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公爵家の養女は『兄』に恋をする。  作者: 久浪
第二章『使者の来訪』
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デビュー




 騎士団としての日々を過ごし続けていると、自然と夜会の日がやって来ていた。

 今日まで、ジルベルスタイン家で夜会があろうと、他の場所で夜会があろうとシルビアは見送る側だった。

 今年に入ってからなんて、騎士団に勤め始めたこともあり、ほとんど騎士団の制服や訓練のとき用の、飾りなどまるでない服装で見送っていた。

 それが、今日、変わった。


 青くきらびやかなドレスを身に纏い、同じ色の長手袋をはめ、黒い髪を飾りをつけて結う。歩きにくい部類の華奢な靴を履く。

 目を開き、鏡を見ると、化粧の施された顔と顔を合わせた。

 腕の隙間と、肩の辺り、首もとがすーすーする。騎士団の制服に慣れていた証拠だろう。

 部屋を出て、歩いていく。侍女が、養父とアルバートはすでに玄関ホールにいると教えてくれた。


「母上、待て」


 見える前に、声が聞こえた。


「今ネックレスを変えに行かなくてもそれで──」


 たぶん、言葉の途中で養母は行ってしまったのだろうと思う。まず第五騎士隊では聞かない言葉の途切れ方をした。


「フローディア、急がずともいいぞ。急いで怪我だけはするな」

「父上」

「アルバート、お前の母のあの面は変わらん。諦めろ。しかしながら、私はそんなところも愛らしいと思っている」

「誰もそんなことは聞いていない……」

「おお、シルビア」


 シルビアが玄関が見える場所にまで至ると、こちらの方を向いていた養父が気がついた。

 アルバートは背を向いていて、養父の言葉に今振り向く。

 同じ色の目に見られながら、シルビアは階段を降りる。ドレスの布が、脚を撫でていく。

 階段を降り、養父とアルバートに近づけば、養父が「美──可愛らしいな」と賛辞を口にする。


「フローディアはもちろん美しいが、我が娘の可愛らしさも……ううん、甲乙つけがたい。なあ、アルバート」

「……そうだな」

「そうだなしか言えんのか、お前は」

「放っておいてくれ」

「まったく、一言褒めるくらいの習慣がつかないものか」


 やれやれ、と首を振ったあと、養父は改めてシルビアをその目に映した。


「夜会デビューには、充分すぎるほどだな」


 養父は、柔らかく目を細めた。


 養母の準備も終わると、揃ってジルベルスタイン家を後にした。

 馬車が向かう先に城がある。仕事で通うばかりだったから、奇妙な心地だ。どこか、現実味も薄い。ベール一枚を隔てて、感覚が伝わってきているような、そんな感じ。

 馬車が止まり、ドアが開いた。

 養母が先に降り、別の馬車に乗っていた養父がその手を取る。

 そして、シルビアも馬車を降りようとすると、すっと、前に手が差し出された。


「ありがとう、ございます」


 シルビアは、アルバートの手に、そっと手を重ねた。

 今宵、シルビアのエスコート役はアルバートがしてくれることになっていた。

 会場は、城の大広間。

 外から中へ入り、一本、真っ直ぐ広い廊下を進んでいくと、召し使いたちが流れるように順に頭を垂れる。

 奥に、大きな扉が。最後に頭を下げた者が二人、同時に扉に手をかけ、開いていく。ジルベルスタイン家の名前が響く。

 扉の向こうは、眩しさの満ちた空間が広がっていた。

 大広間にはすでに多くの人がおり、扉付近にいた人々から順に、扉の方を見た。

 まずは、ジルベルスタイン家公爵として顔が知られている養父に。ほぼ同時に王の血縁でもある養母へ。

 そして、そのあとから入るアルバートもよく顔が知られたもので……。

 最後に、アルバートにエスコートされている人物がいると気がつき、「おや?」という顔をする。


「閣下、先日振りです。変わらずお美しい夫人と、ご子息が揃えばもはや圧巻ですが……今宵は、花をもう一方連れていらっしゃる」


 養父に話しかけた男性が、ジルベルスタイン家のお茶会のみにしか出たことのないシルビアを見た。


「一見、ご子息のご婚約者かと思ったのですが、私の記憶が正しければお茶会で一目会わせていただいたご令嬢では?」

「そうだ。娘のシルビアだ」


 扉からそんなに中には進まないうちに、後ろまでも人に囲まれていた。そんなに近くを囲まれているわけではないが、周囲はこちらを見ていて、養父に話しかけるタイミングを計っている。

 その人並みを、再度開いた扉が割る。正確には、家の名前が呼ばれ、入ってきた人が。


「何だ、この人の塊は。──ルーカス、お前のせいだな」


 青い目が、他より人が集まっている前方を見れば、人が散る。

 あっという間に道ができて、その人は堂々と一人で歩いてくる。


「おお、これはこれはグレゴリオ殿」


 養父が振り向き、出迎えるように両腕を広げた。

 動作の対象となる男性が、雑に手を振った。邪魔だ、とでも聞こえそうに。


「白々しい呼び方をするな。背筋に妙な感覚が走る。──それならば何だ、私はお前のことを義兄(にい)さんとでも呼べばいいのか?」

「……おっと、背筋を妙な感覚が走り抜けていった」


 そらみろ、と男性が鼻を鳴らす。

 その、これまで見たどの人より、養父に遠慮のない態度、義兄(にい)さんという言葉。

 この人は、誰だろう。金髪と、青い瞳で自ずと答えは出てきそうだが……。


「陛下の弟で母上の弟だ。『辺境伯』をしていてめったに領地は離れないが、今回のことで息子に領地を任せていらっしゃった」


 誰より側にいるアルバートが、答えを耳に落としてくれた。

 夫人も領地で、単身で来たため、今宵も隣には誰もいないのだそうだ。

 後に聞くが、この『辺境伯』とは、担う役割上そう称されるだけで、身分としては王弟でそのまま貴族より上の身分のままであるそうだ。


「姉への挨拶はないのかしら」

「これは姉上、ご機嫌麗しゅう。──これでよろしいか」


 姉にかなり淡白な挨拶を済ませ、王弟たる男性は横に退いていたアルバートに目を向けた。

 身長は、養父やアルバートとそんなに変わらない。


「アルバート、久しいな。顔は見ていたが、こうしてまともに言葉を交わせる時間はなかった」

「挨拶が遅くなり申し訳ありません」

「構わん。しかし、お前は相変わらず顔の作りがルーカスそっくりだな」

「叔父上、会う度に聞いています」

「そうか。ただ、私はルーカスよりお前の方が好ましいぞ」

「私は義兄の前に、友人のはずなのだが」

「それそうと」


 養父の言葉を無視し、王弟はアルバートの隣にいるシルビアに視線を落とす。


「妻か?」


 問いの後、一瞬、完全に間が挟まれた。


「いえ、叔父上。彼女の名前はシルビア。『妹』です」

「──ああ、例の」


 会ったことはないが、この人も知っているのだと一言で察した。


「妻かと思うだろう。アルバート、結婚はまだか。そろそろ妻を連れろ」

「自分が間違えたことを誤魔化すのはよくないな」

「……ルーカス、お前のそういうところが好かん」


 養父を睨み、王弟が再度シルビアを見、手を差し出した。


「グレゴリオだ。ジルベルスタイン家の養女だと言うのなら、一応叔父となるだろう」

「シルビア・ジルベルスタインです。初めまして──叔父様」


 手を取りながら挨拶をしたのだが、王弟が驚いた目をした。


「……そういえば息子と甥と、男ばかりだったな」

「?」


 大広間に綺麗な音が流れ、握手は自然と離れ、王弟の視線も上へ。

 王、王妃、王太子、そしてテレスティアの王子が到着したと告げられた。

 最も奥の並ぶ椅子の前に立ち、王が参加者に向かって話す。

 その顔は、女性である養母より余程、いましがた会ったばかりの王弟に似ていた。


「一緒に来ている令嬢は、結局一度しか見なかったな。夜会にも出てこられないのか」

「初めての船旅だったそうで、一度会ったときも顔色が優れなかった。仕方ないだろう。知らぬ土地でもある」

「ふん。この先、この国に来ることになったとすれば思いやられるな。……おい、うちに来る可能性が高くないか?」


 などと、養父と王弟は口は動かさずにそんな会話をして、別れていた。


 タイミングを見計らって、奥へ行く。養父が養母とテレスティアの王子と話している間に、シルビアは王と王妃に挨拶をした。普通の令嬢は社交界の始まりと共に、デビューを迎えるものだが、シルビアは今夜がデビューとなってしまった。ゆえにこの機会ではあるが、挨拶することとなった。


 奥から離れる途中、イオを見かけた。彼は騎士団の白い礼服で、近衛として参加しているということなのだろう。

 シルビアが気づいたあとにあちらも気がつき、緑の目が丸くなった様子が見えたが、すぐに通った人に隠れてしまった。


「お茶会の際にのみ出ておられた妹さんでは?」


 以前、シルビアが唯一出たジルベルスタイン家のお茶会の出席者を始め、話に来る人々はさりげなくシルビアのことを尋ねた。

 シルビアの側で、全てに対応するアルバートは、出来るだけシルビアに話さなくてもいいようにしてくれていた。視線も、こちらに流せば話題が流れやすいため、相手のみを見ている。

 シルビアは、側でアルバートを見上げているくらいだった。

 アルバートは、家にいるときとも、騎士団にいるときとも雰囲気が違う感じがした。

 夜会仕様の服装は、何度も見たことがあるから、環境のせいだろうか。それとも、この状況か。

 そうしてアルバートが話をしている間、とんとん、と肩を軽く叩かれた。不意に触れられた側のシルビアは、びくりとする。


「あら、驚かせてしまって申し訳ありません」


 横に、女性がいた。

 ピンク色のドレスを身に付けた、若い女性。同じくらいの年頃かもしれない。

 見知らぬ彼女は、にっこり微笑んで、「こちらでお話なさりません?」とシルビアを誘った。

 彼女が軽く示した方には、色とりどりの色があった。複数の令嬢のドレスだ。身を寄せ合って、扇の向こうで何か話している。シルビアが見たと分かると、微笑みかける。


「殿方とお話はつまらないことも多いでしょう? 皆様、シルビア様とお話して、仲良くなりたいのです」


 シルビアに声をかけた女性が、シルビアの手を取る。にこにこと笑っているが、シルビアは戸惑う。

 彼女は誰なのだろう。シルビアの名前の知っているようだけれど、シルビアは名乗られていないから分からない。

 そして、引っ張られる力は振り払えないほど強くはないものの、笑顔がどこか拒否することを躊躇わせる。

 どうすればいいだろう、と考えている間に何歩か歩いてしまって、黙って離れるのはまずいという意識が動き、アルバートの方を見た。


「……あ」


 いくらか歩いてしまっていて、アルバートの間に距離が開いていた。アルバートが見えて、周りの人々が目に入った。

 さっきまで、どうして気がつかなかったのだろう。

 人の視線が、シルビアに向いていた。ぐるり、と見渡すと、その度に誰かと目が合いそうになる。

 急に居心地が微妙になった。マントがないからか。格好が、無防備に感じるからか。

 でも、さっきまで気がつかなかった理由は分かった。見上げていたアルバートが近くにいて、周囲が視界に入る範囲が極めて狭かったのだ。


「初めまして、シルビア様。わたくし、ヘレナ・スペンサーです」

「──初めまして。シルビアです」


 さっと、視界が橙に近い髪をした女性でいっぱいになった。

 シルビアのすぐ周りは、鮮やかな色合いに囲まれた。まさに中央。四方を囲まれ、あちこちから挨拶が飛んで来る。


「噂はお伺いしていますわ」

「噂以上にお美しいですね。素敵なドレスがとてもお似合い」

「けれど、ご出身は元々平民でいらしたなんて信じられないわよね」

「あら、本当?」

「ええ。ねえ、シルビアさま」

「──はい」


 ゆったりと構えているのに、会話の早いこと。

 突然返答を求められ、一拍遅れで返事した。そんな設定があった。


「騎士団にお入りになっているのよ。それも第一騎士団の第五騎士隊」

「まあ、すごい。第五騎士隊といえば、魔物なんて怖くて、わたくしではとても無理ですわ」

「本当に」

「大変ではございませんか?」

「──そう、ですね」

「お可哀想」


 続けて付け加えようとしたが、会話の早さについていけなかったらしい。先に会話が続いた。


「かわいそう?」


 上手く飲み込めなくても、聞き返しはそのまま口に出したせいで、会話に乗った。

 かわいそう、と言った令嬢は口を押さえた。


「ごめんなさい。……平民からあのジルベルスタイン家にお入りになられたとはいえ、騎士団に入ることは決まっていたとか」

「そうなのですか?」

「そのようよ。そのためにお引き取られになったとか」


 奇妙な感覚が生じた。

 シルビアがここにおり、視線も向けられているのにも関わらず、会話だけがシルビアをそっちのけで流れていく。

 令嬢の中の一人、話の流れを掌握している令嬢がいる。可哀想と言い、どこで聞いた情報かは分からないが、シルビアの情報を話している令嬢だ。


「今年の夜会は全くお見かけなかったと思うのですけれど、この度参加されたのはなぜですの?」

「──それは」

「まさかとは思いますけれど、ジルベルスタイン家の方も元は平民の方を王太子殿下のお相手に据えようとは思ってはいませんよね?」


 刺々しい、とはこのことを言うのだろう。

 その言葉を境に、微妙に雰囲気が変わった。彼女たちはシルビアを探る目で見ている。

 何を?

 シルビアは戸惑う。四方を囲むのがただの令嬢ではなく、圧迫感を発している。これは、敵意に近い、か?

 しかし、シルビアは何かしたろうか。初対面の人間に。この短時間で?


「元は平民であったとしても、今はジルベルスタインの人間だ」


 最後に見た距離より、近い距離から声が聞こえた。むしろ、すぐそこ。

 周りの令嬢が、はっとしたように背後なり横なりを見上げる方が早かった。シルビアは最後。


「俺の妹と──ジルベルスタイン家に何か文句が?」


 アルバートが、シルビアの正面に立つ令嬢の後ろに立ち、見下ろす。この場にいるにあたり浮かべられていた笑みは、失せていた。

 元の顔つきと目付きが発揮され、鋭い視線が令嬢全員を見る。令嬢の中で、顔を赤く染めていた者が蒼白になる。


「あ、アルバート・ジルベルスタイン様──。文句、など何のことでしょう」

「心当たりがないなら構わない。この場でしつこくするのも何だ。ただ、妹を無断で連れていくのは止めてもらおう」


 アルバートが手を前に差し出すと、前にいた令嬢がさっと退いた。そのまま、どこかに散っていく。

 一方、シルビアは四方の壁がなくなり、解放感が生まれていた。アルバートは令嬢が向かった各々の方向を一瞥し、シルビアに目を戻す。


「シルビア、行くぞ」


 手を取れ、と促すように手が動かされたからそうすると、アルバートは歩きはじめた。


「無断で離れてすみません」

「それは気にするな。口実だ」


 アルバートは歩き、途中別の場所にいた養父母の元へ寄った。何か囁き、また歩きはじめる。

 どこに行くのだろう。

 そう思っていると──会場を出た。

 外。建物に応じて広いテラスに。灯りが隅々と照らす中とは異なり、出入口自体、ゆるく閉められた分厚いカーテンで三分の二ほどが覆われている。夜であるため、暗かった。灯りは中から洩れてくる分だ。

 テラスに沿って、横にしばらく歩いて出入りを避けたところで、アルバートは止まった。


「疲れただろう」

「……いいえ、私は、ほとんど立っていただけですから」

「ほとんど立っているだけでも、あれだけ囲まれれば知らない内にでも疲労するものだ」


 心当たりは若干あった。

 騎士団に入り、多くの人と関わるようになったと思ったが、茶会といい、今夜の夜会といいなぜだか異なるのだ。

 人の会話の種類、雰囲気。ふわふわと実体がないように思えるときもある。


「しばらくここにいるか」

「いいのでしょうか?」

「いい。お前は参加して挨拶した時点で今日やることは終わった。俺も、父上がいるからジルベルスタイン家の人間としてはいなくても問題ない」


 そう言い、壁際に立った。シルビアも促され、隣に並ぶ。

 他には誰もいなかった。暗くて、庭も見えたものではないから、休憩するとしても中でなのだろうか。


「一番納得しやすい出身設定だが、まさかああいう馬鹿がいるとはな」

「どなたのことですか?」

「さっき、お前の周りにいた者たちだ」


 あの令嬢たちか。


「あれは、行き先を見た限り、殿下の結婚相手に相応しいとされてきた家の人間だ」


 アルバートは、「勝手に、競争相手が出てきたと思ったんだろうな」と呟いた。


「殿下の結婚の話はずっと表では具体的な話が出ずに、裏で女子の子供がいる家の駆け引きだけが盛んだったようだからな……」


 声は、空気に溶けるように消えた。

 呟きを最後に、静かになる。

 空は晴れ、星空が広がっている。雨も降らない外は、中の声が遠く、静かだ。

 シルビアはぼんやりと、アルバートの横顔を見たままで、またこの沈黙だと感じた。


 王太子との結婚の話を聞いた日以来、アルバートとはまともに会話していないように思える。

 あの話について再度話をしたのは養母だけだ。養父とは、その話はしていないものの、いつものように接して話をしていた。

 けれど、アルバートとは同じ空間にいることは何度もあったけれど、無難な会話だけをしてきたように思える。


 ずっと、このままなのだろうか。そう思うと寂しい気がして、俯いた。

 けれど、


「この前の話について、話がある」


 沈黙を破る声に、弾かれるように視線を上げた。








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