結論
アルバート視点。
茶会が終わり、「どうして」と聞かれた。
アルバートは、「お前が諦め切れていなかったようだったからだ」と答えた。
先日の見合いの席、ニーナは真っ直ぐに結論を出せていなかった。無意識かどうか。彼女は想い人についてまだ諦め切れていなかったように思えた。
「それで、結論は出たか」
周りに人はいない。正確には、彼女が連れてきた者が控えているが、他の招待客はいない。
静かな空気が流れてしばらく、ニーナはふう、と息をついた。
「騎士になりたかったときが、ありました」
唐突な話で、内容も初耳だった。
「親に反対されて、断念しましたけれど。……レイラが羨ましかった」
レイラには兄が三人いる。彼女の家は、兄と同様に娘も育て、騎士になるようにという教育だった。
父親が騎士団で生きてきたことが強く影響しているのだろう。
一方、ニーナにも男兄弟として弟がいるが、娘は娘。息子は息子として育てられた。
ニーナは淑女教育しか受けて来なかった。
「もしも親の反対を押しきって騎士になっていれば、少しでも近づけたり話せたりしたのかしら……。……馬鹿よね。騎士になりたいと思った理由はそれじゃなかったのに、今はそんなことを思ってしまう」
アルバートは何とも言わなかった。
ただ、今の言葉で、ニーナが出した結論が分かった。
「私、やっぱりまだ諦められません」
予想通りの結論を、彼女は述べた。
そうか、と思った。そしてある種の感心を覚えた。今日、本当に結論を出せるとは。
「そうか」
「予想していた、という反応ですね」
「どちらの可能性もあるとは思っていた程度だ」
機会がなかっただけで、少し、背でも押してやれば歩いていくのではないかと。
「会う機会くらいは設けてやれる。後は自分でどうにでもしろ」
「そこまでしてもらうわけにはいきません」
「俺の勝手だ。親を説得するのも、全部簡単にはいかないだろうが、昔馴染みのよしみだ。些細な味方はできる」
彼女の両親にはいらない世話だろうが、頑固なニーナが決心をした。もう折れまい。
「聞いてもいいですか」
「何だ」
「今日、本当に、元からこの結論まで予想していたんじゃないんですか?」
「お前が諦め切れていないようだから。付け加えて試した、とでも言えば納得か?」
「……良い性格」
「お前に言われると、皮肉でもある種の褒め言葉だな」
アルバートは唇の端を吊り上げ、笑う。
「ニーナ」
「……何ですか?」
「幸せになれよ」
ニーナは目を驚きに染めた。瞬きをすると、消えていた。
「貴方と結婚したら、幸せにしてくれなかったんですか?」
「幸せに出来るように力は尽くしただろうが、約束は出来ない。人の幸福具合なんて、そう分かるものじゃないからな」
本心だ。
幸せにすると、そう簡単には言えないものだろう。
「私がふられたら、拾ってくれますか?」
「そんな気がないくせに、よく言う」
「そうよ。ないわ」
即答するなら言うなと思う。
「駄目なら、ずっと独身を貫いて、神に祈って生きるわ」
「それはお前らしくないな」
「どこがよ」
「それじゃあ弱気だ」
指摘すると、ニーナは笑った。
そして、目に強い光を宿した。
「幸せになってやるわよ。──これでいい?」
アルバートは頷く。
久しぶりに会ったニーナは、確かに当然成長していた。しかし、根は昔通りだ。
「貴方はどうするんですか?」
「どうするとは」
「結婚相手」
「ああ……結婚しないわけにはいかないからな。また探すだけだ」
新たに探すとなると、少し、時間はかかるだろうが。
普通の貴族の結婚の条件から、特殊な条件まで、条件面で言えば、ニーナは良い相手だったのだ。
互いに、義務的に結婚する。そういう意味でも、互いに公平だったと言える。
「話は終わりだ。あまり長く時間を過ごすのも何だ。親のところに戻れ、ニーナ」
「ええ」
「覚悟はして戻れよ」
余計なお世話です、と言い残しニーナが後ろを振り向き、歩きはじめる。
アルバートは共には行かず、すぐには歩きはじめない。
ニーナの背中を見送る。背筋は真っ直ぐ伸びていた。
これで、見合いは白紙。父と母に話しておかなければ。問題ない。父はため息はつくかもしれないが、あの両親なら受け入れるだろう。
ニーナの方はどうなるかは分からない。持ち前の頑固さで両親を説得し、想い人とも上手くいかせることができるか。
両親の方は粘れば可能性は自ずと見えてくるだろうが、恋の行方は分からない。ニーナの想い人であり、父の部下である男のことを知っているとは言えど、そこまで知っているはずがない。
それに、人の気持ちの問題だ。個々に相性があるだろう。
アルバートがニーナの見てみぬふりを知ったまま結婚の話を進めなかったことは、正しいか。ニーナに考えることを促したことは正解か。
決して正しいとは言えないだろう。
正解かどうかは分からない。
こんな曖昧なことを、自分がするとは。
「……俺も馬鹿だな……」
確かにお節介で、余計な真似をした。
他人事には思えなかったのだ。
「ねえ」
遠ざかっていたニーナが、振り向いた。
アルバートは怪訝に思い、そのままの距離で何だと問う。
「貴方の妹」
「シルビアが何だ。そういえば、終わりに何か話していたな」
「それは秘密」
秘密?
「ただ、貴方の妹ならと思って、少し、意地悪なことをしてしまったかもしれません。そのことで少し、ね」
養女なら性格まで似ているのは限らないのにと、ニーナはどこか申し訳なさそうに言った。
自分にするように、本心が読み取りにくい話し方でもしたのか。
「一瞬、褒められたときは、調子に乗って踏み込みすぎて嫌味を言われたのかと思いました。けれど、あれは、違う。だって、貴方と血が繋がっているわけじゃないのだもの」
「何のことだ」
「お節介かもしれないけれど、あまりに戸惑っていたようだったので。──可愛らしい妹さんですね」
明確に掴めることは言わず、ニーナは今度こそ去っていった。




