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公爵家の養女は『兄』に恋をする。  作者: 久浪
第二章『使者の来訪』
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大打撃、降る




 神国テレスティアの使者が来て、城は厳戒体勢に入った。

 城の門番や、普段見る場所の警備人員は変わらないが、奥で変わっているところがあるから、全体的な雰囲気が変質しているのだろう。


「王子が来てるんだって言うんだから、それは警備も厳しくなるだろうな」


 来てしまえば、誰が来ているかは、多くが知るところとなっていた。

 部屋内で仕事の合間話す隊員が知っているのも、噂となって情報が広まっているから。

 隠す方が無理なものだ。城の中を歩いている。

 ここ限定で言うと、騎士団所属ということも手伝っているかもしれない。


 最もな注目は、テレスティアの国の王子だった。第二王子が来ているらしい。王子が来る、とは王太子から聞いた気がしたが、それ以上の情報は知らなかった。

 ただ、もう一人、「王の娘」として来ていると聞いた女性は体調が悪いとかで部屋に引っ込んでいるとか。船で来たようだから、船酔いというやつだろうか。


「あの国ってアウグラウンドと戦争してたみたいだから、その関係で来たんだろうなぁ」

「同盟とか、そういう類いは十分に考えられるだろうな」

「アウグラウンドは、こっちにとっても微妙な国だからな」

「確か、うちの国とアウグラウンドとの国交が途切れたのって、あっちから一方的にだったよな。内側で内乱でも起こったのかね」

「実際が聞こえてこない状況だから、何も動きが読めなくて問題なんだろ。何かしてくるかもしれない、してこないかもしれない。そういうのが全部読めない、けどあっちから国交断絶してきたのは事実だし」

「本当に同盟の話なら、受けるんだろうか」

「さあな。ただ、同盟を受けたならこの国の状況も大分動くな。……もしも同盟を結んだあとにテレスティアとアウグラウンドの戦がまた本格的に勃発したとき、俺たちも戦に参加することになるならそれはそれで厄介だなぁ……って何だ」

「──うわ、シルビアちゃん、大丈夫か」

「も、問題ありません」


 派手な音がしたことで、先輩が驚いた様子でこちらにやって来た。

 シルビアは強かに打った頭を抱えつつ、「驚かせてしまって、すみません」と謝った。部屋内にいる全員の目がこちらに向いたと分かったのだ。


 棚の上にある箱を背伸びして取っていたら、二つ箱が落っこちてきた。

 どっちを支えるか、大きい方か。と、しかしながらとっさに支えられなかった箱は、声をあげる間もなく落ちてきて、箱の側面が視界いっぱいに映って……。

 次の瞬間、顔、頭に二度の激痛である。

 上に乗っていた箱が一撃目、その下の大きめの箱が二撃目だろう。二撃目の方が重く感じたので、顔のあとにとっさに顔を伏せることが間に合って良かった。そもそも顔に受けるより、頭の方が堅そうだ。

 しかしながら、意外と重くて床にしりもちまでついてしまっていた。


「問題ないって、すごい音したけど」

「うお、この箱の中身全部器具……っつーか誰だ訓練用の重りここに持ち込んだの!」


 大きめの箱の中身はどうやら重量級だった模様。どうりで簡単におろせず、少しずつずらすはめになっていたし、簡単に受け止められないはずで、痛いはずだ。

 頭が、一ヶ所とてつもなくガンガン痛んでいるのか、全体がガンガン鳴っているのか分からない。とりあえず痛い。顔も痛い。じんじんする。


「大きな音がしましたが、大丈夫ですか?」

「副隊長」


 大げさにならない内に、問題ないとこの場を落ち着かせようとしたが、その前に大げさになった。

 部屋の中にいた副隊長がやって来たのである。


「シルビア──何があったのですか?」


 副隊長は、しりもちをついたままのシルビアを見て、目を丸くした。

 副隊長は、いつも和やかな笑みを浮かべていて、笑い皺が目元に刻まれている男性なのだが、今ばかりは驚き一色だ。


「箱が落ちてきたようで」

「箱が」


 周りから事情を聞き、副隊長が、シルビアの前に膝をつく。


「どこかぶつけましたか」


 物腰柔らかな副隊長は、誰にでも丁寧な口調だった。

 例に漏れず、新人のシルビアにも丁寧に怪我の有無を尋ねた。


「少し、顔と、頭を打ちましたが、それだけです」

「──え、頭? どっちが頭に。いや、どっちでも相当だけど。え? 大きい方? これが頭に!?」


 次に小さめの箱の中身を確かめていた先輩が、素っ頓狂な声をあげた。


「箱の中には何が? ……これは、重いですね。シルビア、大丈夫ですか?」

「はい。痛みはありますが──」

「皆、何してるの?」


 ちょっとした輪が出来つつあるところに、レイラが加わった。

 彼女はひょっこりと顔を覗かせ、見えていなかったシルビアを見つけて、目を丸くした。


「え、シルビア、どうしたの、まさか貧血!?」

「貧血?」

「病弱説は隊長が違うって言ってたでしょ、レイラさん」

「そうですよ、レイラ。かのジルベルスタイン家でも体の弱い人を騎士団に入れたりなどしません」


 貧血?とシルビアが一人首を傾げる間に、周りの隊員やら副隊長が否定する。


「じゃあ、何事ですか?」

「重い箱が落ちて、彼女の頭にぶつかったそうなのですよ」

「えっ」


 副隊長の説明に、レイラはまたびっくりする。


「重いってどれだけ──重っ! 何が入ってたらこんな重さに──重り!? シルビア、大丈夫!?」

「はい。痛みはありますが、大丈夫です」


 レイラは、シルビアの頭頂部辺りの髪を避けている。ぶつけた痕でも探そうとしているのだろうか。


「どうしてあんなに重いものを」

「片付けを、していました」


 雑用は新人の仕事だ。


「顔の方はどうですか?」

「顔も、痛いと感じはしますが、頭ほどは痛くないので大丈夫かと」

「失礼。顔の方は……これは、アザになりそうですね」


 頬にあるのだという。

 何と。帰って養母がどんな反応をするだろう。手足や胴にアザは出来ても、顔にアザを作ったことは、数えるほどしかない。


「そうですか」


 その内治るだろう、と副隊長に頷いておいた。

 それから、シルビアは、レイラや、周りに集まった先輩たちを見て申し訳なくなる。


「あの、お騒がせしました。痛みもその内収まるものでしょうから、私は大丈夫です」


 レイラを見て、副隊長を見て、周りをぐるりと見渡して、言った。

 それから、いい加減立ち上がろうと、足に力を入れて立ち上がる。


「念のため、医務室に行った方がいいでしょう」

「いえ──っ」

「シルビア!」


 立ち上がってよろめいたところを、レイラが支えてくれた。


「す、すみません、ありがとうございますレイラさん」


 痛む頭が、ぐらぐらして、足元がふらふらする。


「シルビア」

「はい」

「医務室、行きましょうか」


 この場で副隊長が初めて笑顔を浮かべた。その笑顔は、何というか、押しが強かった。


「はい」


 と思わず言ってしまうような。


「レイラ、お願いします」

「了解です。シルビア、行こう」

「いえ、医務室へはさすがに一人で」

「シルビア、これは副隊長命令です」


 どこかで倒れられると洒落になりませんからね、とまたも笑顔で押されて、レイラと共に部屋を出ることになった。

 部屋を出て歩くうちに、頭のぐらぐらは収まってきた。残るは痛みだけ。


「……副隊長の笑顔が、いつもと違いました」

「ああー、副隊長は喜ぶときは当たり前だけど笑顔で、怒るときも笑顔で、落胆するときも笑顔だから。笑顔じゃなくなるのは、驚くときくらい」


 そんな人がいるとは。

 ……いつでもあまり表情自体は動かない人と同じようなものだろうか。


「……では、先ほど副隊長は落胆していたのでしょうか。怒っていたのでしょうか」

「うーん、どれかと言うと、怒りの手前の手前くらいとか。怒ってたかと言うとそうでもなくて。それよりシルビア、重いものはさすがに誰かに頼んでもいいんだから」

「先ほどは、それほど重いものだとは思ってもみなかったので……」


 次からはそうさせてもらった方が賢明だろう。


 医務室に行くと、頭に傷はなく痛み以外の異変は収まっていたため、何か異常があれば来るようにとの言葉をもらって仕事に戻った。

 箱は片付けられていた。

 帰り道、海賊退治から帰って来た日以来初めてアルバートと帰ることになった。

 最近、アルバートは第五騎士隊の部屋にいないことの方が多い。訓練にも、顔を出せないことが多い。

 会議の部類なのだろうが、テレスティアの使者が来ている影響だろうか。


「頭と顔を打ったらしいな」

「あ……はい。箱を取ろうとして、少し」


 副隊長から報告されたのだろうか。


「少し、ぶつけただけです」

「聞いた」


 言いながら、「少し見るぞ」とアルバートがシルビアの頭に触れる。頭を撫でるような手つきとは異なり、慎重に。


「頭はな……。以前、頭に投擲された石が当たって、打ち所が悪かったのかしばらく意識が戻らなかった奴がいる」

「そんなことが」

「ああ」


 それで、あれだけ心配されていたのか。道理で。騎士団で怪我は珍しくない。流血沙汰になっていないのに、気にされたのはそれでか。


「その影響だろうな。ふらついていたからって報告を聞いた」


 やはり副隊長から聞いたそうだ。


「顔は」

「はい、少しアザが出来ましたが、問題なく消えるだろうとの診断をいただきました──」


 返答途中、アルバートが覗き込んで顔が急に近くなって驚いた。一歩下がらなかったのは、よく踏み留まれたと言える。

 アルバートはアザを探しているようで、目は合わなかった。彼の指が、シルビアの顎を上げ、顔をわずかに横に向かせる。

 シルビアが無意識に息を詰めている間に、顔のアザがある右の頬に、指先が、触れる。

 そっとした手つきで、痛みは生じなかった。


「これか」

「そ、そう、だと、思います」


 声が上擦った。何となく、恥ずかしい。


「さすがにこれは不可抗力だな」


 指が離れ、アルバートが身を起こしたことで彼自身が離れていく。

 瞬間、ほっと息をつきたくなった。

 そのときになって、心臓が強く打っていたと自覚した。

 これしきのことで、情けない。一刻でも早く、勝手に左右されないようにしなければ。


 む、と拳を握り、普通より熱を孕んだような頬も心臓も努めて無視して、アルバートを見上げる。


「以後、気を付けたいと思います」

「そうしろ」


 再度、アルバートの手が伸ばされる。たぶん、これは撫でられるのだな、と手の高さ的に分かった。

 予想通り、シルビアの頭上目掛けて伸びた手は、最後に頭を撫で……いや、撫でようとして止めて、そのまま引っ込んだ。


「……?」


 不自然に思えて、アルバートを見上げたのだが、ぽつん、と顔に何か落ちてきた。

 シルビアの視線はアルバートよりもっと上に向く。

 ぽつん、とまた顔に落ちてきた。水滴だ。

 空は、曇りだ。今朝は白い雲が薄くかかっているくらいだったのに、灰色に曇ってしまったようだ。


「雨か」


 雨だ。

 ぽつり、ぽつり、と雨粒の量が増えている。


「早いところ帰るか」


 はい、とシルビアは空から目を離した。








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