「レイミアの『ちょーさ』によるとっ!」
レザードとロレッタ嬢。
第一王子と公爵令嬢という学園内ヒエラルキーでトップに君臨するふたりに庇護されている僕を、正面切ってどうこうしようという者はいなかった。
もちろん、裏では別だ。
妬み僻みは当然あって、耳を塞ぎたくなるような噂もいくつか聞いた。
レザードとロレッタ嬢は、そのすべてを根気よく潰して回った。
僕が暴力を振るう必要の無いよう、学園内での政治力によって、発生源に蓋をして回った。
ふた月もすると、僕の学園生活はスムーズに回るようになった。
皆が笑顔で挨拶をしてくれ、他愛もない日常会話をしてくれるようになった。
僕が多少おかしなことをしても笑って許してくれて、ぎこちない『笑顔』を見せてもちょっとドン引くだけで流してくれて、気持ちのいい一日が過ごせるようになった。
「これもふたりのおかげだな、ありがとう」
ある晴れた日の昼休み。
中庭の芝生にレジャーシートを広げて座ると、僕はレザードとロレッタ嬢にしみじみと礼を述べた。
「あら、そんなことありませんわ。すべてアリア様のご人徳によるものです」
ロレッタ嬢はコロコロと笑い。
「ロレッタ嬢の言う通りだ。最初のきっかけは俺たちだったかもしれんが、あとはすべて君の力だ、アリア嬢」
レザードも、心の底からという風に同意した。
だが……。
「いや、そんなことはないだろう。以前の僕なら、すぐに人間関係につまずいていたはずだ。ちょっとした誤解で人とぶつかり、そのつど力ずくで解決しようとしていたはずだ。結果として学園を退学になり、失意の内に引きこもっていたかもしれない」
実際、その手のエンドはいくつもある。
ハブられエンドに誘拐エンドに事故死エンド。
ゲーム内で最も長い学園生活パートは、アリアにとって鬼門中の鬼門なのだ。
「それが今はどうだ。人とぶつかる機会がそもそも無く、体育の時間に男子を格技でコテンパンにしても、誰にも文句を言われない」
「群がる男子をちぎっては投げちぎっては投げ……な。あれは皆、文句が無いわけじゃなく、ショックのあまり口も聞けなかっただけだと思うが……」
「というかそもそも、女子はダンスの時間だったんですがねえ……。アリア様ったら、『僕はあっちの方が性に合ってる』とか言っていつの間にか男子に混じってて……」
ぼそぼそと、なにやら小声でつぶやくふたり。
「ん? 今なにか言ったか? ふたりとも」
「……いや別に」
「……アリア様が楽しそうで良かったとお話していたところです」
なるほど、そういうことか。
さすがふたりは人間が出来ている。
「ありがとう。ふたりのおかげで本当に楽しく過ごすことが出来ているよ」
折から吹き出した爽やかな風に、僕が清々しく目を細めていると……。
「ああーっ、ふたりだけずるいっ! レイミアもっ、レイミアも頑張ってるんだからねーっ!?」
僕の隣でバターをたっぷり塗ったバゲットを齧っていたレイミアが、聞き捨てならぬとばかりに声を上げた。
「レイミアが地道に『お姉さまはいい人です。あときれーで、いい匂いがしますっ』すいしんかつどーを続けたおかげでもあるんだからねっ!」
「おお、そうだったな。レイミアのおかげでもあるんだった」
後半はともかく、レイミアのプロパガンダは地味に効いていたようだ。
考えてもみてくれ、レイミアのような子供がババッと走り寄って来て、姉のことを褒めて回る姿を。しかも全然命令された感じは無く、心から楽しそうに語っていく姿を。
誰しもが驚くだろうし、それでいて悪印象は持たないだろう。
姉妹の仲の良さに、ほっこりとすらするはずだ。
それはきっと、以前のアリアの悪印象を払拭して余りあるほどに。
「ありがとう、レイミア」
僕が頭を撫でると、レイミアは「えへへへへ……」と猫のように目を細めて喜んだ。
「あ、そーだ、忘れてたっ」
ふとレイミアが、思い出したように肩掛けカバンからメモ帳を取り出し、めくり始めた。
「あのね、レイミアは『ちょーさ』したのっ。お姉さまをどう思いますかってっ。どんなところが好きですかってっ。それによるとねーっ」
・力が強いところ。
・風のように速く走れるところ。
・顔や立ち姿の美しさ。
好感度調査というのだろうか、レイミアが教えてくれたのは皆の僕への評価の数々だった。
・言い知れぬプレッシャー。
・男どころか教師相手でも退かない根性。
・野犬の群れを眼光だけで追い払うド迫力。
中には褒め言葉かどうか怪しいものも多かったが、悪いものは思ったほど多くなかった。
・妹と一緒にいるの尊い。
・妹ちゃん一家に一匹欲しいレベル。
・今度妹ちゃんをもらいにいきます。
「最後のはなんだこれは……」
「えっへへへー、学園の人たちはみんな優しいよねー。お話聞くと、お菓子とかたーっくさんくれるんだーっ」
よく見ると、肩掛けカバンの端から、ごそっと大量のお菓子が顔を覗かせている。
戦利品というのか、役得というのかはわからないが。
「……まあいいが、あんまり変な人にはついて行くなよ?」
レイミアの今後を心配して諭していると……。
「ああー、あとはね、こういうのもあったのっ。えーっとね……っ」
再び、「忘れてた!」と騒ぎながら、レイミアは急いでメモ帳のページをめくった。
はたしてそのページに書かれていたのは……。
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
うふふ、探偵レイミアの聞き込み結果が発表されるわよ?
このコは人の懐に入っていける能力がありますからね……。
さて、聞き込みの結果が気になる方は、下の☆☆☆☆☆で応援よろしくお願いしますね!
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