しょうらいのゆめ
「おかあさんは将来、何になりたいの?」
それは28歳の誕生日のことだった。家族に祝われながら、ろうそくの火を吹き消したとき。それまで私の顔をじっと見つめていた娘がふと口にした。義父母も夫も、上の娘も、みんなどっと笑う。私もつられて笑う。
「ママは、童話作家になりたかったんだよ」
そう答えると、娘は不満げに口をとがらせた。
「なりたかったものじゃなくて、将来だよ、将来!」
「そうだ、梨衣子はママにプレゼントを用意したんだったよな」と夫が話題をそらし、娘の意識は得意の似顔絵のほうに移ったようだった。彼女のひとことが最初からなかったかのように場は和んでいたけれど、私にとっては違った。寝るときになっても私の気持ちを揺さぶり続けていた。ーー将来。28歳になった私に、そんなものはあるのだろうか。
学校の中で一番好きな場所は図書室だった。
小学生のころ、休み時間はずっとそこにこもって、棚の端から順に本を読んでいた。どうしても興味のないものもあって、すべて読みつくすことはできなかったけれど、好きな児童書の類いならほとんど制覇したのではないだろうか。
息をするように物語を書きはじめていた。高校生になると、児童文学のコンテストに応募するようにもなった。大学卒業前に書いた物語は、かなりいいところまでいった。ーーこのまま行けば、デビューできるかもしれない。そう期待してしまうほどに。でも、突然ぷっつりと電源を落としたように、その夢は消えてしまった。
働き始めたら、物語を書く時間はなかった。いや、書きたいと思えるものがなにも浮かばなくなったのだ。そして何もしたくなくなった。
押しつぶされそうな満員電車。乗り換えで降りる新橋駅の構内の人の波。不機嫌なときは私のデスクの周りをうろついて、あら探しをする上司。仕事をすべて押しつけて帰っていく先輩。仮病を使って休む同僚の仕事も私にすべて回ってきた。
終電間際の電車に駆け込むと、同じような人々のぐったりとした顔にどこか安心するくらい、私は変だった。なんの感情もないのに、瞳からぽろぽろと涙が溢れ出して、目の前に座っていた見知らぬ男性をぎょっとさせたこともあった。
そうしてたった数年だけ過ごした東京の街のなかに、子どものための物語の種を見つけることは、私にはできなかったのだ。
ーーやがて、そういうものから逃げるように、田舎に帰るという幼なじみのプロポーズを受け、住み慣れた街に帰ってきて、子どもがふたり生まれた。専業主婦になり、せめてもの居場所を確立しようと、とにかく家事に奮闘してきた20代だった。
まだ暗いうちに起きて、ストーブのスイッチを入れる。このひと月で、ふるさとの気温はぐっと下がった。あと数週間もすれば雪がちらつくだろう。
家族の寝室に音が響かない場所の掃除をひと通り終わらせ、洗濯の仕分けをし、朝食の下ごしらえを済ませた。お弁当のおかずを4人分作り終えたころ、空が明るくなりはじめた。
自分のための小さなごほうびに、この時間はロシアンティーを淹れることにしている。お気に入りのティーバッグの中からどれにするかを選び、次に、どのジャムを加えるか決める。しばらくすると、下の娘がカーディガンを着込んで階段を降りてきた。
「ねえ、ママ、りいこね、すっごくいいこと思いついたの」と、娘は挨拶もなく、きらきらした目で話しはじめた。
「ママがきのう言ってたのを、しょうらいのゆめにすればいいじゃん! ママの好きなおりょうりのこととか、おそうじのこととか、かいたらいいと思うの」
なんの迷いもなく、にこにこと、勢いよく話す娘を見ていたら、なんだか泣きそうになった。熱くうるおう目頭をそっと押さえて「そうね」と答えた。
私が作家としてデビューしたのは、この2年後のことだった。




