雪降るキッチン
キッチンの窓の向こうに、しんしんと雪が降っている。空も雪も青みがかった灰色に染まり、幻想的ではあるけれど、一方で不安な気持ちにもなる色だ。これは見慣れたお正月の風景。私は一度もふるさとから出たことがない。
「ママ、彩芽ちゃんから年賀状来てたよ」
年賀状の仕分けをしていた娘が、クレヨンで犬の絵が描かれた年賀状を手に、うれしそうにやってきた。彼女への年賀状は、祖父母以外から届いたことがなかったのだ。
「はい、これはママに。彩芽ちゃんのママからだよ」
そう言って娘が手渡したのは、幼なじみの美里からの年賀状だった。
「ありがとう」と言って、娘がいなくなったあと、ため息をつく。
美里とあんな形で出会うとは思っていなかった。
娘の入園式でのことだった。
だれかにいきなり飛びつかれて、ぎょっとして見ると、それが美里だった。私にとっては二度と会いたくない人。
それからというもの彼女は、古くからの親しい友人のように振る舞っている。一度も呼ばれたことのない下の名前で私を呼ぶ。
そして、駆け寄ってきたときの美里の嬉々とした表情に、彼女への悪感情を未だに捨てきれずにいる私自身が悪いような錯覚さえ覚えた。
何でもそうだけれど、やったほうは覚えていないのだと思う。誰のせいであんなみじめな学校生活を送ることになったのか、その記憶がすこんと抜け落ちているのかもしれない。
鍋のなかのさつまいもに、竹串を刺す。すうっと通るようになったのでザルに上げ、くちなしの実を取り出しておいた。
それからさつまいもをハンドブレンダーでつぶす。これは去年購入したもので、それまで毎年、一生けんめい裏ごしをしていたので、短時間にとろとろとなめらかになることに感動さえ覚えた。
「ママ、まだ?」
娘が催促にくる。この年末は慌ただしくて、栗きんとんを作れなかったのだった。私自身の好物でもあるし、娘の強い希望もあり、こうして元日からせわしなく動いている。
胃がきりきり痛みだした。大人になったら自然に強くなれると思っていたけれど、そうではないらしい。
あのときは「逃げる」という選択肢があったけれど、今度はそうもいかない。私がしっかりしなければ、娘がいやな思いをすることだってあるかもしれない。
でも一方で、今の美里に惹かれている自分もいるのだった。気が強く、思ったことははっきり口にする強さや、派手な見た目に反して家庭的なところ。仲良くなると優しいところ。結局のところ、過去にこだわっている、私の意地が問題なのかもしれない。
今すぐに結論を出すことはできない。でも、とりあえず、必要以上に仲良くするのも、避けるのもやめて、過去のことを一旦忘れて、今の彼女と向き合ってみよう。
できあがった栗きんとんをスプーンですくって、口に運ぶ。甘い。母の味と同じになっている。こういうことをしていると、自分も母になったのだな、とふと実感する。
いつの間にか雪がやみ、雲のすき間から日の光が差し込んでいた。