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√365  作者: 三條 凛花
本編
14/32

四月の雪

人の波に惹かれて進むと、いつもと違う路地を曲がったところに、開けた公園があるのを見つけた。土手のふもとにあるその公園は、桜が満開だった。

近所のほかの公園と比べると、遊具の数は同じくらいだけれど、とても広い。

敷地内のあちこちで、ママ友同士らしい人たちがシートやお弁当を広げて、花見を楽しんでいた。


少し、気後れした。

この街に越してきて1年。支援センターにも日々通っているのに「その場限りではないママ友」が一人もできていなかった。


鞄の中には、今日も出番のなかったお弁当が入っている。薄味で仕上げた肉巻きおにぎり、ゆでたブロッコリーとスナップえんどう、ハート型にした小さな卵焼き、鮭の焼いたの、ミニトマト、そしていちご。


「駿ちゃん、お砂場で遊ぶ?」


 息子はこくりとうなずき、私の手から砂場道具を受け取ると走り出した。砂場の横にはベンチがあり、それを屋根のように覆う樹高の低い桜の木が植わっている。


 おむつや着替え、おやつの入った重たいリュックを下ろすと、ふっと肩が軽くなる。私はやれやれとベンチに腰を下ろした。

 駿は、小さな青色のバケツに、黄色のスコップで砂を移し替える作業を黙々と続けていた。私はぼんやりとその様子を眺めていた。





「あの~、ちょっとすみません」


ふと顔を上げると、いつの間にそばに来たのか、年配の女性が二人立っていた。


「お子さん、おいくつですか~? かわいいですね~」


「……」


「あ、急に話しかけてごめんね。知らない人から声かけられたらびっくりするよねえ。私たち、こういうもので、お子さんの教育についてなんだけど……」


 差し出された名刺を受け取らず、「すみません、そういうのはお断りしています」と答えた。相手はやや面食らったように「あ、前にも声かけたかな? ごめんね~」と言い、去っていった。


「まま」と、駿が抱きついてくる。少し怖い顔をしていたのかもしれない。



 

 ――あの人にも、こうしてはっきりと言えたらいいのに。胸の中でくすぶっているもやもやした気持ちが再燃した。




「優しそう」だと言われることが多い。でも、そういうふうに見えるのだとして、それで良かったと思えたことなんて一度もないのだ。「優しそう」というのは、裏を返すと「利用しやすそう」「怒らなそう」「断らなさそう」などといった印象にも繋がる。

 だから、こうした勧誘を受けるときも、相手はまっさきに私の所へやってくる。でも「優しそう」なのは見た目だけの話で、私は相手の話を聞く気はない。さらに、「断らなさそうだ」と判断して近づいて来た人のなかには、予想と違う受け答えに逆上する人までいる。まったくもって損なのだ。




 このごろ、支援センターへ行くとき、アイラインを濃くするようになった。それは、“ミミちゃんママ” と話すときのための、私なりの小さな鎧。ぼんやりとしたこのたぬき顔を、少しでも気が強そうに見せるためにしている。


 駿はもうすぐ2歳半になるけれど、言葉をあまり話さない。


 気になるのは言葉が出ないことくらいで、物事の理解も早く、伝えたことはひと通り何でもできる。だから私自身は、そこまで切実に悩んでいたわけでなく「個人差があるよね」くらいにしか思っていなかった。周りにも特に不安だとか、困っているとか話したことがない。




 今日、ついさっきのことだった。彼女はきらきらした目をして言った。


「駿ちゃんって、全然しゃべらないじゃない? 専門家にみてもらったほうがいいと思うのよ。あと、どう? 家で声かけとかしてる? ママが大人しくてしゃべらないから、言葉を話さないんじゃないかなっていう気もするのよね。ミミが2歳半の頃と比べると、ちょっと、――ねえ?」


 善意なのかもしれない。

 でも、その言葉は、私の胸の奥を容赦なく刺した。責められているような気分になった。まるで私のせいで駿がしゃべらないみたいじゃないか。


 勧誘の女性たちに対してしたように、ばっさりと言えたらどんなにいいだろう。

 私はそれからどうやってここまで来たのか、それさえ覚えていない。支援センターを出て、ふらふらと花見に向かう人の波に流されたら、この公園にたどり着いていた。




 そのときだった。

 風が吹いて、満開の桜が雪のようにぱらぱらと散りだした。


「まま、ゆき、ひらひら!」


 駿が目を輝かせて、落ちてくる花びらの中でくるくると踊るように回った。




 ふっと肩の力が抜けた気がした。ベンチから立ち上がり、駿の横で膝を降り、ぎゅっと抱きしめた。そして、一緒に空を見上げた。

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