「僕はそっとつぶやいた」
「──やれやれ、どうにも騒がしいな、おまえは」
苦虫を嚙み潰したような顔をしたレザードが現われると、ロレッタ嬢はがるると敵意剥き出しで唸った。
「あら、ずいぶんとトゲのある言い方ですね。万人に公平にお優しい、レザード殿下にしては珍しい」
「ふん、俺の友人に迷惑をかける粗忽者に、常識ある振る舞いを教えようとしているだけだ」
「あら、アリア様はわたしのご友人でもありますのよ。共感という絆で繋がれた、強い強い友人ですの。お情けで相手してもらっているあなたなんかと、一緒にしないでくださる?」
ロレッタ嬢は僕の腕にガッシとしがみつくと、レザードに向かってべえとばかりに舌を出した。
「お情けだと? ぴーちくぱーちく喋ってばかりで向上心の欠片も無く、互いにとってなんの利益ももたらさないどころかアリア嬢にとっては時間つぶしの邪魔者でしかないおまえごときが何を言う。俺たちはなあ、国を背負うという大目的のために志をひとつにした、言わば運命共同体で……」
「あーあーあー、何を言ってるのかさっぱりわかりませーん」
「ええい、子供みたいに耳をふさぐのをやめて人の話を聞け!」
「あーあーあー! あーあーあーあーあーあーあー!」
子供じみた応酬をするふたり。
「ううむ……」
いや、困った。
馬が合わなそうなふたりだとは思っていたが、まさかこれほどまでとは。
「ううむむむ……」
ロレッタ嬢は僕とのお喋り、レザードは僕とのトレーニング。
大事にしているものがそれぞれ違う。
しかもふたりは僕にとって数少ない『友達』で、どちらを立てるわけにもいかないときている。
「これはいったいどうすれば……」
友達いない歴イコール年齢の僕としては実に頭の痛い問題だが、かといって放置するわけにもいかない。
しかし、頼みの綱のレイミアがいない現状では、僕なりのやり方で仲裁する他なく……。
「ええとたしか、昔『ボス』に教わったやり方の……あれが使えるかな?」
困った僕は、過去の自分の経験に頼ることにした。
「もし『任務』中にターゲット以外の人物を黙らせる必要がある時、単純に当て身を入れて気絶させただけでは後々やっかいな事態となりかねない。やるなら後顧の憂いの無きよう、完全に記憶を無くすまでやることだと」
「……アリア様?」
「……何か、聞き捨てならない単語を聞いたような?」
「やり方はええと……後頭部を斜め45度から下方へ、記憶を司る部位である海馬に衝撃が残るような感覚で叩くんだったかな? 上手いこと決まれば相手の短期間記憶がリセットされるから、あとは逃げるのでも、代わりに偽の記憶を刷り込むのでもいいと。今回の場合は後者だな。ケンカの記憶を無くさせて、代わりにふたりに友好的な記憶を植え付けて……雛鳥に親の顔を刷り込むような感じで……」
「ちょ、ちょっと待ってくださるっ!? アリア様!」
「そ、そ、そ、そうだ! それは良くない! 非常に良くない!」
急にどうしたのだろう、ふたりはわたわたと慌てた様子になった。
「え……でも、ケンカしてるから止めないと……」
「ケンカなんてしてませんわ! ただの会話! 洒落をきかせた日常会話です!」
「そうそう! 社交界特有のあれだ! さすがロレッタ嬢はわかってるな!」
「ホントにケンカしてない……?」
「してませんってば! 今レザード殿下がおっしゃった通りです! わたしたちって、ホントは大の仲良しなんですのよ! お、おほほほほほほ!」
「そうそう! これこうして、肩まで組んでしまうほどにな!」
今までのいがみ合いが嘘みたいに、ガシッと肩を組んで笑顔を浮かべるふたり。
「なんだそうか。僕はてっきり……」
僕はほっと胸を撫で下ろした。
せっかく得た友達を、いがみ合いによって失ってしまう事態は避けられた。
「あ、危なかった……。アリア様って時々ああいうことをおっしゃるから油断がなりませんわ……」
「言っておくが、アリア嬢はやると言ったら本気でやるからな? 加減とか知らない人だから」
小声なので何を言っているのかはわからないが、ふたりは本当に友好関係にあるようだ。
「……ふむ、王家とヒーロウ公爵家は仲が良くないと聞いたことがあるが、子供たちにまでは影響を及ぼしてはいないようだな。こうして男女の垣根を超え、笑いながら手を取り合えているのがその証拠だ。……ふむ? これがひょっとしたら、世にいう友情の素晴らしさというやつなのか? 友達の輪が世界を救うとか、そういう?」
僕の所属していた『組織』は、国のために働きながらも国の名を冠することが出来ない非合法な組織だった。
崇高な理念を抱えながらも決して表には出せず、もそれがもとで精神を病む『構成員』も多かった。
僕自身は気にならなかったけれど、皆はいつも自らの振るう『暴力』と、最終目標である『平和』との間で板挟みになっていたように思う。
もし『組織』と『世界』が、今目の前にいるふたりのような関係になれていたら……。
「……」
もちろん、こんな思考に意味は無い。
もう僕は死んでいるのだし、こちらの世界でどう考えたところで、頑張ったところで、それが向こうに伝わることはあり得ない。
「……なあ、ボス」
それでも僕はつぶやいた。
鼻先をくすぐり過ぎる春の風に、そっと乗せるように。
「友達、ふたり出来たよ」
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
故郷は、遠くにありて思うもの。
なんていうけれど、アリアにとってはどうなのかしら。
新たな世界に上手く馴染んでくれるといいけれど……。
さて、そんなアリアの今後が気になる方は、下の☆☆☆☆☆で応援よろしくお願いしますね!
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