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公爵家の養女は『兄』に恋をする。  作者: 久浪
第二章『使者の来訪』
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海賊





 シルビアも目に集中し、船影が見えた方を見る。


「……四隻」

「シルビア、無駄なところで力を使うな」

「はい」


 ぱちりと瞬いて、視界を元に戻す。

 船は四隻。どこの国の船か、海賊と区別するためにつけることが義務付けられているというマークがついていなかった。


「四隻だ。他の船に回り込むよう合図しろ」

「警告は出しますか」

「いい。どうせ逃げる。出来るだけ気がつかれるのが遅い方がいい。……しかし、意外といたな」


 アルバートの指示を受け、後から来ていた人員がすかさず全速力、という指示を飛ばし、他の船へも指示を通すべく走っていく。

 さっきまで静かだった船上は忙しなくなり、しばし遅れて、船の前進する速さが上がった。

 徐々に、点として見えていただけの船影が、船の形になりはじめる。肉眼でも見えるようになる。


「気がつかれたか」


 しかしどうやら、こちらの船の方が速いらしい。海賊船が逃亡し始めた様子でも、その姿が再度小さく遠ざかることはない。


「『我が剣よ、イントラス神の信仰の元に顕現せよ』」


 船が進み、音が流され、周りの空気に吸い込まれていく場で、船首の方向に歩いていくアルバートの小さめの声が耳に響いた。

 四海の端にちらついた、白っぽい光に引き寄せられて見ると、彼の手に白くも、銀色の光を散らす見事な剣が出現していた。


「『イントラス神に請う。──力を』」


 続く文言。

 ピリ、とした空気を肌で感じた。一瞬、アルバートの元から、押し付けてくる風に逆らう風が生じたような。


「万が一全部逃がすとまずいからな。脅しついでに一隻やっておくか」


 おっとー出たーと、風に流されそうになりながらも聞こえてきた声は、横から。

 近衛隊隊長だ。


「さすが破壊魔」

「うるさいぞジェド」


「破壊、魔……?」


 とは。頭に疑問符を浮かべていると、近衛隊隊長が耳ざとい。


「力の才能が極端に傾いているんだよ。別にものを壊しまくってたわけじゃないんだけど、実技の授業で強すぎて、結果的に学院でついた二つ名が『破壊魔』」


 神通力で出来ることは、人によってそれぞれだ。

 それぞれの国で最も神に近しい王族が神通力を剣と形に出来ることは、特殊なものだ。

 それとは別に、身体能力を一時的に補助すること、傷を治すことを始め、個人によって非常にさまざまなことができる。

 もちろん力が秀でているほど、そういう傾向があるのだが……。

 養母は神通力で傷も治すことができるが、アルバートや養父は出来ないようだ。養父もアルバートも血筋からして、実力も秀でているが、その実力は極端に傾いているらしい。

 ジルベルスタイン家の血筋なのだろうか。


「しかし、まあ、何にせよ本当に騎士団向きと言うか何と言うか」


 アルバートを見ると、彼は側の会話も聞こえていないような様子で剣を軽く振った。

 剣先から、光が零れ落ちる。刃に、強い力が宿っていると周りの者に感じさせる。


 ──一隻やっておくか、という言葉が脳裏に甦ってきた。


「沈没してしまうのでは」


 ただの船くらい、やろうと思えば沈めてしまう損害を与えられる可能性が大いにある。

 いいのか、と思って言うと、アルバートが振り返った。


「沈没するならするで、浮かんだ賊だけ回収してやる」


 でも、とシルビアは気になるところがあって付け加える。


「タコが」

「タコ?」

「市場に出回るはずだったものを一緒に沈没させると、タコが市場に出る期間も先延ばしになり、漁師さんたちの努力が水の泡になってしまうのではないでしょうか」

「……タコ」

「積み荷も──……!」


 そのとき。

 遠くで、大きな音がした。

 アルバートが険しい顔をし、シルビアがその表情で何かが起こったらしいと知った刹那、激しい音が立った。


「砲撃です! 攻撃されています!」

「応戦しろ」


 海賊船が、攻撃してきた。

 間髪入れず、アルバートが攻撃許可を出し、船の上を声が飛び交い、騒がしくなる。


「手荒でもいいから一刻も早く近づけ!」

「了解しました!」

「十分に近づき次第乗り込んで無力化だ! 全員準備しておけ!」


 音が轟く。

 さっきより近い。船が揺れるほどの衝撃は……今度はこの船から砲撃がされているのだ。腹に響くような音は、次々と。

 揺れが増す中、シルビアの足元が一瞬浮いた。

 足がつけども、体が後ろへ傾き転ぶ──ところ、腕を掴まれ止まることができる。


「あ、ありがとうございます」

「何かの拍子に海に放り出されないようにしろよ」


 支えてくれたアルバートは、揺らぎもせず立っている。

 吹き付ける風、過ぎていく海、鼓膜を叩く音、飛び交う声と目まぐるしい。

 シルビアはとにかくしっかりと立ち直し、アルバートはそんなシルビアを見ているはずなのだが、腕を離さない。


「アルバートさん、もう大丈夫です」


 だから、腕を離してもらっても大丈夫だ。

 と思ったのだけれど、灰色の目が真剣にこちらを見ている。──騎士団に入ると言ったときのことを、思い出した。


「シルビア、今改めて聞くが、人が死ぬところを見る覚悟は出来ているな」


 一度問われたことがある。

 騎士団に入る覚悟を問われたとき、問いの一つだった。


「はい」

「自分が殺す覚悟も。相手は抵抗してくる。甘くしていると、殺られるのは自分だ」

「はい」

「……殺せと言っているわけじゃない。生け捕りが一番だ。殺られそうになったら大人しく殺られるのは馬鹿だという話だ」


 分かっている。

 そういう意味を込め、シルビアは今一度頷いてみせる。アルバートの目をしっかりと見つめる。


「──よし」


 アルバートの手が、シルビアの腕を離した。


「それより、殿下を乗せたまま行くのですか?」


 海賊船に。

 王太子は、堂々と甲板に立っている。近衛がいるが、今さらながら行くと危ないのでは。


「グレイルは戦える」


 あいつは強い、とアルバートは王太子を見て言う。


「実は前に魔物退治に同行していたことがある」

「えっ」

「だから足手まといにはならない。殺されはしない。怪我は知らんが、問題ない」


 投げやりにも聞こえそうな言い方をして、アルバートは前を見据えた。王太子から船にまでついて来たのだからそうもなるか。


 船上の目まぐるしさを感じている内に、海賊船が近づく。

 あちらの船は、こちらの船よりいくらか小さかった。船の帆が黒い。

 装備の差が物を言ったことと、運もあったか、海賊の砲撃は騎士団の船には損害を与えず、逆に少なくともあちらの一隻の大砲を封じることができたようだった。

 海賊船がすぐそこに迫り、乗り込める距離に来た段階で、準備をしていた人員がいち早く船を移る。


 ここからは、人同士の戦いだ。

 海賊と呼ばれる人々は、奇妙な格好をしていた。海賊たちは侵入者に対し、降伏する様子はなく、抵抗する。

 後から船に移ったシルビアも、振り下ろされたサーベルを受け止める。神通力を込めておれば受けた瞬間サーベルが弾かれたようになり、その隙を突いてシルビアは距離を詰め、柄で思いっきり突く。海賊は微かに呻き声をあげ、崩れ落ちた。

 すかさず襲いかかってくる海賊を避け、気絶させ、捌いてゆく。

 しかし混戦だ。あちこちで味方と敵が入り乱れていて、気をつけないとぶつかりそう。


 と、思った途端に予感が現実になるのはいかがなものだろうか。

 視界の外れから、蹴られでもしたのか海賊が背中から飛んで来て、避けられずにもろにぶつかる。縁で腹をぶつけて、止まれたのまでは良かった。

 追撃が良くなかった。

 ぶつけた腹を縁から離す前に、後ろから新たな衝撃に襲われた。

 息が詰まり、状況判断が真っ白に。

 だが、気配を察知した。いや、誰かの注意喚起の声がかかったのかもしれない。

 背後から、襲いかかってくる鋭い気配に向かって、振り向き様、剣を振った。

 剣いっぱいに神通力を纏わせて。


 鮮やかに、おどろおどろしさも纏う、血飛沫が上がった。


 神剣の刃は、深く、骨を切断するほどに海賊の体を切り裂いていた。左の肩口から、右の脇腹までの長い傷から、血が吹き出す。

 飛沫の合間から見えた男の表情は、固まっていた。斬られた瞬間に時が止まったようだった。──その男の「時」は、シルビアが斬った瞬間に本当に終わったのだ。


 斬られた瞬間、固まり、倒れていく男の動きがゆっくりに見えた。その間無音で、倒れた姿を見て耳に音が戻ってきた。

 血が、白い剣を流れる。脂によるものではなく、この剣は血を寄せ付けない。刃零れもしない剣だ。


 人を殺した。倒れた男から、命がなくなる。

 初めてで、突然のことに、驚きに襲われた。


 戦場と言って差し支えない場で、一人止まっていたシルビアは強制的に動かされた。

 轟音と共に、船が揺さぶられた。


「──!」


 これは、砲撃の音だ。

 でも、海賊船に追いつく前、海賊船からの攻撃を向けられていたときはこんなに揺れなかった。


「被弾した!」


 答えはどこからかやって来た。

 砲撃が当たったのだ。どこかに当たった。

 けれど、一体どちらの船が撃ってきたというのか。騎士団の船は、これが海賊船とはいえ、騎士団の人間がその上で戦っていることを知っているはず。撃てば、騎士団の人間を殺してしまう恐れがある。

 では、他の海賊船か、と考えても彼らにとっても味方が乗っているのは同じはずだ。


「攻撃してきている船はどこに浮いて──」


 アルバートの声だ。

 声をかき消す音がまた轟き、船が酷く揺れる。また被弾したのか、近くに落ちただけだがさっきの一撃で傷ついてしまった船が余計に影響を受けているのか。分からない。

 方角は。どちらの船が。と思って揺れに足を踏ん張りながら、周囲に目を配る。

 船を貫通してもう一隻の船まで届く威力があるのでなければ、当たっているのだから、騎士団の船がない方。

 騎士団の船に遮られず、彼方まで海が臨める方を見れば、当たりだった。


 一隻、離れたところに海賊船があった。見つけた直後にも、大砲が火を吹き、砲弾がこちらに飛んでくる。

 幸いにも一発は逸れ、どこかで水柱を上げた。


「アルバートさん!」


 名を呼び、それから振り返った。

 さっき、彼の声が聞こえた方。

 すると、不安定に揺れる中、アルバートが海賊を殴り、こちらに向かってくる。


「あの海賊船です!」


 指をさして示すシルビアの横を、風が通りすぎた。


「『イントラス神に請う』」


 アルバートは、風のごとく横を走り抜け、そのまま船の縁を越えた。

 思わず、シルビアが姿を追って、縁から身を乗り出すと、アルバートは海面に降り立っていた。

 彼は、海賊船の方を見て、素早くその手を振った。

 神剣の切っ先が水を掬う。

 水は、普通は刃を伝って海に還るところ、海面を走る。真っ直ぐ、アルバートが刃を振った方に走り、その先にある海賊船に到達した。

 シルビアが切り替えた視界では、海賊船の大砲が的確に潰された。


「シルビア、後ろ!」


 レイラの声に、シルビアは剣の柄を背後に叩き込んだ。

 呻き声は、くぐもり、消える。


 海賊船の制圧、海賊の無力化はこのようにして速やかに行われた。


 一隻だけ離れていた海賊船含め、全ての海賊船に騎士団の船がついて処理を始める。砲撃を何度か受けた海賊船はもつかどうか怪しい。

 海賊を拘束すると同時に、一部の人員に海賊船内を見回る指示が出された。被害確認もしていない。まだ、戦いが終わっていないような緊張感が続く。

 シルビアも拘束する側ではなく、探索する側として、あるものを探すべく船内を隅から隅まで見ていく。


「隊長、ありました!」


 シルビアも探索を止め、声の方に向かう。

 向かった場所は一番底、奥で、壁に、模様が描かれていた。

 この船は、どの国かという証の模様を掲げていなかった。それ自体は、海賊であれば当然だ。

 海賊は国に追いかけられる側の者たちであり、国も彼らに国の証を掲げられることを厭うが、国を捨てた海賊の側も国の証を掲げることを厭うているとか。何にも縛られない。だから何の印も身につけない。


 だが、海賊の中には特殊な海賊がいる。

 多くが印を持たない海賊。この海賊船には、この辺りの海域で船が掲げる印一覧として見せてもらったものとは雰囲気ががらっと異なる、奇妙な印象を受ける模様がついていた。


「邪神信仰だな」


 いつの間にか背後に、アルバートが報告の声に確認に来ていた。









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