第4話 砂糖からの逃避
見晴らしのいい崖。
バカと煙は高いところが好き。
とかなんとかいうが、言葉通りならだれでも高いところ好きでしょ。
会社で人の上に座りたいでしょ、成績で上になりたいでしょ。
上に上にって、上るのならみんな高いところ好きなおバカ様です。違いますか。
といってもシュートもリューネも好きでこんな場所に来たわけではない。
いつの間にか、ここにいた。
「ねぇ、シュー。空がきれいだねー」
「うん。綺麗なオレンジ色だね」
「家はいったいどっちかなー?」
「うん。そもそもここってどこだろ?」
双子は似たような死んだ目で、遠くを見つめる。
ほんの少しの沈黙。
「シューの方向音痴!」
「リューだってなんも言わなかったじゃん!」
残念。
悲しい言い争い。
「とにかく! 早く帰らないと真っ暗になる!」
「それはそうだけどさー。それで道間違えたらもっと危ないよ?」
リューネの冷静な一言に、シュートは口を閉ざして、目を開く。
効果音を当てるなら、ポカーンがふさわしい顔。
バカにされたような顔にリューネが頬を膨らませた。
「そんなに驚くことじゃないでしょ! それで、どうするの!」
「諦めて一晩過ごす? でも寒くなってきてるし、風とか防げる場所がないとダメなのかな……?」
「それならここに上ってくる最中に洞窟みたいなのがあったよ? 今ならまだ場所もわかるし!」
「リューって実はすごい子なの?」
「実はってなに、実はって! シューの視野が狭いだけだって! テスト順位は私の方が高かったでしょ!」
熱でもあるのかと、聞いてきそうな顔をするシュート。
そんな表情にリューネは、ハムスターの食事中みたいに頬を膨らませる。
もともと昔の話は二人ともしないようにしていたのだが、道中のこともあったので、これでおあいことばかりに持ち出してきた。
シュートは少し考えたような顔をして。
「……そうだっけ?」
「君、そもそも赤点ギリギリだって張り紙出されてたでしょ! それじゃなくても私は総合順位、一桁だったもん!」
「なんでそんなこと知ってるの……? もしかして僕のストーカーさんだったとか?」
「……それぐらい有名だったってこと! ただえさえ君って話題の中心になってることあったんだよ?」
「ちょっと待って、話題の中心って何。僕はぼっちできてたよね?」
「クラスが違う私のとこにも、顔は良いのに誰とも話さない人がいるって悪目立ちしてたよ? そりゃあ話題にもなるって!」
良くも悪くも、高校で一際目立っていた女の子が言うくらいだ。
悪目立ちしていたのは本当らしい。
シュートはなんだか恥ずかしくなってきて、目を逸らしながら頬を染めた。
「告白しようって子もいたぐらいだよ? 靴箱とか机とかに手紙入ってなかった?」
「果たし状とか、不幸の手紙とかだと思って読んでない。家には溜めてあったけど……」
「……クスマスプレゼントとかバレンタイン渡そうとした子もいたよ? みんな受け取り拒否されたって言ってたけど」
「話したことない子に物貰うのって抵抗あるじゃん。だから貰ったことないよ?」
「その気持ちは私もわかるけど、普通そこから友達程度には進展しない? 電話番号とか交換して」
「……高校入ってからは携帯持ってなかったから」
不満なんて忘れて呆れ顔になるリューネ。
口を半開きにして、言葉を失っていた。
その顔どうしたのと、首を傾けるシュートに、ため息をついてから金色の前髪をくるくるし始めた。
「……好きな人とか、彼女いたからそんなふうだったの?」
「好きな人はいたけど……っていうかこの話はもうおしまい! 場所わかるなら早くいこ!」
「いたんだ……? どんなひとー?」
「……そんなのはいいから早く行こう! 早くしないと真っ暗になっちゃうだろ!」
言いながら一人で、ずかずかと歩き始めるシュート。
まさか、お前のことが好きだったんだよなんて言えるはずもない。
顔を隠すようにして、高速で踵を返す。
リューネは少し顔を歪めたが、何とかそれを堪えて、おバカなシュートの腕を捕まえた。
そして彼が進もうとした方とは、別の方向に引っ張って。
「……そっちじゃないから」
「あれ、違ったっけ?」
シュートの腕をずっと引っ張ったまま。
というか手をつなぐようにして、暗くなっていく道に帰っていった。
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リューネに手を引かれて十五分。
ぎりぎりまで顔を出していた太陽さんはタイムカードを押して帰っていきました。
こんな時ぐらい残業してくれよと無理な願いをしながら、シュートは鞄に手を突っ込んで、感触だけで何かを見つける。
そして掴まえた鉄っぽい何かをリューネに手渡す。
「これ、どうやって使うの?」
リューネが受け取ったもの。
形はよくあるランタンなのだが、どこを触れてもスイッチやひねりのようなものはない。
ガチャガチャと動く取っ手をいじりながらシュートに聞いた。
「えっと、部屋の明かりつける時みたいにしてみて。たぶんそれでつくはず」
部屋の明かり。
スイッチやリモコンでつけられるのなら楽なのだが、魔法主軸のこの世界には、まだそんな技術はない。
ならばどうやするのか。
家なら壁に取り付けられた基盤のようなものに、一度魔力を送るだけで最低限のコストで火がともるようになっていた。
つまり、このランタンも同じように魔力を送ってあげればいいのだ。
ちなみに魔力について双子が知っているのは、使い切ったらぶっ倒れてしまうことだけ。
それは以前、服を数枚浮かべていたリューネが体験済み。
残念なことにこの二人は、姉のように火を出したり、母のように水を降らせたりなんてしたことがない。
それでも部屋の明かりを点けているときは倒れたことがないからって、残り魔力のことなど一切考えずに、リューネがランタンに触れ続けて。
数秒。
ボウッと音を立てて、ガラスの中で小さな火が灯る。
「おお! 火がついた! ……ってあっつ!」
ガラス部分を触っていたリューネ。
あまりの暑さにランタンを、宙に投げてしまった。
それをシュートが反射的に手を出して。
なんとか地面すれすれで捕まえて、持ち手の輪っかに持ち直す。
「ごめん。説明不足だった。やけどしてない?」
「うん。大丈夫かなー。ナイスキャッチ!」
「……よかった」
手に持ったランタンを近づけるシュート。
親指を突き出すリューネに、安堵を漏らした。
「それじゃあとりあえず、洞窟の中見てみよう?」
そこにあるからと、リューネが人差し指を後ろに向ける。
それにつられるようにシュートが明かりを向けて。
高い崖と、その崖にできた穴が明るく映った。
「ねぇ、リュー。僕は本当に視野が狭いかもしれない……でもさ」
頷くリューネ。
「これはどう見ても普通の洞窟とかじゃないだろ!」
シュートは大きく上を向いて叫んだ。
リューネが見つけた洞窟。
入り口は彼女の身長を五倍したくらい高さ。
もちろんランタンで照らしてみても、洞窟の奥が見えることはない。
「遠くから見たときはシューと同じくらいだったんだけどなー?」
「遠くから見て大きさが同じって、遠近法的におかしいだろっ!」
「まぁそういうこともあるって! ……とりあえず入ってみる?」
「いやいやいやいやいや! 絶対ここ巨大生物の巣とかじゃん!」
冷静なリューネとは対照的に、燃え上がるシュート。
心なしかランタンの火も勢いをつけている気がする。
「でも、そろそろ寒いよ?」
巨大な洞窟の入り口の前で立ち止まる二人は、冷たい風に撫でられていて。
リューネは晒された両腕で体を抱いた。
姉の姿にシュートも、熱を冷ます。
「……わかった。とりあえず入ろう。……っとその前に」
言いながらシュートは鞄の中から何かを取り出して、リューネの頭にかぶせた。
「おぶっ! なんで毛布なんか持ってきてるの」
「一枚しか持ってきてないけどね。少しはあったかくなるでしょ」
「シューはいいの? 半袖でも寒くない?」
「寒いけど、中に入れば少しはましになると思うし。大丈夫……ってリュー?」
「この方があったかいでしょ?」
毛布を横長にして自分と弟を繋ぐリューネ。
そして両端をつかんだまま、シュートの左腕に絡みつく。
「ライトが籠って熱いんだけど」
「それならこうすれば解決だね」
リューネが突然ランタンを盗んで―――宙に投げ捨てた。
なのに投げ捨てられたランタンは地面に落ちずにに宙に浮かんだまま。
「……無駄に体力使うなって」
「お弁当はほとんど私が食べたからね。大丈夫! それに無駄なんかじゃないよ」
左腕に絡みついたままリューネは力を込めた。
「あ、鞄も浮かせちゃお? 面倒くさいし!」
「だから体力使うなって! それに何個もやったらぶっ倒れるだろ! リューは!」
「じゃあ、シューが一つ浮かせてよ。それに魔法って体力よりも気力を使うものなんだよ!」
知らないんだーと、煽るように言うリューネは、毛布から片手を出して勝手にシュートの背負ってきた鞄に触れた。
ため息をついて諦めたようにシュートも、もう一つに触れて。
鞄二つとも時間をかけずに、重力を無視して宙に浮かんだ。
それを確認してから双子は体をくっつけたまま歩き始める。
双子を導くようにランタンが前を。
続くように鞄が二つ。
シュートは歩きにくそうにしながらも、リューネを振りほどこうとはしない。
途中、何度か天井の低くなった横道なんかがあったが、入り組んでそうだということで、そのまま天井に沿って歩く双子。
少し洞窟内を歩いて、風の音がなくなった。
「シュー、大丈夫? 風もなくなったしここで休もう?」
「ごめん。ありがと」
リューネが絡む力を和らげると、シュートと鞄は崩れ落ちていく。
それをどうにか引き留めて、壁に寄りかからせて。
肩で息をするシュートに水筒を渡しながらリューネも地面に座ると、ランタンと大きい方の鞄も速度を落としながら地面に降りた。
「こんなことになるならお弁当分けてればよかった。私のせいだよね……ごめん」
「リューは悪くないって。道間違えた僕が悪かったって」
「でもっ!」
「じゃあ、お菓子くれたら許す……だから泣くのはやめて」
少しだけ微笑みながらシュートが励ます。
リューネは唇を噛みながら、鞄から山ほどのお菓子を広げた。
「……なんでこんなに持ってきてるの」
半ば呆れながらシュート。
「私、遠足には必要以上にお菓子を持っていく子だったから」
足元にはそれぞれ分けられたクッキー、飴などの甘味が散らばっている。
飴を避けてクッキーを口に運ぶシュートを見て、リューネは反応をうかがった。
「おいしいけど……甘い」
リューネは極度な甘党なのだ。
クッキーにも必要以上の砂糖を投入しているのを知っている。
飴に関しては、ただの砂糖玉であることもシュートは体験済み。
それでも甘いお菓子たちを口に放り込んだ。
いくらか食べて、リューネが何も食べないことに気づいて。
「リューも食べなよ。自分のなんだし」
「私はいいよ。シューが食べてるの見てっ……むぐっ」
シュートは今朝のお返しか、重ねたクッキーをリューネ口に押し込む。
「それでリューが倒れたら困る」
「そっか。うん。じゃあ食べる!」
双子は夢中に腹を膨らまして。
気が付いた時には、肩を並べて一枚の毛布を取り合っていた。