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公爵家の養女は『兄』に恋をする。  作者: 久浪
第二章『使者の来訪』
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緊急事態




 海賊が出た、という報告。

 シルビアは反射的に背後を見上げた。アルバートは厳しい顔つきをしていた。


「近くの騎士団による対応は」

「騎士団が出動し現場についたときには、被害が出てからかなり時間が経っていたこともあり、探し出せておらず捕縛も出来ていないそうです。ですが、加えて……魔物の目撃例と被害も報告されているため容易には出られない状況のようです」

「偶然だといいが、ただの海賊ではない可能性の方が大きいな。被害の詳細は」

「被害報告が入っています。先日、貿易船が二隻襲われたそうです。死者、怪我人、毒による汚染者が出ているようです」


 死人が出ているのか、とアルバートは呟き、続けて「どこだ」と場所を問うと、返事が返る。


「……待てよ、そこは確か」


 地名を聞いたアルバートは眉を潜めた。

 どうしたのだろう。


「神官の方には話はいっているか」

「まだかと思います」

「至急行ってこい」

「は!」


 目まぐるしいやり取りに区切りがつき、先輩は騎士団式の敬礼をして扉を閉めて出ていった。

 海賊……。


「まずいな」


 後ろからの声だった。王太子だ。

 振り返ると、少しだけ見えた。椅子に座る体勢を崩し、こちらを振り返っている。


「日程はずらせない。こちらからの使者もすでに出迎えに出発している」


 何か、さっきの報告を受けてまずいことが起こったのだとは察した。王太子だけではなく、アルバートも険しい顔をしているのだ。

 しかしそれ以上の予想は出来ないでいると、そんなシルビアに、王太子の青い目が定められる。

 王太子の視線の先に、アルバートがはっとしたようにシルビアを見下ろした。


「悪いな、とっさだった」

「気がつかずに、ぶつかるところでした。ありがとうございました」


 回されていた腕が解かれ、体が離れる。

 突然だったため、心臓の辺りを押さえつつシルビアも一歩離れると、王太子と再度目が合った。


「テレスティアから客人を迎えるのだよ」


 テレスティア──この国とは異なる神を信仰する国の名。


「グレイル、まだ機密だと分かっているだろう」


 アルバートが咎めるが、王太子は「まだ、だろう? こうなっては今日中に第五騎士隊には解禁される」と飄々と受け流した。

 アルバートは浅く息を吐き、机の方に歩いていった。


「テレスティアの使者が訪れる件は知らなかっただろう」


 シルビアは、アルバートの様子を見て、ここにいてもいいものかと思いながらも「はい」と肯定する。


「急遽決まったことだからというのもあるが、騎士団で知るのは副隊長以上の者と身辺警護に携わる隊だ。とは言え身辺警護の隊もとある国の賓客としか知らされていない。出来る限り秘密にして、その日を迎える予定だった」


 一国の使者が訪れることは、そんなに秘密裏にされることなのだろうか。

 気になるといえば気になるが、問題はそこではなく、その話を今自分にする理由はどこにあるのか。

 意図が読めないシルビアに構わず、王太子は自分のペースで話を続けていく。


「何しろ大切なお客様だ。使者の一人として、向こうの王子ばかりではなく、『王の娘』という立場の女性が来ると言うのだから、その意味を読んでしまう輩もいないとは言えない」


 王女?

 シルビアは声には出さなかったが、聞こえたように続ける声がある。


「もちろん実の子ではない。養女だ。どの国にも、王家に女児は生まれないからな」

「そういうもの、なのですか?」

「そういうものなのだ。知らなかったのか」


 聞き返しに、そのまま聞き返したシルビアは答える言葉を無くす。

 知らなかった。知ってきたことは多くあるように思っていたが、自分はまだまだ無知である。


「グレイル」


 机の向こうに戻っていたアルバートが、咎める響きを含む声で名を呼んだ。


「他意はなかった。すまないね」

「シルビア、気にするな。俺達が教えていなかったことだ」


 わざわざ教えていなかったということは、当たり前に知っているようなことなのだろう。

 気にするなと言ってくれたアルバートに、首を振る。


「話を戻すに、そうして貴族の息女をわざわざ養女とする意味は、まあ、国間の繋がりのために私の未来の伴侶にという意図が見ようとすれば見えるわけなのだ。だが、どの国にも王家の血筋に他国の血を入れることを基本的には良しとしない」


 各国の王族は、各々の地に所縁ある神々に最も近き血筋を持つ人間だとされている。

 王族の血族に、他の神を信奉する他国の者を迎え入れるというのは、出来れば避けたいことなのだという。


「従って、そういった証としての婚姻が結ばれるとしても少なくとも我が国の高位貴族と、という可能性が高い。おお、そうだ。ここにちょうど空いている男が一人いるな」

「馬鹿を言うな」


 分かりやすく示されたアルバートが、鬱陶しそうに手を振った。彼は、棚から大きな地図のようなものを取り出して机の上に広げていた。


「まあ、そうだな。今ジルベルスタイン家に嫁入りするには、少々出身が問題だ。他国の人間はそこまで信用出来ない」


 王太子は自分で出した話題を、自分でも否定した。


「そういう風に王族への嫁入りを避ける気風はあるにしろ、万が一だとか、そもそもこちらの話を聞かずに、起こる可能性ばかりを見て反対したがる人間がいてな。一般の民にも、臣下にも。その害を万が一にも受けないように、そういった者たちに準備する暇を出来るだけ与えないように、使者団はそこそこ秘密の状態で来るのだ」

「そう、なのですか」


 そうですかと、そんな反応しか返せないのだが。


「彼らは、近年内情がよく分からない例の国、アウグラウンドについて先を見通して一度話をしたいと今回の訪問を持ちかけてきた」


 アウグラウンドもまた、国の名前。この国ともテレスティアとも異なる神を信仰する神国。

 そのとき、シルビアがアルバートの方を見ると、地図らしきものを見ていたはずの彼はすでにこちらを見ていた。

 シルビアは、目を戻し、王太子に向ける。


「あちらは一年ほど前からアウグラウンドと戦をしていたようだからな。一時落ち着いたとは聞いているが、その間に強めの関係を結んでおこうかという考えかと思うと、こちらとしても考えてみたいことではあるから会ってみようかと思う用事だ。実際に対するのは陛下だが」


 戦──他国と他国の情勢はおろか、シルビアはこの国と他の国との詳しい関係を知らない。

 この国の外では、何が起こっているのだろう。シルビアの世界は、まだ狭い。ジルベルスタイン家、首都の街、そして騎士団。

 首都の外の世界の実際がどうなっているのか。知らなければならない。知りたい。


「意味を深掘りして、阻止しようとする者がいないとも限らないので秘密に事を運んでいるということだ。国の神をこの世唯一の神と崇め、他国との繋がりを認めない輩もいるようでな。これが一番危険な者たちだ。他国と繋がりを持つだけで騒ぎはじめる」


 王太子はやれやれといった動作をして、シルビアを流し見た。

 なぜ、王太子がテレスティアの使者の訪問の詳細について話したのか、分かった気がした。


「しかし、このタイミングで海賊か。運が悪いな」


 何も知らないシルビアに、事情を教えていた王太子が、前にいるアルバートに話を振った。


「今すぐ出発すれば、間に合う可能性はあるか?」

「間に合う可能性はあるだろうが、今すぐには出発しようがない。海賊と魔物と考えると……神官を連れて行かなければならない」

「ああ、そうか」

「とりあえず、すぐに上も含め各所に話を通して出来るだけ早く準備して出発だ」


 ゆっくり話をしている暇はなくなった、とアルバートは机の上に広げて見ていた地図を掴み、室内の者に外へと促した。




 アルバートが見ていたのは、この国のどこかの陸地の地図と、海図だったようだ。


「海賊が出た」


 室内には第五騎士隊の構成員が召集されていた。

 全員が見る先にはアルバートがおり、彼は先ほど入ってきた出来事について話す。


「海賊と言うからには、当然いつものように海で出た。南部の街の港からいくらか出た海で出たようだ。──同時に、魔物の目撃証言もある」


 魔物の話が出た途端だ。うめき声のような声があちこちから聞こえた。


「皆さんどうされたのですか?」


 海賊が出たことについてはほとんどの人の耳に入っていた様子だった。そもそも海賊も魔物もこの隊の最優先の仕事のはずで、珍しいことではないはず。

 何か特別そんな反応をしたくなる要素があるのだろうか、とシルビアはレイラを見てみた。


「陸と違って、海で魔物と戦うのは倍厄介だからよ」

「倍、厄介ですか」

「こっちは海中を自由には動けないけどあっちはそうではなくて、おまけにこっちからは海中の様子を満足に把握することが出来ないからね。以前、乗っている船の下から現れられて、下から穴を空けられたことがあったかな。食べられちゃいそうになった隊員がいっぱいいたのよ」

「それは……納得です」


 こんな反応になるのも。

 どうも、海賊という要素は主要な原因ではなく、魔物は魔物でも海の魔物だからこんな反応になっているらしい。


「食べられはしなかったけど、毒を受けた隊員は出ちゃったし……」


 レイラがぽろっと言ったことに、ぞっとした。

 食べられはしなかった、とは、食べられる可能性があるから出た言葉に思えたのだ。

 シルビアはまだ魔物退治には行ったことがないけれど、行く前から魔物退治は命懸けだという事実をひしひし感じた気がした。


 うめき声は一度で止み、事態の説明がはじまる。前には、大きな地図が吊り下げられている。国の南部、地名は海のぎりぎりの場所が示され、その向こうは全て海だ。


「被害状況は、襲撃に遭った貿易船が二隻。怪我人と毒に侵された者が多数、海の汚染の可能性も有り。準備ができ次第海賊及び魔物の討伐に出発する。今回、一刻も早く対応しなければならない事情があるため、『多少』強行軍となるから覚悟しておけ」


 事情があるがゆえの強行軍。その事情とは何なのか、と誰もが思っただろう。

 疑問を口に出し、問いかける真似をする者はいなかったが、アルバートが内容を明かす。


「近く、テレスティアからの使節団が海賊が出た海域に近い港に到着する予定だ」


 一瞬にして、ざわめきが薄く広がった。


「静かにしろ。いいか、テレスティアからの使者が訪れることは機密事項だ。どうしてお前達にこれを言うのかというと、テレスティアの船が着く前に海賊と魔物を処理しておかなければならないからだ。いくら海賊が自国の者ではないとしても、この国の近くの海域で海賊に襲わせるなんていうのは海賊さえ満足に退治できないと思われるのがオチだ。責任もある」


 静かに話に耳を傾ける部下をぐるりと見渡し、アルバートは言う。


「海賊退治だ。手早くやるぞ」


 返事はない。全員が一斉に騎士団式の礼をして返事に代えた。








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