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公爵家の養女は『兄』に恋をする。  作者: 久浪
第三章『迫る過去』
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彼の頼み


少し……長くなってしまったのですが、ここは一気にしておきたいので、このままで。


アルバートとヴィンスが出会った場所での日々と、互いが新たな立場を持ってからの再会の話。

アルバート視点。








 アルバートがヴィンスという隣国の王族に出会ったのは、騎士団に入る前に通っていた学院でだった。

 彼はアウグラウンドからの留学生として来ていた。この頃は、アウグラウンドとは友好的な関係だったのだ。


 ヴィンスという男は、人生で初めてアルバートを(おびや)かしてきた存在だった。

 そもそもアルバートは名門の生まれで、幼い頃から高い教育を受けてきた人間だ。

 騎士団に入るにはこれ以上ない環境を持ってもおり、資質もあったため、学院で飛び抜けた成績を納めるのは当然のことだった。

 そのアルバートを(おびや)かす存在となったのがヴィンスで、脅かすばかりか学院での成績順位は半分強程度も一位をかっさらわれた。

 人生で一番の好敵手で、一番競いあった期間だったと現在までも言える。

 そんな彼と最も親しくなったのは、実力の近さゆえでもあり、公爵家という、他国の王子と共にいるのに一番差し障りのない身分であることも関係していたかもしれない。


「これで、勝敗数は同じか」

「そうだな。そろそろ、勝ち越しを保ちたいものなのだがな」

「誰が許すか」


 アルバートは、露を払うように木剣を振りながら笑った。

 学院、その時刻は未使用の訓練場でのことであった。

 アルバートは親しくなった留学生である隣国の王族と、木の模造剣で剣の勝負をしていた。

 両方共神通力のみで剣を作ることが出来るが、監督のない場での真剣での勝負さえご法度だ。

 勝負は本日のみのもので言うと、アルバートの勝ち越し。これまで全てで言うと、ちょうど引き分けだ。


 ちなみに、最初は当然、丁重に呼び、丁寧な言葉使いをしていた。何しろ隣国の王族だ。従弟のようにはいかない。

 接し方一つ、気安く、失礼なことをしてはなるまい。こういうところには貴族としての面が役に立つ、と思っていたのだが。

 呼び捨てになっている通り、そんなものどこかに消え去った。

 もちろん、無断ではない。あちらからの軽い要望で……。気軽に勝負で賭けるものではないと思ったが後の祭りだ。

 まあ公式の場で間違いを犯さなければ良いだろう。


「次の長期休暇の際で留学期間は終わりだったな」


 木剣は訓練場にあったものを使っていたため、仕舞いながら他愛もない話として帰国の件を振ると、「そうだ」と短い肯定が返った。


「帰国したら、どうするんだ」

「どうするとは?」

「俺は王族の細かな仕事は知らないからな。だが確か兄がいるんだろ? 世継ぎとしての責務は発生しない類いじゃないかと思ってな。騎士団に入るのか?」

「騎士団に入るかどうかは分からない。ただ、宛がわれる何らかの役目を果たすだけだ」

「結局はそういうものだな」

「そういうものだ。君は、騎士団に入るのだったな」

「ああ。半分家業みたいなものだ」


 アルバートの生まれた家、ジルベルスタイン家は次男三男だけでなく、跡継ぎとなる長男も騎士団に関わる家系だ。当主である父も現在そうである。


「何の役割を担うことになったとしても、ここで学んだことが無駄になることはない。私は、この学院に来て良かったよ」

「もう過去形か?」


 アルバートが笑うと、ヴィンスは辛うじて分かる程度に笑った。


「振り返ると、君のような友が出来るとは想像もしていなかった。ここでの生活は新鮮で楽しくもあった。そういう話だ。──次は君も私も授業がある。行こうか」


 そう言い、ヴィンスは置いていた教科書を取る。

 アルバートもそうだな、と自らも教科書を取ろうとしたところ、ヴィンスの上着から何か落ちた。


「ヴィンス、何か落ちたぞ」


 彼は気づいていない様子だったので、教科書を取ってから拾い上げ、呼んだ。

 落ちたものはかなり小さく、ハンカチではなく、インクでもなく……飴?

 拾ったそれは、何とも可愛らしい菓子だった。基本的に、甘い菓子。


「ああ、ありがとう」


 ヴィンスから落ちたのだから彼のもので間違いない。言われて落としたものに気がついたヴィンスが自分のものだという反応をしたため、渡しておく。

 見た目で人を差別する気は毛頭ないが、意外だなという感覚は抱く。


「持ち歩くほど甘いものが好きだったとは初耳だ」


 飲み物に砂糖も入れないような舌ではなかったのか。そんな面を知っていただけに、意外だと感じたのだろう。


「いや──ああ、いや、そうだな。意外だろうが好きな方だ。この国で取り扱っている店があれば、ぜひ教えてもらいたい」

「そういうことなら、俺は詳しくないが……」


 母に聞けば、泉のごとく情報が溢れ出てくるだろう。


「それならそうと早く言えば、俺の家に来たときくらいに母から聞き出せていたのにな」

「やはり、甘いものは女性の方が詳しいか」

「少なくとも俺の身の回りではな」


 父は除外する。


「手紙を出せば最速で返ってくると思う」

「そんな用件でだけ出せば、私が顰蹙(ひんしゅく)を買わないか。前に、手紙を出しても一通として返ってこないと言われていただろう」

「お前が顰蹙を買うわけないだろう。ただ、長いリストが返ってくることは覚悟してもらう」


 この国に滞在しているとはいえ、自由に街を見回れたわけではないだろう。探すには知っている人間に聞けばいい。

 そんな軽い感じで引き受けたのだが、菓子の種類を絞らなかったせいで懇切丁寧な説明つきの、予想の何倍も分厚い手紙──否、リストが届くのは後の話。アルバートはそのままヴィンスに渡すのも、後の話。

 現在、話はいつもの雑談と変わらぬ様子で流れていくだけ。


「何だ」

「甘味は疲労に効くぞ」


 アルバートは飴を貰った。



 そして留学期間を終えヴィンスは自国に帰っていった。

 その後アルバートは学院を卒業し、騎士団に入った。


 学院で出会い、友人となった。同じ歳で、学年、授業は全て同じ。ヴィンスは普通の生徒と同じように授業を受けていた。

 アルバートは関わるようになってからは、思いの外気が合い、付き合いは家に招くほどにもなった。

 互いの立場が全て真っ白になるかのような、友人関係だった。アルバート自身、上っ面が完全に外れる関係になろうとは予想もしていなかった。

 しかし、他国の人間同士であることに変わりはない。

 留学期間は、ヴィンスはアウグラウンドの王族としてきていた。国の名を背負うが、比較的、責任も役割もない形で来ていた。

 だがこの先、彼が来ることがあったとしても、そんな形はあり得ない。

 この先は、互いに立場を持ち合うことになる。そもそも、次に会う機会などいつになるか。


 ある年、この国の記念式典にアウグラウンドからの使者が出席した。その中に、ヴィンスがいた。

 それが、再会だった。


「……久しぶりだな、アルバート」


 顔を合わせたとき、微かな違和感のようなものを覚えたが、久しぶりに会うからだろうと気にしなかった。

 ヴィンスは、国で政務に関わる役職についたらしい。


「陛下がやってみろ、と。あれから各国の人間と多く関わり合った。自分が行くこともあった」


 勉強中の身ではあるが、だから今日ここにもいる。


「君は、その格好は言っていた通り騎士団だな」

「ああ」


 しばらく、互いの近況を話した。文通などしていない。

 アルバートとヴィンスの習慣にないということと、気軽に文通するような立場にはならないこと、そしてアルバートからすれば会えれば会えたときに話せばいい、だ。


「──アルバート、内密に話をいいか」


 後にして思えば、ヴィンスはどれほど考え、それを言い出したのだろうか。言い出すなら、単刀直入に話に持っていったはずだ。

 おそらく、することがもたらす影響を考えていたのだろう。


 そのとき、ヴィンスの雰囲気が変わったことを感じ、アルバートは頷きを返した。

 周りを一瞥したヴィンスと、場所を移動した。


「内密な話って何だ」


 移動するなり問うと、ヴィンスはこう言った。


「……今、君の国と私の国は、疑いようもないほど友好的な関係だな」

「そうだな。お前が留学に来て、こうして式典に当たって使者も来ていることからしてな」

「だが、この先、敵対することになるだろう」

「……何だと」


 アルバートは眉を潜めた。心の底からの何だと?だ。耳を疑った。


「ここ数年ということではないかもしれない。だが、将来的には必ず。──こちらの国が従属か、戦かを突きつけるだろう」

「従属か、戦? ……ヴィンス、何を言っているのか分かっているんだろうな」


 ここは、イグラディガル。ヴィンスの国ではなく、他国だ。

 何を口走っている。誰かに聞かれれば事だ。物騒すぎる。

 アルバートは思わず扉の方を確認してから、ヴィンスに視線を向けた。


「分かっている。冗談でもない」

「……冗談でなければ、その話」


 ヴィンスは頷いた。


「今の陛下が──祖父がいなくなれば私の国は間違いなく危ない舵を切る」


 だろう、という推測はもうつかなかった。彼は断言した。

 唐突な話に、再度言葉を重ねて言われたアルバートは、とっさに何も言えなかった。冗談ではないと言われた手前、冗談かとは言えまい。

 しかし、とんでもないことを言われた。


「本題はそれであって、違う。無理は承知で、頼みがある」

「頼み……?」


 無理は承知でなんてどんな頼みだ。

 たった今の話題からでは、同じくとんでもないものがきそうだが、アルバートはひとまず先を促した。

 ヴィンスはここで話し淀んだ。頼みを迷っているのでなく、どこから話すべきかを迷っているようだった。

 先程のとんでもない話は迷いなく言ったのに、だ。


「──君は、大神の娘の女神の神話と伝説を知っているか」


 ようやく言われたのがこれで、アルバートは首を傾げたくなった。明らかに頼みではなかったからだ。

 とりあえず、示されたことの知識は当たり前にあったため、「ああ」と返した。


「私の頼みは、妹の亡命に手を貸してほしいということだ」

「妹……?」


 なぜアルバートがそんなに予想外の言葉を聞いた反応になったかと言えば、王族には女児が生まれないことが常識だからだ。

 天上の神々の中に、女神はいないからだと伝えられている。正確に言えば、いたにはいたのだが、今はいないのだ。

 そして、王族とは最も神に近き血筋だ。アルバートの母フローディアも王族の一員であるが、前王の実の娘ではなく、過去に事情により王家に迎え入れられた特別な身だ。

 ゆえにアウグラウンドの王族であるヴィンスには、『実の妹』はいないはず。


「従妹か養女の、亡命か?」


 考えられるとすれば、そんな関係だろうと思った。それにしても亡命とは穏やかではない。

 だがここで、最初の関係悪化の不穏な話と繋がるのかと考えを巡らせていた……。が、ヴィンスが「違う」と言ったため、思考が途切れる。

 違う?


「正真正銘王族として生まれた、私の妹だ」

「……ヴィンス」


 それはあり得ないはずだ。何を言っている。


「私の実の妹だ。私と同じ母から生まれた」

「…………それは、」


 そう妹だと譲られなくては、考えられることはもう一つあった。

 ──アウグラウンド国の王の妃の密通

 さすがに声にするのは憚られたのだが、


「母は密通はしていない」


 と、ヴィンスにまたも否定された。


「……それなら、妹だと言うのは」

「先に説明する。君が信じるかどうかは別の話だが」


 最後の一言に、思ったよりむっとした。

 他国の人間同士とはいえ、彼が他国の人間にするべきでない話をしたように、個人としての信用はアルバートからもヴィンスに向けてあるつもりだった。

 そこを疑われたようだったからかもしれない。


「私の妹は実の妹だ。正真正銘王家に生まれた。もしも女児が生まれたなら。前例は、ある。この意味は知っているはずだ。君は先程『大神の娘の女神の神話と伝説を知っている』と認めたな」


 大神の娘の女神の神話と伝説。

 最初の辺りに、話を出されていたからか。内容が頭の中に出てきた。もしくは、彼が強調した要素ゆえか。

 アルバートの脳内が、まさか、と言った。

 ヴィンスが、続ける。


「私の妹は『女神』と呼ばれ、それに相応しい力を持っている」


 アルバートは、一瞬言葉を失った。

 ただ見返してくるのは、真剣な眼差しの友。


「──まさか」

「事実だ」


 やっと出てきた一言に、即答だった。


「その『女神』っていうのは、つまり──『伝説』に出てくる大神の娘だと思われる『女神』のことだろう」

「そうだ」


 天上には、神々がおられる。

 神々一柱一柱、各々に伝えられる話もあれど、一つ、各国にその国が信仰する神の話の他、あまねく知られる神話と伝説がある。

 神話は、神々の物語。伝説は地上の物語。


 ──現在、国々は、それぞれ一柱の神を信仰している。

 その神々の上に位置する神がいる。『大神』と呼ばれる神だ。その神が、他の神々を創り出した。

 しかし、ただ一柱、大神の娘がいたという。創り出されたのではなく、娘。大神の半身であると言われることもある。

 大神は娘ができたために、女神の創造を止めたという。


 すでに創造されていた女神は、一柱のみ。

 この女神は無論、大神の娘ではなく大神により創られた神に過ぎない。

 彼女は大神に創られた女神として、大神から他の神々と同様の愛を受けていた。兄弟である神々からも。

 一方、大神の娘である女神は、大神からも他の神々からも最も愛された。


 天上は穏やかで平和な楽園だった。老いぬ生を持つ神々の世界だ。神々自身、時折戯れで戦いに興じようと、それ以上ではなかった。

 生来、憎しみや怨みという感情など持ち合わせていない。

 しかし、一柱、神に在らざる神に変貌した神がいた。創られた一柱の女神である。

 その女神は、もう一柱の女神である大神の娘に、神にあらざる妬み、嫉み、いつしか憎しみまでも抱いていた。


 結果、ついにその出来事が起こる。

 後の地上の人間の世にまで伝わり、語り継がれる『神話』の一つ。


 女神は、大神の娘を殺し、そのときすでに神々が手を引いていた地に(おと)すという大罪を犯した。

 大神は悲しんだ。神々は激怒した。

 女神は犯した事を罪とされ、神々の怒りによりあらゆる呪いを受け、天から追放された。

 かつてその神がいたとされる地上の土地も粉々に砕かれ、消滅させられた。

 この女神こそ、邪神だと呼ばれる存在。帰るべき土地、祖国のない海賊たちの信仰の対象。


 こうして邪神である女神はいなくなり、そして、大神の娘である女神もいなくなってしまった。

 これは、『神話』。

 これより先が、『伝説』。


 昔々、神々が手を引き天に戻り、人間が治め暮らすようになった地上にて。

 かつて、国が一つに統一されたことがあり、統一に導いた『女神』がいた。


 とある王家に一人の娘が生まれたことが、伝説の始まりである。

 女児が生まれぬはずの王家に生まれた女児。

 その子が生まれたとき、真冬、雪の深い国中の雪が突如止み、空が晴れ、天から光が降り注いだ。雪は解け、春が如く地面一面に花が咲いた。その日国中で生まれた赤子は、全て無事に生まれたという。

 他にも、その子が泣けばあっという間に雨が降り始め、泣き叫べば雷が鳴る。笑えばあっという間に空は晴れ、季節関係なく、名も分からぬ花が咲く。


 何より、その子どもは、幼き頃よりこの世のものとは思えないほどの美しさを持ち、生まれつき肌に女神の印を持っていた。

 娘は、かつて天上より墜とされた大神の娘に違いないと言われた。

 すくすくと育った娘は王の妃に据えられ、王はその存在と力を各国に示した。この国こそ、大神の加護を受ける国だと。

 信じず逆らう国もあり、戦も起きたが、必ず天より落ちる一撃が一軍を鎮めた。

 そうして、かつてこの地は一つの国の下にあったことがあったという。

 その娘を、もはやたった一柱の『女神』と言う。


「彼女は確かに私や他の兄弟と同じ母から生まれた。ただし、その頃父に心当たりはなかったようだ。既に男子が五人も生まれているのでは充分だから。事実、生まれた子は親とも親戚とも異なる色を持って生まれた」


 それだけでは密通の末の子だとも言えそうだが、そうではないのだと、ヴィンスは語る。


「何より、女神の印を持ち生まれた。神々の紋章と呼ぶべきものがあるように、その女神の印もあるだろう。母が不義をしたのだと騒ぐ者はいなかった。不義と思い浮かぶどころではない不思議な現象が、その日城で起こったからだ。その子は、神より生を受けた子だと誰もが思った」


 ──その子どもが生まれた夕刻、庭の花が一斉に咲いた。生を受けた部屋には、幻の花が咲き乱れた。

 子どもの(かんばせ)は美しく、髪は陽が当たらずとも艶めく銀色、目はこの世全ての美しいものを宿したような──この世ならざるがごとき輝きを秘める瞳をしていた。

 親兄弟とは異なる色は異なる色でも、次元が違った。

 そして、その体に、きらきらと銀が散る印を持っていた。


 誰もが、神話とそれに繋がる伝説を知っておきながら、どこかで伝説は伝説だと思っていただろう。

 だが、その瞬間、伝説が目の前に現れたことを疑う者はいなかった。とっさに伝説を思い出せなかった者は、単純に奇跡の子どもだと思った。神に愛された子だと。


 どちらも間違いではない。『その存在』ならば、天上の全ての神々に愛される。

 そして確かに生まれた子は、神気に満ちた子。──地上に墜され、天上から失われた女神。


「父や兄弟は彼女を『女神』として利用し、かつての伝説を行おうとしている」


 すなわち、伝説と同じく、地上の平定。


「……伝説のように、他の国を全て征服するつもりということか」

「そうだ。今は祖父である陛下がそのような考えは持っていないから、止められているが、準備は着々と進められていると言ってもいい」


 従属か、戦かを突きつけるとは、そういうことか。

 ヴィンスの話の流れ自体に繋がりは掴めれど、アルバートはこめかみを押さえる。


「信じ難いか」

「……正直、飲み込みきれていないな」

「そうだろうな」


 そうだろうなって……そうなのだが。

 不意に、ヴィンスが瞳を歪めた。


「彼らは、現在、妹の血肉を用いてとある研究を行っている」

「何の」

「妹の身そのもの、全てが力の塊らしい。血の一滴まで。例えば花に──いや、土壌に血を混ぜたとする。花は枯れなくなった。一年、二年、あり得ない年数をだ。神通力で加護をつけても、一年はない。今、彼らが何をしていると思う。彼女から血を採取し、人に用い始めた」

「血を……?」

「血を。肌を切り、血を採取する」

「それで人をどうしようって言うんだ」

「不屈の兵を作れるのではないか、と」


 馬鹿な、とこれは口に出た。


「結果は」

「死人が出ていることは知っている」

「なぜ続ける」

「力が宿ることは証明されているからだ。普通神通力の移譲は出来ないはずだが、血をそのまま摂取しても──これは止めよう。気分の悪い話だ」


 ヴィンスは今度は、表情ごと歪めた。無表情が基本の男が、だ。

 首を振り、改めてこちらを見る。


「いずれもここに証拠は示せない。だから信じてくれなくともいい。私はただ、妹を国の外に出したい」

「亡命、か」

「そうだ。今妹がいる環境はろくなものではない。このままあの国にいても、ろくな未来はない。幸せも。──私は、彼女を国から逃がし、せめて幸せの意味を知って欲しい」


 懇願の響きさえ混じるのは、尋常の様子ではなかった。

 女神についての話を途中に挟んだが、彼が今まともに受け取って欲しいのはそれではないと分かった。

 最初に言い、今も言った、妹の亡命。

 確かに、女神が本当かどうか不明だとしても、女神だと扱われる環境は普通ではないだろう。そして、彼の案じる言葉の中で、彼の妹の状態に何かの違和感を感じた。


「君一人の判断はできず、国自体への頼み事になってしまうことは分かっている。引き受けてもらっても多大な迷惑をかけてしまうことになるだろう」


 それでも頼まずにはいられないのだ。耐えられることなら、この男はそもそも口にも出さないだろう。


「妹の亡命に、力を貸してくれないか」


 アルバートはヴィンスの言った通り一存では決められなかったが、まず父に、それから王に話を通した上で、その滞在中に友の頼みを承諾した。

 亡命してきた際、その身はジルベルスタイン家が面倒を見ることに決まった。王家の娘とするのでは、注目を集めすぎるという判断だ。


 身を託される側であるからには、妹の詳しい状況も聞いた。亡命先になる以外の、おそらく多大な迷惑をかける、と言う所以も。

 いつでも実行しろと言い、アルバートはヴィンスと再び別れた。次会うときは、彼がその計画を実行し、こちらに逃れてきたとき。


 後に『妹』となる少女が、ジルベルスタイン家に連れてこられる半年前のことだった。










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