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公爵家の養女は『兄』に恋をする。  作者: 久浪
第二章『使者の来訪』
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予感





「道理でな。海賊は海賊でも、味方がいるのに構わず撃つ滅茶苦茶なことをする海賊なんて、普通じゃない」


 そもそも海賊、という時点で予想は立てられていた。

 アルバートは、その予想が当たった、というだけの反応で「海賊と魔物が同じ場所に現れて偶然なんて、本気で考える奴もいない」とぼやく。面倒になるという空気も加わったか。


「隊長」

「邪神信仰者だ。各船でも見つかっている頃だろうが、全員警戒するように伝えろ。──魔物が出るぞ」


 全員、部屋を出るよう促される。

 探索は終わりだ。目的は、あの模様だった。

 甲板に出ると、指示が飛ぶ。


「さっさと海賊を縛り上げて、船ごと港に連行するぞ。『浄化』を施すのを忘れるな。神官に任せずに出来る奴は簡易でもいいからやれ。影響を少しでも封じる」


 このために神官も各船に分けられていたのか。

 白い衣服の神官が、拘束されている海賊の元で何やら手のひらを翳している。傷を治すときのように、淡く白い光を発する。


「あ、シルビア、無事だった?」

「レイラさん。はい、無事です」


 レイラが海賊の元にしゃがみこんでいる。

 シルビアがレイラの元へ行くと、彼女はじろじろとシルビアを観察し、「うん」と頷いた。


「初陣で無傷はたいしたものよ」

「ありがとうございます。それはそうとレイラさん、『浄化』とはどうやってするのですか?」


 技能としてシルビアが知らないということは『浄化』とは、日常では必要ないことか、訓練できないことなのだろう。


「ああ、──隊長の苦手分野ですよね」

「うるさい」


 ちょうどアルバートが通りかかったところを狙ったのか、突如入り込んできたのはアルバートの声だった。

 浄化とは、治癒といった方面の技能に入るのかとそこで判断する。

 レイラは、上司であるアルバートをからかったことで「すみません」と軽く謝った。


「こういう機会がないと『浄化』は教えられもしないものですよね。学院でも教えられなくて、配属先で経験あるのみっていうところありますし。私が今教えておきますね」


 教育係であるレイラがぱっと請け負い、シルビアにその方法を教えてくれる。


「祈ればいいの。その才能があれば、神剣に神通力を込めるより簡単かも」


 祈り、他の神の影響を封じる。

 神とは、イントラス神。その神に祈る。

 ちらっとまだぎりぎりその場にいたアルバートを一応窺うと、「適当にやってみろ。やれなければそれはそれでいい」と言う。


 適当に。

 レイラにその場にいた海賊を示されたため、向き合い、手のひらを翳す。

 浄化。邪神の影響を封じる。落とす。

 すると、白い光が、生まれる。海賊の男を照らし、体を薄く包む。


「ああ……」


 海賊が、息を吐くと共に、何かが抜けた声を出した。


「シルビア無事才能あり。よし、その調子でどんどんやっちゃって……どうしたの?」


 シルビアが瞬間的に翳していた手を引いたことで、レイラが首を捻る。


「いえ、少し」


 すっと、嫌な感覚に触れられた気がして。

 一秒にも満たない、一瞬。風が通り抜けたがごとき、微かな感覚だった。気のせいかと思うような。


「シルビア、どうかしたか」


 様子を見守っていたアルバートが、シルビアの様子を見逃さず、気にする声で呼びかけた。


「いいえ、何も。出来ると分かったため、私はあちらの方に行ってきたいと思います」


 今は何ともない。気のせいという気が増していくばかりだ。

 それよりもやれること、やるべきことがある。早く、浄化を施していかなければ。

 レイラは続きの海賊の浄化を。シルビアは立ち上がり、アルバートも隊長として前を向きその場を離れる。

 アルバートとすれ違い、一歩を踏み出した。

 ぞわ、と嫌な感覚に襲われた。今度は一瞬ではなく、ぞくりとした感覚が肌を駆け巡る。それは感覚のみではなく、予感を持ってきた。


 無意識に動いた手が、後方に伸びる。すがる人を探すが、見ていないから触れられもしなかった。

 けれど、彼は止まってくれた。


「シルビア?」


 シルビアは海の方を見ていた。右、左、前。見える範囲にある海を忙しなく見渡す。海は静かに穏やかに波を打ち、変化はない。

 だか、シルビアの心地は落ち着かず、より嫌な予感が強まってゆく。


「シルビア、どうした」

「──アルバートさん、何か、来ます」

「何かって、どういうことだ」

「分かりません、この感覚は、始めてで」


 ただ、嫌なものが来る。


「何か、嫌な感覚が。……嫌な、ものが近づいてくる、ような」

「嫌なもの?」


 嫌なものが、感覚が、強まってくる。近づいているのだと、感覚が言う。

 どこから。

 分からない。だが近い。近い。近い。

 あ。


「来、」


 船が、大きく波打った海に押し上げられ、すさまじく揺れた。

 前に倒れ込みそうになるところを、側に留まっていた人によって抱き止められる。

 船の大きな揺れは、不規則ながら左右に何度か揺れ、収まりを見せてきた。続けて新たに衝撃は加えられなかったようだ。

 揺れは、砲撃を受けたときに似ているようで異なっていた。

 原因はすぐに分かった。シルビアが予感に従い見た方に、あった。さっきまでは、見渡しても船以外には何もなかった海に──『それ』が。


「魔物だ──!」


 あれだ。

 嫌な予感の塊は、魔物だったのか。嫌な予感と、近づいてくる正体が判明した。

 あれが激しく波を上げて、海から出てきたため、余波を受けて船が激しく揺れた。

 海賊を制圧しても、緊張感が継続していた理由は、あれが出てくるかもしれなかったからだ。魔物と呼ばれるもの。


 ──魔物、とは



 天上の他の神々から敵視されているという、邪悪なる神の力により産み出された生き物だ。

 人間が邪神を信仰すると、その信仰心は魔物を生み出す。

 邪神信仰する人々は、国、帰るべき定住地を持たない。ゆえに、例えばこの国の人間がイントラス神を信仰し、神通力を持つ者がいるのに対し、彼らは誰一人としてその身には神通力を持たないらしい。その代わりに魔物が生まれるのだと言われている。魔物とは、彼らが擁する剣でもあると言えよう。


 邪神信仰者は、全てが放浪民である。

 彼らは魔物を呼ぶがゆえ、取り締まられているが、入国を阻むことは難しい。国境の内、山などを越え、いつの間にか入り込んでいる場合は少なくない。

 元々魔物は、邪神信仰者がいなくともある程度地から生まれてしまうものではあるが、邪神信仰者がいれば絶対的に生み出されてしまうものなのだ。

 生まれた魔物は、人間を襲ってしまう。魔物の厄介な点は、弱い魔物は普通の剣などの武器で対処できるが、邪神信仰者の信仰の集まりや濃度によって時折現れる特別強い魔物は、神剣でなければ消滅させることは難しい。

 大きさは、強さの一つの指針でもあるそうだ。


「……大きい」


 出現した魔物は、船からは距離的にはそれなりに離れているが、その大きさのため存在感も大きかった。

 シルビアは、魔物を近くにするのは初めてだが、大抵相手にする魔物はこんなに大きくはないのだろう。

 きっと、この大きさは特別の部類。


 大きな魔物が出る条件になったのは、今回は単純に海賊という邪神信仰者が多く集まっていたからに違いない。

 海賊と、魔物。

 海賊は、典型的な邪神信仰者の例だった。

 所縁の土地のない神を信仰する邪神信仰者は、誰もが帰る土地がない。

 海賊は、土地を持たず、帰る港もなく、海を往く。漁師は港に帰るが、海賊は違う。

 ただし、海賊が全員邪神信仰者というわけではなく、海賊の中には元々祖国を持っている海賊もいる。祖国を捨てた海賊は印を持たない。邪神信仰者は彼らの神の印を持つ。



 海から出てきたきり、魔物は動かなくなった。

 凝視ついでに、観察できるくらいに動かない。黒く、巨大な魔物は、何かの生物に見えた。そう、例えるのなら、海の生物で。


「タコ……?」

「確かにタコっぽいな」


 現れた魔物の形状は、タコのように見えなくもなかった。

 見たこともないくらい巨大な、見たこともない真っ黒なタコ。









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