第5話 寒冷な目覚め
フィルハード邸。
「大変だ! 二人が帰ってこない! 何てことだ!」
「大変だ! リューネちゃんが戻ってこない!」
男二人でお互いの肩を持ちながら叫んでいる親子。
「ぱぱもディールも、うるさいです。きっとどこかで道に迷って、今頃遭難中なだけです」
その二人を鋭く見つめるのは長女は、爪を噛んだ。
「遭難中! あぁ、どうか無事であってくれ! すぐに助けに行くから!」
「リューネちゃん! リューネちゃんを助けに行かないとっ!」
どうやら余計な一言を行ってしまったらしい、さらに騒ぐ。
騒ぎに耐えられなくなったというようにカレンが席を立つ。
それに乗じて用意された兄の夕飯を、素早くこっそりと食べていくミューリ。
「うるさいから外に出てくれるのはいいですけど……ディールはまず服を着て」
キューレの忠告なんてお構いなしに外に行こうと長男が扉に触れて―――
ボッ。
ディールがドアノブに手をかけた瞬間。
体がこんがりと熱された。
それと同時、ついでにシェイドの体も熱々になった。
「心配なのはわかるけど。静かにしていてね~」
二人に触れた手を放しながらカレン。
やけどさせない程度の熱を加えられた二人は、地面につぶれている。
「ミューリちゃんもつまみ食いはダメよ? お行儀が悪いからね」
「……ごめんなさい」
カレンの浮かべる黒い笑みにミューリだけでなく、キューレも顔を固めた。
ミューリが目を逸らしながら両手ともに上げた。
キューレがため息をついていると、外側から扉が押されるるが、半裸の男に引っかかって少ししか開かない。
開いた少しの隙間から窮屈そうに中を覗こうと、誰かの鼻先が出てくる。
「何があったんだぁ? これは」
「お恥ずかしながら、いつものことです」
カレンの笑みに人狼までも苦い顔をする。
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暗闇の洞窟。
冷たい風に肌を撫でられながら、体を震わせるシュート。
その奥ではリューネが毛布にぐるぐる巻きになっていた。
相変わらず高い天井からは、水が垂れている。
「……くしゅっ」
シュートはあまりに寒くて体を起こした。
真っ暗な中、隣でぐっすりな姉に殺した目を向けたつもりで。
いつの間にか消えてしまっているランタンを探して、真っ暗な中で大きく腕を動かす。
ガチャっ、ガチャっ。
鉄が鳴った。
まるで持ち手の輪が動く音。
まるで鉄が歩く音。
「んんんんん?」
シュートの流した魔力に周りが照らされて―――
「お前、ヒトか?」
小さな影のねばっとした声。
鉄の鎧をぼろぼろのマントで隠した、仮面装備の小さな人型たちが一体を筆頭にして、壁際の双子を囲んでいた。
「なぜここにいる?」
自らの二倍はあるであろう鋭利な長物を、シュートに向けて。
「いやっ、えっと……?」
低く両手をあげて目をぱちくりさせるシュート。
先頭の一体が一歩だけ前に進めて、刃を出して答えを急がせた。
「まさか、言葉がわからないのか? ありえないな」
通じている。
通じていても寝起きだから……。
そんな思考停止中のシュートのことなんて知らない姉は―――
「こっ、こら! 離せ! 近づくなっ!」
「ちょっと固いけどー……大きさは絶妙な……」
寝言。
ぐっすり寝たままのリューネが、誰かに抱き着いたらしい。
もちろん寝ぼけて。
その場のだれもがどよめいた。
仲間が襲われているぞ、と。
リューネのそばにいた数体の人型が、長い刃で攻撃しようとする。
だが、抱き着かれた一体が盾になって狙えない。
その状況にシュートへ刃を向ける一体が大声で―――
「やめろ、お前たち! 焦るな! 絶対、助けるぞ!」
腕を震えさせながら。
彼の刃がシュートの目と鼻の先で、左右上下に揺れていた。
まじ危ない状態に、シュートが喉に力を入れる。
「ちょ、ちょっと待った! とりあえず話し合い! 話し合いをしよう……ね?」
フードに隠れた彼の仮面を見上げるように上目遣い。
「人質交渉か! 図々しい!」
「違う違う違う! ストップ! 普通の、普通の話し合いだから!」
「いまさら何を! 同胞の無念……ここではらす!」
「いやいや! 死んでないから! 同胞まだ生きてるから!」
何度も何度も突き刺される刃。
シュートが何とか躱して逃げていると、さすがのリューネも目を覚ました。
「もう、うるさいなぁ……って何この子! 超かわいい! 欲しい!」
「やめ……はなっ。ふへへ……」
寝ぼけて抱き着いていた人型に絶賛のリューネさん。
抱き着く力を強くする。
被害者は変な声を漏らしながら、抵抗なんてしていない。
その姿に場の全員が怖い顔を作りながら。
「うらやましすぎるぞ!」
全員分の心の声を代弁する先頭の人型。
「は?」
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「……すまなかった」
「いや……こっちこそごめん」
あのあと攻撃対象がリューネやシュートではなく、抱き着かれていた同胞に向いたおかげで、何とか話し合いに進むことができた。
「我々は見ての通りヒトの形ではあるが、大きくはない。彼女は女王様くらいの大きさだ。我々の中では大きいこととは、気高いこと、強いこと、そして魅力的なことだ。あとは理解してもらえるな?」
よくわかったよ、と苦笑い。
「私は、オグワーと言う。この部隊の隊長だ」
”オグワー”と名乗った小人は、後ろに座る部隊の面々に一度に振り返って頷いた。
「僕はシュート。それでこっちが―――」
「リューネ! ところでオグワーさん! ちょっとこっちにおいで!?」
手招きをするリューネに呼ばれて一歩前に出る。
「なっ、何を!」
リューネの抱擁。
後ろからはオグワーを睨みつける視線少々。
残りは全部羨むような目だ。
シュートからすれば、何こいつらロリコンなのとなる。
「リュー。一度抱き着くのはやめてくれ。話し合いにならない」
「えー……」
ふてくされながらもオグワーから腕を外すリューネ。
オグワーは動揺を隠したように咳ばらい。
やはり後ろからは、「うらやましいですよ隊長!」「男だ……隊長あんたは男だよ!」「リューネ様、私のことを抱いていただいても……?」「おい! ずるいぞ! 俺も混ぜろ!」と、好き勝手言っている。
「お前たち! 失礼だぞ!」
たぶんにやけながら一喝。
だれでもおいで―、とリューネが腕を広げたがシュートはそれを止める。
そしてちゃんと本題に流す。
「えっと、ここって君たちの住処っだったのかな? それなら僕たちは不法侵入したみたいになっちゃうけど……」
「確かにここは我らが小人族の基地だ」
「小人族ね……でも、その小人族の基地の入り口があんなに大きいの? あんな高さ必要ないと思うけど……」
シュートがオグワーの姿を見て言う。
洞窟の入り口は、子どもとはいえシュートやリューネの何倍もの高さだった。
成人しているらしいオグワーの背丈は、背伸びしてもシュートたちの腰くらいにしか届かないだろう。
もしかして見栄でも張ってるのかな、なんて思っていたが違うらしい。
「そう、そのことなのだ。昨日、見張りについていた者が何者かに大けがを負わされた。今も見張りは寝たままなのだが……。ただ現場には大きく広がった入り口や通路しか発見がなく、基地内を見回っていたところシュート殿たちを発見したのだ。所で一体なぜこんな場所へ?」
「僕らは道に迷ったから休める場所を探してたんだ。その時は入り口が見やすいぐらいの大きさだったんだけど……」
あまり力にはなれなそうだ、と続けて。
悔しそうな声で下を向いたオグワー。
「いや、いいのだ。これはもともと我々小人族の問題。関係のないシュート殿たちを巻き込むのは本意ではない。道に迷ったという話だったな。それなら道案内として二人つけよう。一番近い村までであれば送らせてもらおう」
「いや、出口まで行かせてもらえればあとは自分たちで……」
「シュー、もらえる恩はもらっておくべきだよ」
どうせ帰れないし。
そんな意味を含んでそうな鋭い指摘にシュートが顔をしかめる。
「恩なんてとんでもない。正直な話、あまり周囲をうろつかれても迷惑なのでな」
腹を割った言葉にシュートも断れはしなくてため息を吐く。
「……わかった。案内してもらえる?」
「それではこの二人に案内させよう。ハイド。シーク」
少し微笑んだシュートに、頷いたオグワーが前に出した二人。
一歩前に出たハイドとシークは頭を下げた。
「よろしくねー!」
そう言って小人二人に飛びつくリューネ。
瞬間。
リューネたちの上を通り抜けた何かで後ろの壁が弾けて。
―――戦闘開始。