共感はできても共有はできない
震えた息が白い。いたぶられた体が響かないように、そっと起き上がる。
ぐちゃ、ぐちゃと不潔な音が所作に絡みつく。
服は剥き出しの土と落ち葉で黒く濁っている。
顔もひどく汚れていると臭いでわかる。
雨でびしょびしょだし、体操服に着替えて帰ったほうがいいかもしれない。
震えのとまらない膝を時間をかけてどうにか整えると、
僕はよろめきながらその場を後にした。
手洗い場で手と顔を洗って3階の教室へ向かう。あの3人とも同じクラスだから、
びくつきながらドアに手をかける。
教室には電気がついておらず鍵は閉まってるかと思ってたけど、ドアは開いた。
誰かいるのかと恐る恐る隙間から教室を覗くと、
後方のロッカーの前に黒髪の後ろ姿があった。女子だ。
誰だろ、と一瞬思ったけど、その日本人形みたいに綺麗に揃った髪で、
クラスメイトの佐藤さんだとわかった。
(どうしよう……こんな姿で入れない、やっぱこのまま帰ろっかな)
ドスッ!
教室に背を向けリュックサックを持ち直した拍子にかじかんだ手が重さに耐えきれず、
落下音が廊下中に響く。
恥ずかしさやら惨めさやらで、あれだけ冷え切って頬が熱く火照る。
後退ろうとすると、「待って」と佐藤さんが呼び止めた。
「何かあったんでしょ、それ」
僕は慌てて泥の染みついた服を見下ろした。ぎゅっとリュックサックの肩紐を握る。
「……着替えようって、体操服に」
「いいよ、私、本読んでるだけだから」
佐藤さんはパタンと本を閉じると、カバンを手にとった。
そして、かがめてた背筋を伸ばすとこちらに歩み寄ってきた。
「ついてる」
佐藤さんはつま先立ちして、細く色白の指を近付ける。
背伸びした瞬間に髪からほのかにシャンプーの香りがしてなんだか落ち着かない。
……佐藤さんって案外小さいんだな
指でかたちの崩れた枯れ葉を払おうとしたときーー
「っ……!」
体がふらりと後ろへ倒れていく。慌てて彼女の手をぐっと引き寄せる。
佐藤さんの綺麗な二重の瞳が僕を映す。半開きの唇からは柔らかな呼吸音がする。
「あ、……ごめん」
急いで彼女から手を離すが、何事もなかったかのようにこちらを覗き込んできた。
「ううん。……こういうの、先生には言わないの?」
どうやら僕のことを心配してくれているらしい。
ただ問いの答えはすでにもう出ている。
「自分が、我慢すればいいんだ。それで全て終わるから」
「そういうの、違うと思うけど。……離れたほうが、いいんじゃない?」
「……」
僕の中で、何かが弾ける音がした。
「いいんだっていってんだろ!……ほっといてくれーー」
佐藤さんは僕の顔をじっと見つめる。自分の全てが見透かされてるようで恐ろしかった。
僕はうつむいて「帰らないと」と言った。「……そう。わかった」と佐藤さんも引き留めず、
「私が鍵預かってるから帰っていいよ」とだけいって再び本を読みはじめた。
こくんとうなずくと、なんとなく「ありがとう」とつぶやいて、
背中を丸めて逃げるように教室を後にした。
評価と感想くれたら頑張れる気がする