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公爵家の養女は『兄』に恋をする。  作者: 久浪
第一章『公爵家の謎多き養女』
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前日





 また、一歩一歩、その日が近づく。

 奇妙な心地と、そわそわとした様子は続いているが、近衛隊隊長の言葉を思い出して、まだ仕方ないと言い聞かせることにした。

 訓練の状態は、前よりは改善された気がする。近衛隊隊長のおかげだ。次会えたら改めてお礼を言いたいと思っているけれど、あれ以来会えていない。

 アルバートの知り合いのようだけれど、尋ねた内容を思うとやはりアルバートには言おうとは思えないので、会ったことも伝えていない。

 が、つい先日、「会ったらしいな」とアルバートに言われた。近衛隊隊長の方から聞いたそうだ。貸したハンカチが返ってきた。

 ドキリとしたが、シルビアが気にしていたことは言わないでくれていたようだ。おそらく。


 そして、その日は、とうとう翌日に迫った。


 いよいよ明日。もう少し。きっと、この心地も、もう少しで落ち着くのだ。

 近衛隊隊長が言った通り、アルバートが結婚する人であれば、大丈夫。そもそも大丈夫とは何だ。大丈夫だ何だと、シルビアが気にすることはないのに。

 でも、もう少し。


 フォークを口に運ぶ。口を動かし、口の中のものを咀嚼する。


「アルバート、お見合いするんでしょ」


 シルビアの横の席に、レイラが滑り込んできた。

 囁くような、小さな声で言われた唐突な内容に、シルビアは目を丸くする。


「レイラさん、ご存知なのですか」

「相手の家とちょっと付き合いがあってね」


 小耳に挟んだのだと、食事の乗ったトレイを置いた彼女は笑った。


「お相手の家と……」

「私の直接の知り合いは相手だけどね」


 シルビアは目を見開いた。

 相手を知っている。


「ついでに言うと、アルバートも直接の知り合い」

「そうなのですか」

「ニーナ・ミュートって言ってね、彼女も幼馴染みたいなものよ。と言っても、私は兄貴たち繋がりでアルバートと一緒になることも多かったけど、ニーナは生粋の令嬢だから私より機会は減るかな」


 レイラは騎士団に入るため学院に行ったが、そのニーナ・ミュートという女性は、家に令嬢としていたことから、学院入学以降はめっきり会う機会はなくなったらしい。


「まさかニーナとお見合いとは、想像もしてなかったわね。それにしても、昨日偶々親から聞くまで思いもよらなかったわ。アルバートも普通だし。いや、お見合いでそわそわするような性格じゃないか……」


 独り言のような呟きは落ち着くところに落ち着き、レイラは「どう?」とシルビアに言った。


「お姉ちゃんが出来るわね」

「そう、ですね……」

「うちの兄貴も結婚してて、私にも義理の姉がいるんだけど、これが気が強くて私とそりが合わないの何のって。だけど、ニーナはそんなことないよ」


 シルビアが見つめ返すと、レイラは微笑む。


「ちょっと、気の強いところもあるにはあるけど、あれは私の義姉みたいなのじゃなくて……」


 会えば分かるかな、とレイラはフォークを手にとり、昼食に入った。

 会えば。やはり、全ては、会って解決するのだ。




 今日は、アルバートとは別々に帰った。シルビアの方が先だ。アルバートが先になることはあったことがないのではないだろうか。

 一人歩いていると、道を行く馬車が横の方で止まった。


「シルビア」

「お父様」


 窓から顔を覗かせたのは、養父であった。


「乗りなさい」


 開けられた扉から、中に入り、座る。


「お父様、お帰りなさい」

「ただいま。シルビアもお帰り。──ふふん、シルビアにお帰りと言うのは中々新鮮だな」


 ただ今戻りました、と言うと、まだ馬車の中で家に着いていないので、不思議な気持ちになった。自分からお帰りなさいと言ったのではあるが。

 養父は城に出かけるときの服装で、彼も仕事帰りなのだろう。そして何やら箱を持っていた。


「お菓子だ」


 養父は箱を持ち上げ、中身を教えた。


「近頃評判だと聞いて、今日買いに行ってしまった。流行に乗り遅れるわけにはいくまい」


 帰ってから食べよう、と養父は微笑んだ。

 シルビアは甘いものが好きだった。嬉しい気持ちが生まれて、つられて小さく微笑む。


「実はうちの菓子職人に食べさせ、同じものを作れないかと企んでいる。買うのも出来立てを食べ、そして出したいという欲があるものでな」


 養父は含み笑いをした。


「上手くいけば茶会に出せるな」


 貴族が集まると、社交界の時期が幕を開ける。

 ジルベルスタイン家でも、社交界の間にお茶会や夜会を開く。養母は茶器や調度品の見定めの最終段階に入っている。

 シルビアは出たことはないが、開かれることは知っているし、この時期になると養母に意見を聞かれることがある。

 意見を聞かれても、実態は、養母の話を聞いて、養母の結論が出るのを見守る係だが。


「アルバートはまだ仕事か?」

「はい」

「あいつ、明日見合いだと分かっているんだろうな。……まあ泊まりになるような案件はないだろう」


 養父は箱を元の位置に戻した。表情が落ち着く。


「家に着くまでに、少し話をしておこう」

「はい」


 シルビアは、何となく居ずまいを正す。


「本当は婚約が正式に決まってから話そうかと思っていたが、決まったも同然であり、時間があるからな」


 アルバートの見合い相手であり、話が進めばシルビアの義理の姉になる令嬢のことだと言う。

 シルビアの背筋が伸びる。


「名前はニーナ」


 今日、レイラに聞いた名前の通りの名前だった。

 どうやら相手はニーナ・ミュートという名の令嬢で間違いないようだ。


「私の古くからの知人の娘だ。アルバートとは小さな頃は子どもの集まりでよく一緒になっていたものだ」


 彼女も幼馴染みたいなもの、というレイラの説明を思い出す。


「シルビアもきっと馴染める子だ」


 養父は優しく微笑んだ。

 その言葉を聞き、シルビアは、とっさに何と返すか迷った。養父が言いたいのは、この部分だったと分かったから。


「……お父様、私のことは、いいのです」


 そして、頭を振る。

 自分のことを、そこまで気にしてくれなくてもいいのだ。


「お父様が仰る通り、その方はきっと素敵な方なのだと思います」


 レイラも言った。


「しかし、例えとしてどのような方であれ、私が合わせるべきです」


 アルバートが選んだ人がアルバートにとっての良い人だ。

 万が一、その人がシルビアと馬が合わない人であっても、シルビアが合わせるべきなのだ。

 そうまで気遣ってほしくはなかった。

 考えさせてしまうことに、今、申し訳なさを感じた。ああ、こういう面が出て来てしまうのか。今までは分からなかったことだ。


「シルビア」


 けれど、養父はシルビアが思っていることを分かった上で、「違うよ」と言う。


「シルビアは私たちの家族だ。娘だ。アルバートにとっても、大事な妹だよ。その家族と上手くやっていける人がいいと思うのは、不自然なことではない。結果として同時に彼女がぴったりな子だっただけの話だ」

「……」

「だからそんなに気にしすぎるのはよしなさい」


 シルビアは「……はい」と小さく返事した。








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