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公爵家の養女は『兄』に恋をする。  作者: 久浪
第一章『公爵家の謎多き養女』
18/87

予定通り





 アルバートの見合いが終わったようだった。

 彼は、数時間で帰って来た。


「アルバートさん、お帰りなさい」


 廊下でばったりと会った彼は、衣服の上の方のボタンを外していた。

 ただいま、と応じたアルバートは、シルビアの手元に目を留めた。


「一人でしていたのか? 母上とか?」


 剣を持ち、服装も動けるもので、方向が地下からだということから、今からではなく稽古のあとだと判断したのだろう。


「一人でです」


 養父は仕事で、養母もやることがあるだろうから、一人で剣を振っていた。


「そうか。間違いなく、母上の用事に付き合わせられているものだとでも思っていたんだが」

「お母様には、お菓子を選んで欲しいと言われているので、これから行く予定です」


 近く開かれるお茶会で出すお菓子を味見してほしいと言われていた。お店で買ってきたものではなく、ジルベルスタイン家の菓子職人が作ったものだ。


「アルバートさんは、お母様のところへ行かれますか? 行かれないのであれば、私がお帰りになったことをお伝えしておきます」

「いや、用があるから行く。シルビアは着替えてから行くつもりだっただろ。気にせず着替えて来い」

「あ。そうでした」


 自分の格好を見下ろして、稽古の後だから、着替えてから行くつもりだったことを思い出した。

 しかし今行くと捕まりそうだな、と呟きが聞こえて顔を上げた。

 帰って来たアルバートの様子は、いつも通りだった。様子から読めるものなどない。

 見合いはどうだったのだろう、と思えど、シルビアが何も聞けない。


「アルバート、帰っていたのね」


 アルバートがやっぱり時間を置いてから行くかどうかと思案していて、そんなアルバートをシルビアがじっと見ているところに、養母の声がした。

 アルバートの陰から出ると、養母はシルビアにも気がついた。彼女の近くには執事がいたから、何か打ち合わせをしていたのかもしれない。


「どうだったのかしら?」


 養母は、見合いから帰って来た息子に率直に問うた。


「立派な大人だから、いなくていいと言われてその通りにしたけれど……」

「それは母上か父上がいれば、いらない話ばかりすると思ったからだ」

「まあ!」

「それから予定通りだ。茶会の話もしてきた」

「それは良かったわ」


 見合いは、予定通り。

 『兄』の報告、養母の安堵。傍らで聞いていたシルビアは、また、よく分からない心地に襲われる。


「シルビア」


 と、シルビアを呼んだのは、アルバートの声だった。

 床を見つめていたシルビアは、彼を見る。


「どうした、大丈夫か?」

「あら、シルビア、どうかしたの?」

「いえ、何でも、何ともありません」


 単に床を見ていたのだと、曖昧に言ってごまかす。


「最近思うようにいっていないようだからな……。稽古はするのはいいが、しすぎるなよ」

「はい」


 シルビアを見ていた灰色の目は、そこで養母の方に移る。


「母上、シルビアには今もうついでに話しておくぞ」

「それがいいわね。予定通りなら、すぐに日が来るでしょう」


 親子の間での短いやり取りのあと、アルバートの視線が戻ってくる。何だろうか。


「俺が今日見合いをしてきた相手のことだ」

「は、い」

「名前はニーナ・ミュート」


 レイラと、養父からも聞いた名前が、アルバートの口から出てくる。


「父上からか、少し聞いたか?」

「はい。少し」

「そうか。今度、ニーナはうちの茶会に来る」


 ニーナ、となぜたが彼が声にする名前に意識を引きずられて、シルビアは「そうなのですか」とよく分からない返事をした。


「そのときに、一度会ってくれるか」

「私が、ですか?」

「ああ」


 アルバートと結婚するであろう相手、ニーナ・ミュートに会う。

 シルビアには急に感じた。今日アルバートが見合いをしてきたばかりで、シルビアが会える機会なんていつかなんて、分からなかったからだろう。


「──はい」


 ついに、『そのとき』がやって来る。

 なぜだか緊張して、シルビアは手を握り締めた。


「……あれ?」


 しかし、返事をしてから気がついたことがあって手が緩む。


「何だ」

「私も、お茶会に出るのですか?」


 今の話では、そう捉えられるような。

 それは勘違いではなかったようで、アルバートは「そうなる」と認めた。


「良いのですか?」

「良いも何も、騎士団に入ってお前のことは知れているからな」

「そう、でしたね」


 そうだった、そうだった。

 社交界デビューなど、聞いたことだけはあることはしていないが、騎士団に入った。


「私、出て大丈夫でしょうか。お茶会のことがよく分からないのですが……」

「ああ、最初は庭の一角で招待客が自由に歓談する時間があるから、そのときに会ってもらうつもりだ。そうだな、母上」

「ええ」

「そこだけなら、父上か母上か俺がついている予定だから適当に返事をして、流れに任せていればいい」


 そのあとは席について、それこそお茶をしながら歓談する時間になると。


「席についた後も、母上の側でお茶を飲んでいれば気がついたときには終わっている。だが、最初だけ出て引っ込んでもいい」

「えぇと……最初だけで失礼にはなりませんか?」

「ならない」


 そういうものなのか。

 少し、悩む。どういう場か。自分が向いているかさっぱり分からないのだ。


「その日に決めてもいいわよ」


 選択肢があるので悩んでいると、養母が何とも助かる言葉をくれた。シルビアはありがたく、「そうさせてもらってもいいですか」と、当日のその場で判断することにした。


「それより、シルビアのドレス姿は久しぶりに見られるわね!」


 シルビアのお茶会出席の話が一区切りついて、養母が弾んだ声を出した。


「ここのところ制服か、帰ってからもズボンでシンプルな姿じゃない? ううん、凛々しくてその姿も大好きよ! でも、そろそろドレス姿もまた見たいわねって」


 そうか。お茶会に出席するとなると、当然ドレスとなるか。


「今からドレス選びしましょうよ!」

「え。でも、お母様、お菓子は」

「お菓子はもう少しかかるようだから。シルビアもこれから着替えるつもりだったでしょう?」


 確かに。

 シルビアは問題点がなくなり、沈黙する。

 と、シルビアの方に前のめりになっていた養母が素早く腕を動かした。がしっと、誰かの──アルバートの手首を捉えていた。

 養母の動作の素早さに、驚いた目を瞬いていたシルビアだったが、どうもアルバートが静かにその場を去ろうとしていたのだと理解した。養母は見逃さなかったのだ。


「アルバートもよ」

「俺はいい。前日までに適当に選んで着る」

「駄目よ」

「母上が選ぶと長いだろう。そのくせ、一人で選んでくれるならまだしも、こちらまで付き合わせる」

「本人に合わせて決めた方がいいに決まっているじゃない」

「だから、それが長いから、その時間かかるなら自分で選ぶって言っているんだ」


 最終的には、この手の話はアルバートが折れる。

 いつも、剣の稽古や勉強の類いは対抗しているそのときは絶対に折れないし、納得させる方なのに、不思議なものだ。

 隊長までしていて、強いアルバートなのに、養母から今は逃げられなくなっているのが少しおかしくなって、シルビアは笑った。


 その日は、数時間に及んで、衣装合わせをした。

 養母が衣装をいくつか選び、シルビアが侍女の手を借りながら着て、出て見せて、引っ込んで着替えてを繰り返す。

 アルバートのときも同様で、シルビアのときはアルバートは養母と共に見る側になり、アルバートのときはシルビアが見る側になりと中々忙しくて、着替えるたびに見せに行くのは少し恥ずかしかった。

 それでいて、楽しかった。








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