られるというのは、『掃除人』にとって最大の屈辱だ。
「離れろ……っ」
焦って引き剥がそうとするが、パーシアは僕の腕を掴んで離れようとしない。
それほど力があるようには見えないのに、巧みに僕に体を預けてくる。
「あら、すいません。わたしとしたことが、嬉しくってつい……」
パーシアはハッとしたような顔になると、僕から離れた。
「……どういうつもりだ?」
飛びのいて距離をとると、僕は油断なくパーシアを見すえた。
どう攻撃されても避けられるように、両足に均等に体重をかけながら身構えた。
「何を思って僕に近づいた?」
決して油断していたわけじゃないのに間合いに踏み込まれた。
それなりに本気で引き剥がそうとしたのに、引き剥がせなかった。
おかしい。
パーシアは光魔法の素質こそあるが、身体能力的には普通の人間だったはずだ。
「え? 何を思ってというか……わたしはただ、アリア様とお友達になりたくて……」
パーシアは頬に手を当てると、不思議そうに首を傾げた。
いかにもきょとんとした、邪気のない風情だが……。
「騙されんぞ。身のこなしひとつとっても尋常では……」
「どうしたんだアリア嬢。この娘に何かされたのか?」
僕らのやり取りに不審なものを感じたのだろう、レザードが僕とパーシアの間に入ってくれた。
「アリア様に抱き着いた……アリア様に抱き着いた……アリア様に抱き着いた……。わたしだってまだなのに……」
一方ロレッタ嬢は、顔をうつむけながら何ごとかをつぶやいている。
震える手でバターナイフを握っているのにはどういう意味があるのかわからないが、あまり刺激するべきではないだろう。
「わわ、レザード殿下にロレッタ様っ? ああああの、わたしはただアリア様と話したくて……何かするとかしないとかそういうことではなく……」
パーシアは、ふたりの剣幕に怯えたかのように身を震わせた。
すると──
「なんだパーシア、こんなところにいたのか。……ああ?」
「探しましたよパーシアさん。本当にあなたって、糸の切れた凧みたいなんだから。……ってあら?」
パーシアを探していたのだろう、どやどやと十名ほどの生徒がやって来た。
その先頭にいるふたりはたしか……。
「なんだ、貧弱兄貴。そこで何をしている?」
生徒たちの中でもひと際背の高い男が、レザードをにらみつけた。
赤銅色の肌に赤毛のウルフカット、頑健な肉体と野性味ある顔立ちが特徴のその男の名はアレク・ウル・ヴァリアント。
攻略対象キャラのひとりで、ヴァリアント王国の第二王子だ。
気性が荒くケンカっぱやく、賭け試合のような決闘を行う性質の悪い人間だ。
レザードとは腹違いの兄弟だが、水と油のような性格の違いもあって、ふたりは極端に仲が悪い。
「ふん、アレクか。今日もまた低能を形にしたようなアホ面をぶら下げているな」
「ああ? やんのか? おい」
会った早々いがみ合うふたりの傍らでは──
「あらまあ、そちらにいらっしゃるのはロレッタ様ではないですか。今日は仲の良いお姉様たちはご一緒ではないのですか?」
ロレッタ嬢と姉たちの関係性を知った上で煽って来るこの女は、ディアナ・ジル・ペンドラゴン公爵令嬢。
紫色の長髪をアップに結い、同色のドレスに細身を包んでいる。顔立ちは綺麗に整っているが、ツンと澄ました感じがあって、同性受けはすこぶる悪い。
ヒーロウ公爵とライバル関係にあたるペンドラゴン公爵の娘であり、ゲーム内ではパーシアのライバルキャラだったはずだが、まさか取り巻きになっていようとは……。
「べ、別にわたしはいつも姉たちと一緒なわけではありませんからっ」
「あらそうですか。……ふうーん?」
紫色の扇子で口元を隠すと、ディアナは意地の悪い笑みを浮かべた。
レザードとアレク。
ロレッタ嬢とディアナ。
僕とパーシア。
立場の異なる六人がそれぞれの思いを胸に抱きながら対峙するという、不思議な場が出来上がった──
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
突如現れたパーシアは、なんと取り巻きを連れていた。
しかもアリアが驚くほどの身のこなしまで……?
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