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目覚めた世界に姉がいた。  作者: かがり
第一章 一泊二日の誕生日
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第3話 教会の灰色

 村はずれの教会前。

 外観はごくごく普通だが、牧師もシスターもいない形だけの小さな教会。

 普段はグリストニカのお年寄りたちが管理している場所で、双子が来たのは六回目。


 最後に来たのは二年前とはいえ、中身はもともと高校生の二人だ。

 二人もいれば初めてでもない道に迷ったりも少ないはず。


 けれど、この双子の場合は外見を含めて、そんなことはまったくない。

 リューネは適当に人についていく。

 シュートはひどめの方向音痴さん。


 無自覚に道を間違えていくシュートに、何の疑いもなくついていくリューネ。

 どう見ても最悪な組み合わせだった。


 そんな現実を、取り出した銀色の懐中時計の呆れるほど傾いた針に刺される。


「……あれから結局二時間もかかるとはね。どっかで道間違えたのかな」


「ついたんだし何でもいーよー。お腹も空いたし」


 リューネはお腹を撫でて、シュートのより一回り小さい鞄を地面に置いた。

 納得しないままシュートも鞄を置く。


「先にここで弁当食べる?」


 鞄からお弁当箱を取り出して、首を傾けるシュート。

 時計の針と同じように、太陽が傾いたおかげでシュートたちのいる場所は、日陰になっている。

 風もあって涼しいここでお弁当を食べれば気持ち良いだろう。


 んーと、唸りながら考える程度に時間をおいて、リューネが口を開いて。


「いや、先にすること済ませちゃお? 早いほうがいいし!」


「わかった、それでいいよ。父さんは一人ずつって言ってたけどどっちが先に入る?」


「なら私が先に行く! 気になるし!」


 言いながらリューネは興味津々に扉を開けた。

 ゆったりと開いた扉は、金髪を取り込んですぐに重たい音を立てて閉まっていく。

 閉じ込められてしまうのではと思うほど不快に。


「怖いのは苦手なんだけどなぁ……」


 想像よりも響きのいい自分の声に、少しだけ驚きいながら身廊を進む。

 足を踏み出すたびに聞こえる靴音は、まっすぐ続く赤い絨毯のせいか籠ったように聞こえて、とても不気味だ。

 身廊を数歩進んだあたりで、絨毯の先の祭壇に何かが置かれていることに気づいた。


 一番最初に目についたそれに、ためらいもなく近づいていく。

 近づくにつれて、目の前のシルエットが明確に浮かび上がってきて。


「人形なんてやだなー……なんか怖いし」


 祭壇の真ん中に、こてんと座る人形と目が合う。


「…………綺麗」


 言って人形に触れようと右手を差し出すリューネ。


 あと数センチ程度の、人形に触れる寸前。

 リューネの意識が別のモノに向く。


「あ、これがグラスかな?」


 リューネは腕を広げて、ぴょんぴょんと場所を移動する。

 祭壇のすぐ横。

 そこに置かれた机には、いくつかのグラスと水の溜まった桶が置いてあった。


「これ……ちゃんと飲めるやつだよね?」


 水をすくったグラスを目を細くして睨み付ける。


 そして警戒しつつも諦めたように口にこぼす。

 すぐに微かなため息と一緒に、籠った足音が響いて。


「……ちょっと濡れちゃったなぁ」



 00000



 顎に手を当てて、一体なぜ二時間もかかったのか。

 自分じゃわからない質問を自問自答するシュート。


 結局最後は、前も同じくらい時間がかかっていたという結論。

 記憶力ではなく、体内時計を疑う始末。

 自分が方向音痴だなんて考えもしなかった。


 結論に満足して扉に体を預けていたシュートは、後ろから近づいてくる足音に気づいて立ち上がる。

 そして、最初と同じように重い音が聞こえて。


「早かったね」


「そんなに時間かかることでもないしねー」


 まあそうかと、納得。


「じゃ、僕も行ってくるから。弁当は先に食べててもいいよ」


「シューって、乙女心わかってないよね。待ってるよ? ちゃんと」


「そっか。それじゃ、待ってて」


 リューネの頷きと入れ替わるように、今度はシュートが重い音を立てて教会へ入っていく。


 ひんやりした空気を感じながら、リューネ同様に身廊を歩いて。

 やはりシュートも最初に目が合ったのが人形だったからか、そのまま人形の方へ歩みを続ける。


 なんだか変な感じ。

 胸の奥で感情が逆立つような、嫌いな感覚。

 そんな感覚に、シュートは人形を睨み付ける。


「……グラスってこれかな」


 水をくんだグラスを取って、そのまま―――人形の上で逆さまにした。

 びしょびしょになった人形を見て、自分の行動にため息を吐く。


「……なんで人形なんかにイラついてるんだ」


 ほんの少し気を立たせながら、周りを見渡して。

 何の変哲もない、ただの教会。

 それでも、この世界に来る前から基本技能として習得していた『視線感知』が、チクチクと反応する。


 ―――痛い。

 視線がすごく痛い。


 怒りが籠ったような、呆然とした視線。

 シュートが一番敏感になるような。


 その視線の発信源を探すためにグラスを置いてから、歩き始め―――

「うわっ!」


 転倒。

 バク宙を失敗したときのような、後ろ半々回転。


 どうやら床に水たまりができていたらしい。

 服が濡れて気持ちの悪い感覚に包まれたまま、寝転って歯を食いしばって―――

「いだっ!」


 聞き覚えのない声に()()()()()()


「「ん……?」」


 椅子の隙間。

 顔一つ分くらいの隙間から、青白いというわけでもない少女がこちらを覗いていた。


 シュートは深い瞬きをする。

 さっきまでいなかったはずの少女が、同じように水で滑って、転んでなんて、ありえない。

 それを心の中で確認して、バッと目を開いた。


 なんということでしょう。

 目の前には可愛い女の子どころか、誰も、何もいない。


 気のせいだったかーと、安堵が漏れる。

 そして両手に力を入れて立ち上がって―――椅子の上で体を抱える少女と、また目が合う。


 今度はシュートの体制もいいので、後ろに飛びのいてから。


「うわぁぁぁ!」


 悲鳴。


「なんでそんなに驚くのさ。ソレ、失礼だと思わない?」


 少女は灰色の髪を絞って、頬を膨らませた。

 家なら一日一回以上は見るような、可愛らしい、見慣れた表情。


 シュートはそんな表情に何か思い出したのか、スッと冷静になる。


「え、あぁ、ごめん? ていうか誰?」


「素直なのか、変わり身が早いのか。まぁ、いいよ。私はあのお人形の持ち主さん。どうして私のお人形に水をかけたのかな。嫌がらせ?」


 尻餅をついたままのシュートに体を寄せる灰色の少女は、濡れた服を気にしながら不機嫌にの人形を指さす。


「えっと我を忘れて、つい? わざとではないつもりだけど……」


「そ、ならいいや」


 少女はさらっと、あっさり許した。

 そして、苦い笑いを浮かべたシュートに、もっと近づいて。


「キミ、名前は?」


「……シュートだけど」


「シュート……ね。私はみんなにネラって呼ばれてるよ。シュートもそう呼んでもいいよ」


 ”ネラ”と、名乗った灰色の髪を無造作に伸ばした少女は、顔をグッと、シュートに近づけて純粋に見える笑みを浮かべる。

 そんなネラから逃げるように、首を後ろに傾けた。


「ネラはなんでこんなところに?」


「私には居場所が少なくてね。基本的にはここで暇を過ごしているんだ」


「ここでいつも……? 親とかっているの?」


「ここが私の家みたいなものだからね。先に言っておくと、私はこれでも【()()()】さま、だからね。君の言う親みたいなものはいないわけだ」


 いても知らないけどと、付け加えてネラは濡れた自分の服を絞る。

 やわらかい素材でできたネラの服は、水をポトポトと垂らしていって。

 薄いシャツ一枚の姿はとても危うい。


 シュートは目まで横に向けた。


「そこで絞られると僕にかかるんだけど……。ていうか神様って?」


「だから()()だって。もうかみさまなんかじゃないよ」


 【もと神】さまを名乗った灰髪の少女。

 ネラは自分の髪を片方にまとめながら、自嘲するようなにやけた表情を見せる。


「……ふーん」


「何その反応。もしかして信じてないの?」


「いや、違う違う。デジャブって言うやつかなって。またかって思っただけ」


「でじゃぶ……? また 私みたいなのはあんまりいないと思うんだけど」


「あー、違う違う。前のは勘違いで人間って言ってたし、もとだったとしても神様に会ったのは今日が初めてだよ?」


「勘違い……ね。でもそうか、私が初めてか。ならいいや」


 自分だけで納得したというように灰色の髪を撫で始める。

 早くそこからどいてくれないかと、シュートが軽く睨み付けて。


「ねぇ、シュート。絶対に浮気なんてしたらダメだよ?」


「……浮気って?」


 シュートが浮かべた疑問。

 その言葉と同時に閉まっていた扉が開け放たれて―――

「おーそーいー!」


 シュートは反射的に聞き馴染んだ声の方に顔を向ける。

 だが、椅子が邪魔で扉の方が見えない。


 諦めてすぐにネラの方に視線を戻したが、少女の重みも姿もいつの間にか消えていた。

 さっきまでの話が本当だったのかもと、顔を歪めながらシュートは濡れた体を持ち上げる。


「あ、いた! ……ってなんでそんなに濡れてるの?」


「水で滑って転んでそのまま濡れた」


 リューネは手に持ったサンドイッチを一口かじりながら、鼻を鳴らして濡れた床を睨み付ける。


「まぁ、そんなのはどうでもいいから、早くご飯食べようよ!」


「リューはもう食べてるじゃんか!」


「シューが遅いからだよ。私の何倍時間かけてるの!」


「痛かったんだから仕方ないだろ。もっと僕に心配をくれ!」


 嫌な顔をするリューネは、早くに踵を返して外に出ていく。

 その後を追うシュートは思い出す。


「あ、そういえばまだ飲んでな―――」


『別に水は飲まなくてもいいよ。あと、話の続きはまた今度……』


 口に出した瞬間、空気のように、すらりとした声が響いた。


 惜しむようなその声に、ただ頷いて、身廊を歩き始める。

 またここに来なくちゃいけないのか。

 そんな悪態を浮かべて重い扉の音を立てた。



 00000



 双子は扉を背にして腰を掛ける。

 別々の味付けをされたサンドイッチを、リューネが交互に口にする。


 残念。

 それは最後の二切れだった。


「ねぇ、リュー」


「なに? サンドイッチならもう食べ終わったよ」


「そんなのはどうでもいい……いや待った! 僕はまだ一切れしか食べてないぞ?」


「シューが出てくるの遅かったからね。そういうこともあるよねー」


 シュートは目を殺した。


「まぁ、いいや」


 お腹すいたけどと、小声で付け足す。

 リューネも良かったというように笑顔を作る。


「ところで中で誰かと会った? リューが一人で入ったとき」


 唐突な質問にリューネが顔を鈍らせる。


「人形はおいてあったけど、誰もいなかったよ? たぶん」


 何があったのかしつこく聞いてくるリューネに懐中時計を見せつけた。


「それはそうと、そろそろ帰らないと本当にここで一泊なんてことになる」


「それは嫌だ! 夜ご飯も朝ごはんもないのはとっても困る!」


「ご飯のことしか考えてないのか!」


 リューネはすぐに広げられていた弁当を片付けた。


「よし、出発しようか!」


「早いな! 食いしん坊さんめ」


 素直な驚き。


 小さいほうの鞄を背負ったリューネは、ズタズタと一人で来た道を歩いていく。

 シュートも教会を一瞥してから荷物を拾って、早歩きにリューネに近づいていった。


「―――いってらっしゃい。シュート」


 教会から少女が、灰色を揺らしながら手を振って。

 ぐひひと、不思議に笑った。

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