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√365  作者: 三條 凛花
本編
13/32

芽吹きと苦味

「これ、なんて野菜? 苦味がうまいね」


「菜の花っていうのよ」


 料理をテーブルに並べながら答えた。まだ年若い彼は、男性だからなのか、若さのせいか、野菜や魚のことをあまり知らない。


「春が旬の野菜はね、苦いのが特徴なの。菜の花、ふきのとう、せりに山菜……」


「うーん、どれもわかんねぇ」


 彼はお皿から視線を上げずに、でもにっこりとした口元で言う。私は黙って、自分の席についた。


 若い恋人がいるというのは、気恥ずかしくもあり、誇らしくもあり、そして寂しい。話題のトーンが合わなかったり、好きな曲がかぶらなかったり、共通の話題が見つからないことがよくあるからだ。


 それから、若い女の子を見ると、胸のあたりでもやもやと燻る思いが生まれたことにも驚いた。嫉妬、劣等感、そうしたものがニュアンスとしては近いのだけれど、言葉にすることのできない、グレーな気持ち。




 新卒で入社したころ、年上の先輩たちが「22歳っていいなあ。若いなあ。あたしなんかもうオバサンだからね!」と話すのが不可思議で仕方がなかった。5歳や10歳くらいしか変わらないのでしょう、と。


 子どものときなら大きな差だけれど、おとなになった今、見た目にはそんなに差がないように思えたからだ。


 ーーそんなに、自分を卑下しなくたっていいのに。みんなきれいで、知性的で、十分に魅力的だった。



 でも、その思いは1年後に打ち砕かれた。私もまた同じ言葉を新人にかけていた。


 年上の人に対して「自分のほうが若いのだ」と誇らしくなることはないのに、自分より年齢の若い子の前では、知らずと気後れしてしまう。女の20代は、1年1年が大きな壁だと感じられた。そして、最後の1年に差し掛かったとき、奇遇にも若い恋人ができた。




 夕方、今年の新人たちが研修で来ているのを見かけた。垢抜けない真っ黒なリクルートスーツ。黒い髪。そうそう、新入社員の間は、新人研修が終わるまで、そうした地味な見た目でいることが義務付けられていたっけ。就活が終わった途端茶髪にしたから、研修のときに注意を受けたのを思い出した。


 でも、そんな垢抜けない格好をしていても、彼女たちは眩しいくらいに輝いて見えた。

 私は「お肌の曲がり角」なんて実感のないまま、ここまで来た。でも、新入社員の子たちの肌は、白く、ふっくらと、ハリがあって、気づかぬうちにゆっくりと衰えていた自分の肌とはまったくの別物だった。




「ねえねえ、なんでさ、春の野菜って苦いの?」


 彼が無邪気に尋ねる声で、はっと現実に引き戻された。精悍な顔立ち。浅黒く日に焼けた肌。今年の新人と同じ学年のはずだ。彼の肌もまた若い。眩しい。


 目の前の恋人にも気後れを感じつつ、私は「せっかく芽吹いたところを、鳥や虫に食べられてしまうと困るから、だから苦味があるんだって」と早口で答えた。

彼は満足そうに笑った。


「ミィって、本当頭がいいよな」


 この感情はこれからどうなっていくのだろう。


 30代になったら。40代になったら? やはり気後れを感じるものなのだろうか。

 ーーそれはわからない。でも、その分できることがあるとも思う。知識だとか、料理のじょうずさとか、そういうものはきっと、積み重ねていくことで深まっていくはずだから。



「焦らないこと」。


 私は頭の中で、そう言い聞かせた。

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