第8話 砂糖に焦がれて
「ほんとにこんなのでいいの? って言っても特別なものなんてここにはないけど……」
「私もシューも昨日のお昼からまともな物を食べてなかったからね! あーむっ!」
首をかしげる〈小人族〉の女王。テシール。
彼女の横に座るリューネがふっくらとしたパンをちぎって口に放った。
空になった皿は順番に回収されて、次々と料理が運ばれてくる。
いくつもの皿をきれいに食べきるリューネを見てから、シュートが静かに喉を潤す。
「リューちゃんっていつもこんなに食べるの……?」
「リューは食いしん坊だからね。目の前にご飯があれば、なくなるまでずっと食べると思うよ?」
「そんなに食べれるわけないでしょー、むぐっ。いくら私でも、もう少し食べればお腹いっぱいになるよ!
もぐもぐ」
言いながらもバクバクと口に詰め込んでいく。
「もうこれ以上料理持ってくるの禁止!」
テシールは人差し指を上下に動かして、いつまでも運んでくる〈小人族〉の数体に命令。
リューネはもっと食べたかったのに、とでも言いたげな顔を見せたが、すぐに残りの食事に戻っていく。
「そんなに食べたら太っちゃうよ?」
「ちゃんと運動とかしてるし、太ったことってないしなー。たぶん大丈夫!」
見かねたテシールが体調、というか体型を気にして聞いたが、リューネには軽く流されてしまった。
「確かにリューは細かっ……いもんね。胸とか」
薄く微笑むシュート。
「シューは何を言ってるのかな? もしかしてまだ疲れてる? それなら私が看病してあげるよ? とりあえずそこに正座しとく?」
真っ黒な笑顔でクスクスと。
「色々あったからねー。僕ちょっと疲れてるのかもしれないなー。うん」
「あはははー。そういうこともあるよねー」
あっはっはっはっはっー。
二人して目を見ながら笑顔で。
「そういえば二人ってどういう関係なの? あ、ヒトは若いうちからいいなずけとかいうのを決めるって……。そういう関係?」
テシールは楽しそうな睨み合いに、一歩引きながら質問。
「「ただの双子だけど?」」
「うそ! 全然似てない! ヒトの双子ってそういうものなの!?」
全員が目を丸にして、驚き。
「私とシューってそんなに似てない?」
「似てないっていうより、なんか……お互いに好きって感じがする」
まぁ顔は似てないと思うけどと、続けて。
テシールの言葉にお互い見合わせてから―――沈黙。
「テルちゃんもしかして変なこと言った? ごめんね?」
小首を傾げてその前で五指を合わせるテシール。
「まぁ、今のはなかったこと。聞かなかったことってことでいいよね。リュー?」
「そうだねー。それでいいと思うよー」
二人して冷たいような、青い言葉で顔を真っ赤に染めて。
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集落出口。
いくつもの松明が〈小人族〉たちと女王、双子を囲んでいる。
足に蔓を巻きつけたリューネは、シュートに体を押し付けて、片足を庇いながらバランスを取っていた。
「ほんとのほんとに今から帰るの? もう少し休んで、明日の朝とかじゃ……ダメなの?」
「んー。もうまる一日経っちゃってるみたいだし、みんな心配してると思うから」
寂しそうに聞いてくるテシールにリューネが微笑んで。
「もしよかったらまたここに来てもいい? テルちゃんともっと話したいし!」
無邪気な笑みに変えながら。
テシールはにやけた顔を隠すように手で口を覆って、首を縦に振る。
「オグワーたちに出口まで案内させるし。大きな道に出るくらいまではちゃんと送るから!」
「ご飯とか案内とか、ほんといろいろありがとう」
「あぁ、うん! ご飯とってもおいしかった! また今度食べに来てもいい?」
双子はそれぞれに感謝をしながら、テシールに一歩近づく。
そして二人ともが、同時に一本ずつ腕を出した。
握手。
「好きなときに来て! いつでも準備して待ってる!」
三人と多くが笑顔を作って。
「それではさっそく外までお送りしましよう。乗りますか?!」
オグワーが板を出して一歩前に来た。
「それは遠慮したいんだけど……」
「もちろん乗る! 乗せて!」
リューネは腕を放してくれなかった。
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「ところでシュート殿は、あの時どうやって、攻撃を防いだのだ?」
「あのときっていつの話?」
「巨人との戦闘で、最後にシュート殿めがけて放たれた、あの岩石の時だ」
「あぁ、僕の近くに毛布転がってなかった? あれでどうにかしたんだよ、まぁ、吹っ飛んだけど」
「「おぉぉぉ!」」
シュートの望み通り、ゆっくりと進んでいく小人タクシーは、半日ほど前の戦闘の、跡地に差し掛かっていた。
何体かの見張りや、松明などが焚かれていて、厳戒態勢といったところだ。
「結局あいつは、なんだったわけ?」
「いまだにわかっていない。ただ、シュート殿とリューネ殿がいた場所は、あの巨人が徘徊していたらしいことはわかった。だから、大きな空間ができていたのだろう」
「それじゃあ運悪くだか、運良くだか、僕らが来たときはいなかったよ?」
「おそらく、我々が行動を始めたためだろう。奴自体については、謎が多いままだがな」
だよねーと、目を殺すシュート。
その目に映っていたのは、転がっているいくつかの岩だった。
―――岩の巨人の残骸。
「でも、ほんとになんだったんだろーねー? 普通に魔法だったのかな?」
「わかんないけど、たぶんね」
「ところでオグワーさん。被害とかってどうだったの?」
「この洞窟自体が崩れる事はないだろう。先に怪我を負ったモノを含めて、全員が一命を取り留めている。最低限の被害だったと、安堵している」
そっかと、微笑みを作ったリューネ。
シュートもそれにつられて、小さくため息を漏らした。
「ところでリューネ。さっきお菓子をもらったんだけど、食べる?」
「いつの間にっ!? もちろん食べる! ちょうだいっ!」
「さっきテシールに貰った」
言いながら袋を取り出して、リューネに渡した。
彼女は金パルを膨らませながら、取り出したクッキーを口に放って。
「あまくなぁい……」
嘆いた。
涙を浮かべて、舌を出している。
「じゃあ全部僕が食べるよ?」
「それはダメっ!」
甘くないなんて嘆きつつも、シュートよりもずっと多く、独り占めして食べたリューネ。
シュートと、彼らの下にいる〈小人族〉たちは、揃えて、苦い笑いを浮かべていた。
なんて、時間を過ごしていたら、目の前。
遠くから、光が入ってきていて。
「そろそろ外に出ますぞ!」
バスガイドよろしくのオグワーが、声を上げた。
久しぶりに感じるそのと空気は、地価の土っぽくて、湿った空気に比べれば、ずっと素敵なもので。
双子は無意識に深呼吸を合わせた。
「やはり地下は、息苦しいだろうか?」
「まぁ、ちょっとだけね」
「なんか太陽を久しぶりに見た気がするー!」
「まだ一日も立ってないのにね。リューは足大丈夫? 歩けそう?」
「もう痛くないし全然大丈夫だよー!」
「ってことで、そろそろ降ろしてくれないかな?」
姉の状態を確認して、シュートがオグワーに向けて。
オグワーは一度考えたように唸ってから、返答。
「いや、このあたりの道は整備が不完全だ。少なくとも大きな道につくまではこのまま運ぼう」
「……ありがとう」
シュートがほんの少し、顔を歪めた。
それをリューネが静かになだめるという、珍しい光景。
「それじゃあ! 最高速度で進んで欲しいなっ!」
「え? 何言って―――」
「「「承知ッ!」」」
「ちょっと、待っ……」
急加速した小人タクシーは、双子を楽しませながら、絶叫させながら森を抜けていった。