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公爵家の養女は『兄』に恋をする。  作者: 久浪
第二章『使者の来訪』
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終わりの見えない夜





 訳が分からず、一つも説明がされない状態に、一度場所を移すことになった。

 王子が出口に促され、次に女性を──と、いうところ。


「出る前に浄化だ。この神域にどう影響を与えるか分からない」

「私が」

「姉上」


 後から来た内に、養母が含まれていた。テレスティアの王子が退いた入り口から、養母が室内に入る。


「俺は念のため、他に邪神信仰者がいないか見てくる」


 入れ違いにアルバートが部屋を出た。

 結果としては、他には神官と女性の侍女と思われる女性がいただけだった。侍女の女性は特に異変はなかったが、浄化を施され部屋を移されていた。

 本来、邪神信仰者はこの教会には連れて来られない。いるとするなら、そうだとは思いもよらず保護されてしまった場合。今回だ。

 保護された段階から、邪神信仰者であるとはあり得ないはずだったのに。


 神官により、部屋や廊下も浄化されていく。

 これからテレスティア側と話をするのだろうが、王弟と養父はその前にここで話していくつもりらしい。


「実際に見たが、まだ信じられん。国の神通力持ちの貴族が邪神信仰者になるなど聞いたことがない。……本当に、テレスティアの人間か?」

「王子が証言したからには、そうなのだろうよ」


 あの女性がテレスティアの人間ではないとは、もう可能性が低い。

 しかし、シルビアにとってはまさかテレスティアの人だったなんて、だ。誰が、テレスティアの貴族があんな様子で逃げて来ているなんて思うだろうか。


「神通力持ちの貴族か」

「どうかしたのですか?」


 シルビアは、側に立っているアルバートを見上げた。

 アルバートは少し考える様子を挟み、述べる。


「この場所に魔物が出ること自体が特異だ。邪神の影響が欠片もない、出るはずのない場所だからな。だが、普通の邪神信仰者ではなく、神通力を身に持っている人間が邪神信仰者になれば……自分の中に外に出せる力を持っているから、可能になるのかと思ってな」


 他の王族の力が使えるように、高位貴族が邪神信仰者になったから。邪神信仰者は神通力を持たない。しかし、元々神通力を持った者が邪神信仰者になれば……?

 その神通力で、魔物を生み出したとでも言うのか。


「『誓い』がいつ破れるか、か。破れなければまず話にならなさそうだな」

「そもそも、テレスティアの貴族ばかりか王族に、誰が『誓い』させると言うのだ。テレスティアの王か?」


 何のために。


「……婚約者だとか言っておったな」

「グレゴリオ、考えていることが分かるぞ」

「婚約者をこちらに嫁入りさせることにした結果、両方が不服だったか」

「だがそこで忘れてはならないのは、邪神信仰者だと思われることだ」

「そこだ。そこがいつまで経っても意味が分からん。邪神信仰者を婚約者としていたことも、こちらに嫁入りを示唆したことも。どんな過程でなったかは置いておいても、どんな神経をしている」


 何のために。どういう意図で。

 『誓い』を使われた二人、婚約者だという関係。邪神信仰者という事実がなければ、両方が納得できずに、強制的に決められて来た。『誓い』はやり過ぎにしても、そんな風に考えられるのだ。

 しかし、邪神信仰者という事実が、全てを理解不能にさせる。


「どうにか持ち直して交渉成立か、交渉決裂か。最悪、あちらの対応によっては捻れに捻れて国交は完全に断裂どころか険悪。戦は避けられるなら避けたいが、あちらがするつもりならこちらが下手に出る理由などないから受けて立つ他ない、か」


 宴が開かれ、これからの友好な関係が見えたはずが、一夜を明けずして暗雲が立ち込めるようだった。




 シルビアは、アルバートと教会から出た。

 帰ることになった。夜会には戻らなくてよい、と。

 夜会がどうやって無難に閉められるかは不明だが、王太子と養母は戻っていった。王太子はテレスティアの王子が会場を出たと気がつき、追って来たのだそうだ。身軽すぎる王太子である。

 養父はこれからテレスティア側と話をするため、帰ることも出来ない。

 魔物が出た際、アルバートにより教会から出されたらしい神官たちは教会の片付けに中に戻った。


「それで、連れていかれたということか」

「そのようです」


 暗い中、前から誰かがやって来る。

 こちらは灯りを持っているが、あちらは持っていないので声が聞こえるまで気がつかなかった。

 走って来るのは二名で、シルビアとアルバートの横を走り抜ける。


「まったく──」


 声が、横で聞こえた。灯りが辛うじて届くかという位置だったが……。


 風が通り抜けた瞬間、ゾクリと悪寒がした。

 とっさに腕を抱き締めた。足を止めて、シルビアはやけに勇気が必要な心地で、斜め前、横、斜め後ろ、そして背後を振り向いた。

 しかし、暗くて、灯りが届かない先は何も分からない。誰かいるのか、いないのかさえ。


「あれはテレスティアの制服だな。聞き付けて来たのか……まあ神官が伝えるか。……シルビア、どうした」


 問いかけに、後ろを見続けていると自覚して、アルバートを見た。


「いえ、何だか、寒くて……?」


 知らないうちに、自分を抱き締めていて、そんな答えになった。

 アルバートは「寒い?」と怪訝そうにしたけれど、にわかに上着を脱いで、


「着てろ」


 シルビアに羽織らせる。

 上着には、アルバートの体温が移っていた。肩から覆われると、ドレスで肌が出ている部分もあるせいか、とても温かく感じて、同時に安心した。

 本当に寒かったのかもしれない。

 一方、アルバートはシルビアの額に手を当て、「熱はないな」と確認した。


「早く帰るか。妙なことに遭ったからな」


 アルバートに連れられ、シルビアは再度歩きはじめた。


 家に帰ると、着替え、化粧を落とし、風呂に入った。

 黒髪は今宵のために染め直したこともあり、完全に黒いことを鏡で一応確認して、ベッドに倒れ込んだ。

 養母は帰って来た。養父は今日は帰って来られないだろう、と聞いた。

 詳しいことはまだ分かっていないそうだ。全ては『誓い』が破れなければ。

 一体、どうなるのだろう。


 ふぅ、と息をついて目を閉じた。

 嫌な感覚がこびりついている。肌を内側から撫でられたような、取ろうとしても取れない感覚。

 嫌な感覚は嫌な感覚でも、魔物の予感のものではなかった。教会を出た後の、あの感覚だ。何だったのだろう。

 考えている内に、夜会による疲労か、そのあとの出来事による疲労か。

 眠りの波に飲まれ、意識は眠りに落ちていった。


















 声が聞こえた。

 音を耳が捉えると、意識が浮上しはじめる。

 次は、誰かがいる気配がした。

 重い瞼をどうにか開けるが、暗くて、視界はぼやけていてはっきりしない。

 だが、誰かがいる。ぼやけた姿が枕元に見えた。


 誰。

 アルバートじゃない。


「──酷い色だ」


 言葉が、はっきりと聞こえた。

 誰かが、髪に触れ、ぱらぱらとベッドに落とした。


「……だれ……」


 だれ。

 だれ。

 誰。


 『誰か』頭を撫でる。撫で慣れた動作で、撫でる。触れる。『誰』。『誰』。だ──


「ああ、起こしてしまったね。ごめんね」





 気がつくのは、遅すぎた。


 二度と聞きたくなかった声で、聞くことを恐れてもいた声だった。

 そして、人だった。











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