第2話 三人と二択
フィルハード邸玄関前。
周辺の家の中でフィルハード邸は、一番大きな家であり玄関も相応に大きい。
それもそのはず彼らの住む村、”グリストニカ”には、四人以上で同じ家に住んでるのはフィルハード一家しかいないため、そこまで大きな家は必要ないのだ。
日差しの強い中、主役であるリューネやシュートはもちろん、ほかの全員も出てきて―――訂正、長男は絶望と痛みにつぶれて家の中だった。
そんなこと誰も気にしないまま。
父、シェイドが双子の弟を見て最終確認を始めた。
「準備はできてるかい?」
「うん、たぶん大丈夫」
シュートは水筒や弁当、ロープなどが入って大きくなった鞄を背負いなおす。
「……こんなにいっぱい荷物必要なの? 重いんだけど」
「私としても心配なんだ。我慢してほしい」
まぁいいけどさと、シュートが片手を挙げる。
それに頷いてから姉の方に目を向けて、微笑む。
「リューネも問題ないかい?」
「準備万端ですっ!」
その言葉に納得したシェイドは、双子の顔を交互に見てから再度、頷く。
「それじゃあ気を付けていくんだよ。もし日が落ちるようなら、教会の方で泊まってきても良いからね」
「さすがに泊まることはないと思うけど……まぁリューのことはちゃんと見ておくよ」
弟の言葉に、姉は静かに不満を映す。
冗談だよと、シュート。
「リューネちゃん、シュートくん。覚えていないかもしれないけど、お姉ちゃんやお兄ちゃんはすごかったんだから。服も体もぼろぼろにして泣きながら帰ってきたのよね~」
母が手で口を隠して笑いを抑えながら。
キューレは黒髪を揺らしながら爪を噛む。
ミューリは頬を膨らませて不機嫌を作った。
「泣いてたのはミューリで私じゃない!」
「嘘つき! キューレねぇが泣いてたの覚えてるもん!」
睨み合って、揉め合って。
挙句にはキューレの手にミューリが噛みついた。
「―――いったぁ!」
黒髪を逆立てたように叫ぶ。
瞬間。
キューレの周りにいくつかの火が灯った。
そしてそれらがミューリの方に―――
「はい。おしま~い」
ぱんっと綺麗な音が響く。カレンがゆったりと手を叩いたのだ。
ただ手を叩いただけ、終了を宣言をしただけ。
たったそれだけでキューレとミューリの体は、大雨に打たれたようにびしょ濡れになった。
もちろん周りの火も消えていて、残ったのは力なく地面に座る姉だけ。
何が起こったのか。
とても簡単な回答。
キューレが灯した火も、カレンが降らせた水も、ただの『魔法』だ。
誰もが信じていて、誰もが知らない『魔法』。
双子の生まれた世界の当たり前の一つ。
それはこの世界で、『魔法』と呼ばれて存在していた。
リューネもシュートも何度も見ていたし、簡単なものは使ったりしていて、今更驚くことはない。
むしろ驚いていたのは、キューレとミューリで。
二人とも目をぱちぱちさせていた。
「お互いにごめんなさいは?」
にっこりと微笑む。
そんな母の声に驚いて、というか怯えて金髪の次女が頭を下げた。
「ごっ、ごめんなさい!」
「お、お姉ちゃんもごめん……」
すぐにキューレも頭を下げる。
「いい子、いい子~」
下がった二人の頭を、微笑んだまま撫でるカレン。
その光景を見ながら頬を赤らめるシェイド。
それに偶然気づいてしまったシュートは、無性に逃げ出したくなって。
「……えっと、そろそろ行ってもいい?」
「リューネちゃん。シュートくん。いってらっしゃ~い」
やはり微笑んだまま、双子を送り出すカレンに続いて、ほかも声を出した。
「……二人ともいってらっしゃい!」
「……いってらっしゃい」
「んっんん! 怪我はしないようにね!」
それぞれが微笑んで送り出す。
姉たちは引きつったように見えなくもなかったが。
「いってきます」
「いってきまーす」
双子はなんにも気にしないように一言。
後ろを振り返って出発した。
ぱんっ。
少しして静かになった玄関の前で、また勢いよく手を合わせた音。
今度も多くの水が降って。
「……まま、何やってるんですか?」
「もとはお母さんが悪かったから、自分を叱ったの。二人と一緒~」
「かあさまも、びしょびしょー!」
びしょ濡れになった黒髪を絞るカレンとキューレ。
唯一髪の毛の短いミューリは濡れた髪の毛を気にせずに笑って。
そんな三人を頬を赤く染めたシェイドが、不審者よろしく笑いながら覗いていた。
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グリストニカから北に三十分ほど。
覚えてる限りの道、というか一本道を進んで、双子は教会に向かっていた。
適当な話をして歩いていると、目の前に大きな人影がいることに気づく。
「ウーさん。こんにちは!」
「お、リューネちゃん、シュートも。お出かけかい?」
「そうだよー! 誕生日なのに教会まで行かないといけないんだってー」
「おぉ、そうか! 誕生日か! これは何かお祝いしないとな!」
多くの木々に挟まれた歩道で、ウーさんと呼ばれる人狼の男は、リューネと楽しそうに笑っている。
「お、そうだ! 後でお前たちの家にいいものを届けておいてやる。楽しみにしておけ!」
人狼の男は何かを思い出したように手を打ちつけて言った。
「あんまり甘やかすと、後が大変だよ?」
「何もリューネちゃんばかり甘やかしてるわけじゃないさ。シュートのことだって祝ってるんだぞ? 俺は!」
シュートは頭を振って、乗せようと近づいてくる毛むくじゃらの大きな手を拒絶する。
「わかった。そじゃあ期待しておく」
少年らしい年相応な、悪戯笑顔を見せてから歩き出して。
それを後ろから追いかけたリューネも、またねと、人狼に一言。
どんどんと道を進んでいく双子に人狼、”ウィスター・クラウ”は一声、気をつけろよ、と。
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ウィスターと別れてさらに三十分が経った頃。
リューネが大きくため息を吐いた。
「シュー、疲れたから休まない?」
「一時間ぐらい歩きっぱなしだもんね、僕も疲れた」
そう言葉を交わして双子は大きな木に背を這わせた。
当たり前のようにリューネがシュートの方に頭をのせる。
「近い」
「別にいいでしょ。これが落ち着くのー」
水筒の水を口に含んでから、リューネ。
リューネの喉の動きに少しだけ目を奪われてから、逃げるように話題を作り出す。
「ねぇ、リュー。彼女は……咲良愛華さんはどうして、あんなことしたんだろうね」
―――失敗した。
今までずっと考えておきながら、聞かなかったこと。
聞いちゃいけないような気がしていた、核心的な質問。
無意識に浮かんで、口から出ていった言葉は。
残念。すでにリューネの耳に届いていた。
自分の失敗に気づいたシュートは、反射的にリューネを見る。
案の定、リューネの蒼い瞳は大きく開かれていた。
目が合って、息を取り戻したようにリューネは瞼をゆっくりと閉じた。
「んー、なんでだろ?」
そっかと、諦めて胸を撫で下ろすシュート。
仕方のない反応。
昔の話なんて、思い出しても良いことなんてないのだ。
こと、人の死については特に。
もしここで理由を話されれば、祝うべき誕生日どころか、これからの会話に”死”という言葉が離れなくなってしまうから。
けれどリューネは、水筒を渡しながら軽く質問を返す。
「君はどうして私を助けようとしたの? 無理だってわかってたでしょ」
君のことも巻き込んじゃったしと、続けて。
「まずは今、僕がしたほんの少しの気遣いを気にしてくれない?」
不満を顔に映して、水を一口だけ飲む。
「別にそんな気遣いはいらないですー。それで、なんで?」
「さぁね、なんでかな?」
完璧な回答。
これにはシュートも自傷的な笑いを隠せない。
リューネも緊張がほどけたように、口から空気を出して同じような顔をする。
そして満足したようにリューネが足に力を入れて立ち上がった。
「それじゃあ、そろそろいこっか! もう少しでつくでしょ?」
「たぶんね? まぁそんな時間はかかんないと思うよ」
言いながらリューネが差し出してきた腕に引っ張られて。
「シュート、この道どっち?」
「左じゃない?」
初めて出てきた分かれ道を、シュートが選択した。