第7話 寝室の女王
〈小人族〉の集落。
地下深くにあって、岩の巨人の侵入もなかったこの場所では、〈小人族〉たちがいつも通りの生活を送っていた。
「……ん」
響く頭痛の中でシュートが目を開ける。
岩の露出した天井には、星の代わりに数滴の水が光っていた。
唸りながら何とか体を持ち上げて周囲を見渡すシュート。
家具は小さく、おままごとのような空間。
可愛く彩られた、女の子らしい部屋。
天井さえあれば普通のお部屋そのものだろう。
シュートは頭から足までで、ぎりぎりの大きさのベッドで眠っていたらしい。
ぼんやりする意識の中でどうにか立ち上がろうと足に力を入れて。
「おぅう……」
崩れ落ちる。
疲労か空腹か、シュートはベッドのシーツに顔をうずめた。
その途中の音に反応してか、誰かのノックが響く。
岩の巨人との戦闘中、リューネの足を手当てしたハイドだ。
ハイドは、ベッドに突っ伏しているシュートに駆け寄って。
「大丈夫ですか?!」
「うん、大丈夫。結局、なんもできなかったなぁって、そう思ってるだけだから」
シュートが目を殺しながら。
ハイドは少し困惑したふうに声を詰まらせるが、空いた扉から数体の〈小人族〉が入ってきて。
「シュート殿! 目を覚まされたか! 良かった!」
「んー……。オグワー、頭に響くから静かにしてくれない?」
死んだ目をハイドからオグワーに向けて。
オグワーはしょぼんとしてしまった。
シュートの寝起きは機嫌が悪いのだ。
それこそ毎日のように朝はうるさく起こされていて―――
「そうだっ! リューは!?」
どこにそんなに力があったのかベッドを強く弾いて体を起こした。
「リューネ様ならシュート様よりも早く目をお覚ましになられて、そのままシュート様の横でずっと手を握られていましたよ。ですが、休息は必要ということで今は別室で睡眠中かと」
水の注がれたコップをハイドから受け取って、シュートが一口。
そっかと、力の入った肩を落とす。
「シュート様もリューネ様の寝顔を見られに行きますか?」
「……は?」
ハイドのちょっと変な質問に、バカみたいな声を出す。
「いえ。リューネ様が、シュート様の寝顔を見ると安心できるといわれていたので」
違いましたかと、ハイド。
「いや、違わないかも。できれば行きたいんだけど……足に力はいんないし諦め―――」
「シュート殿。それは私たちにお任せください」
声を抑えた、もはやかすれかけた声でくい気味にオグワーが一歩踏み出して。
手に持った板を見せつけてきた。
「なにそれ?」
「これは……」
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「無理無理無理無理無理! 怖いし早いし、あと怖い!」
悲鳴を上げるシュートをよそに〈小人族〉たちは加速をつける。
さらに悲鳴の声は大きくなって。
ちょっと涙目になっていた。
状況は簡単。
〈小人族〉の何人かが板を支えて、走って。
シュートはその上、板の端にありったけの力を込めて抱きついている。
「到着しました!」
一つの扉の前で急停止した小人タクシーは、板をゆっくりとおろした。
ピクリとも動かないシュート。
「シュート殿!」
「昔、ジェットコースターに無理やり乗せられたのを思い出した……」
「じぇっとこーすたー? なにかの呪文か?」
自嘲気味に引きつった笑いを作った。
その周りでジェットコースターについて議論をする〈小人族〉たち。
けれどすぐにタクシーに参加していなかったハイドが追いかけてきて。
バシンっ!
オグワーたちの頭に一発ずつ殴りを。
「シュート様は安静にしてなくてはいけないんです! おバカさんなんですか?!」
ハイドが叫ぶ。
その叫びにオグワーやほかの〈小人族〉が頭を下げた。
彼らの力関係とかどうなっているのだろうか。
「シュート様? お体に問題は?」
「うん、大丈夫……。でもちょっとトラウマがね……」
目をさらに殺しながら答えるシュートを見て、ハイドがオグワーたちを睨み付ける。
「こ、ここでリューネ殿が休んでいる! 肩を貸そう」
オグワーは逃げるようにしてシュートに近づいて。
シュートはオグワーの肩に腕を置いて、引きずられるように運ばれていく。
オグワーもシュートも、見るからに元気がない。
〈小人族〉の一体が扉を開けて、シュートを中に連れ込む。
中央のベッドに椅子を向けて、そこに座らせて。
「それでは私たちは外に出ているので、何かあればお呼びください」
ハイドがオグワーたちの服を引っ張りながら。
バタンっ。
扉が閉められてすぐに、シュートはベッドの方に顔を向ける。
シーツの下でもごもごと動く誰かの姿に頭をかきながら。
「ごめん、起こした?」
シーツをめくる。
そこには見慣れた少女。
そして、その少女に抱き枕にでもされた見慣れない少女が。
金色の髪を散らしながら眠るリューネは目を閉じて、にやけながら睡眠中。
見慣れない青っぽい髪の少女は、緑の双眸でシュートと目を合わせて。
「……助けて」
涙を浮かべながら。
シュートが憐みの笑顔をさわやかに浮かべて。
「ドンマイ!」
「どんまいってなにぃ!」
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「まったく……。テルちゃんはこれでもすごいえらいんだよ? 抱きつかれたのなんて初めてだよ……」
テルちゃんと呼ぶ少女は、頬を片方だけ膨らます。
テルちゃんというのは、彼女の名前。”テシール”を略しているらしい。
「ごめんってばー! かわいすぎてついー?」
手のひらを合わせてリューネが顔を近づける。
青い髪を腰くらいまで伸ばした〈小人族〉の女王は一歩後ろに逃げた。
「オグワーやその部隊を助けてくれたのは感謝しても、体までは許してないんだよ!」
頬を両方とも膨らます。
リューネは口では謝っているが、すぐにテシールに近づいて。
「謝りながら抱きつかないでよ!」
「一緒に寝た仲でしょー」
「リューちゃんがいきなり抱きついてきて、テルちゃんを逃がさなかったんでしょ!」
そうだったかなぁと、笑ってごまかしながら。
「二人とも仲良いねー」
「でしょー?」
「どこがっ!」
シュートの言葉に別々の言葉を浮かべる。
「だってリューちゃんなんて呼び方してるし? 少なくとも仲悪くは見えないなって」
むっと、テシールは顔を曇らせる。
「最初にリューちゃんが普通に話しかけてきて……。それでちょっと仲良くなったかなって、それで!」
「仲良いんじゃん」
シュートが笑いをこぼして。
食事中のハムスターのように頬を膨らまして、顔を真っ赤にするテシールを、リューネが後ろから抱いている。
ほとんど歳の違いはなさそうな背丈。
少しテシールの方が小さく見えるが、オグワーやハイドに比べると明らかに大きいと言える。
「こんなふうに聞くものじゃないけど……。なにか報酬として欲しいものって」
「テルちゃん!」
「却下! ほか!」
リューネが唸る。
「じゃあ、テルちゃんと一緒に寝る!」
「もうやられたし、テルちゃんに関する報酬は全部却下! だから早く解放して!」
再度、唸る。
今度はテシールも一緒に。
というか彼女は威嚇に近かった。
「あんまりからかうなって」
ベッドの上の口論に、場外。椅子に座っていたシュートが笑いながら。
テシールは不満に頬を膨らませて、さっきより少し静かにリューネの腕に収まっている。
「楽しかったのにー! まぁ、いいけど」
「テルちゃんは全然楽しくない! あと! いいならもう放してよ!」
「仲の良いお友達とはこうやって付き合うものなんだよ!」
さすがに強引だろと、シュートが苦い笑いを作る。
「お友……だち? テルちゃんとリューちゃんが? ほんとに?」
「うんうん! お友達だよ! あったりまえじゃーん!」
「……そっか。なら、抱きつくのは許してあげる!」
「ちょろい!」
シュートも驚く陥落スピードだった。
計画通りと、リューネは黒く笑っている。
「えっと、それでリューちゃん。今回の、報酬ってなにがいい?」
少し柔らかくなった警戒をしたまま。
「んー。それじゃあー」
リューネの答えは。