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目覚めた世界に姉がいた。  作者: かがり
第二章 学園入学の決定事項
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第13話 修復の魔法

 食事なら静かに食べていたい。

 シュートは常日頃からそう思っている。

 家にいれば姉たちがうるさかったから学園に来て、同じことを思っているはずの黒髪の長女(キューレ)と日々を過ごすことになれば、静かな夕食が始まるものだとばかり思っていた。


 残念、それは夢の話だったらしい。


「弟さま? こちらはいかがです?」


「それよりこちらの方が良いかと!」


「いえいえ! こっちを!」


 静かな期待は目の前のいくつかの料理に溶かされていった。

 少女たちはスプーンやフォークに料理を絡めて、シュートの前に差し出している。

 彼はそれを一歩後ろに退きながら、坦々とスパゲッティらしいものを口に含む姉に目を殺した。


「言ったでしょ? ご飯がぐちゃぐちゃに―――」


「もっと別の意味だと思ってたけど!?」


「さあさあ! お口を開けてください!」


「ご飯くらい自分で食べられ―――っ!」


「「「さあさあ!」」」


 この人たち、もしかしたらリューネよりもうるさいかもしれない。



 00000



「どうしたの? 美味しかったでしょ?」


「もっとゆっくり時間をかけて食べたかったんだけど……」


「まぁ、あの子たちも悪い子じゃないから? ちょっとうるさいだけで」


 ちょっとうるさい少女たちは、一足先に部屋から出ていた。

 今日はほとんどずっと一緒にいた黒髪の姉弟。


 マイペースな食事をとれた姉はご機嫌に。

 かと思えば身代わりにされたシュートが、机に突っ伏してため息を漏らす。


「なにしてるの? 部屋に帰るよ」


「んー……疲れたから―――」


「っ! ノアさんがくるっ!」


「え、だからってなに!」


「隠れて!」


 言いながらシュートを机の下に押し込んだキューレ。

 彼女も自分の体を無理やり押し込んで、たった一つの扉からぎりぎり見えない位置に隠れた。


 瞬間。

 ドンと大きな音を立てて強引に開かれる扉。


 そこからすぐに白い髪を伸ばした女性が怒りの形相で飛び込んできて。


「キューレ! あんたはいったい……ちっ、逃げたか!」


 バタン。

 捨て台詞一つで、踵を返すノア。


 直後にため息が二つ重なった。


「姉さん今度はなにしたの?」


「別に? ご飯はちゃんと全部食べたし、怒られることもないしね」


「……頼みすぎるなって言われたことあるでしょ」


「私がお金をどう使ったって、ノアさんに怒られる筋合いはないからね」


「ふーん」


 シュートを置いて、机から抜け出して出口に近づくキューレ。

 そしてそのまま扉を開けた。


「それじゃ部屋に帰るよ? それでさっき言おうとしてたのって―――」


「怒る筋合いならいくらでもあるけどね?」


「……やだなー。ノアさんは私のお母さんみたいなものですもーん!」


「ほぉう? それはうれしいねぇ?」


「あははー! お願いだから私を猫みたいに持ち上げるのはやめてください……」


「シュート。 キューレは借りていくけど、問題ないね?」


「いってらっしゃい?」


「シュートの裏切り者ぉおお!」


 バタン。

 颯爽とキューレをさらっていくノア。

 シュートはのろのろと机から抜け出して起き上がる。


 そして、扉が開く。


「そうだ、シュート。あんたんとこの猫が暴れでもしたら、あんたにもお灸をすえるからね」


「猫って、ハーくんのことですか?」


「名前は知らないけど、たぶんそうだろうね。キューレんとこのはことあれば壁を傷つける」


「うちの子が悪い子みたいに言うのやめてください」


「飼い猫は保護者に似てるもんだよ」


「にゃー……」


 バタンッ。

 キューレを猫掴みしたままのノアが再入室。

 かと思えば、すぐに退室して行った。

 扉が閉まる直前に姉の猫なで声。というか鳴き真似が聞こえてきたが、気にしないように苦い笑いを作るシュート。


「―――姉さんは猫が好きだもんねー」


 ひとりごちて部屋を後にしたシュートは、誰の視界にもつかまらないように食堂を抜ける。

 ―――この時ばかりは自分の高校生活に感謝した?



 00000



 明かりもないままの部屋。

 ギイィとばねの音を立てて沈むベッドに顔をうずめるシュート。


 このまま動かなければさっと寝てしまいそうだ。

 そんな快適な状態のシュートの背中に黒猫が飛びつく。


「思ったんだけど、ハーくんちょっと太ってるよね?」


 仰向けになって猫を持ち上げるシュートの腕の中で、黒猫は鳴き声を上げた。

 シュートは今までの生活で猫を飼ったことがない。

 それ以外の動物を飼ったこともなかった。


 初めての経験。


「あれ、ハーくんは何を食べるの?」


 魚を渡せばいいのか、キャットフードがあるのか。

 そもそも魔獣らしい黒猫が普通のものを食べるのかさえ謎。

 なるべく早くフェイに聞かなくてはいけないだろう。


「……かわいすぎ」


 黒猫にムギュッと抱きついた黒髪。

 一人きり。

 黒猫との二人きりではなかったら絶対に見せない表情を作るシュート。

 にへへと頬が緩みきっている。


 ―――ピンポーン。


 そんなことを知らない機械音は甲高い音を立てて彼を現実に戻した。


「……姉さん?」


 ハーくんをそっとベッドに乗せて、立ち上がる。


 ―――ピンポーン。


 待ちきれないとばかりに、二度目のチャイム。

 ため息を吐気ながら玄関に近づいて。


 ―――ピピピピピピピ。


 連打。

 どうやらせっかちなお客さんらしい。

 予想は簡単だ。

 こんなことしそうな人物はあまり多くはない。


 だからガチャリを扉を開けながら、

「リューネ? 来ちゃダメだって―――?」


 首が傾く。

 誰もいないのだ。

 今の今まで鳴り響いていたチャイムの音は扉の横。

 そこに取り付けられたボタンで押す仕組みだろう。


 左右を確認しても誰もいない。

 ただ甲高い機械音がなくなって、鳴らした人もいなくなって。


 ……嫌がらせ?


 シュートは黒髪だ。

 いままで、というより今日だけで多くの視線を受けたし、嫌味に近いことは言われた気がする。

 その上でピンポンダッシュなんて子供らしい嫌がらせ。


「姉さんも苦労したみたい?」


 ため息が漏れる。

 扉を閉めながら目を殺したシュート。

 ―――やっぱりちょっと怒ってる?


 肩を落としながら黒猫がいる部屋に戻っていく。

 静かな部屋に足音だけが響いて。


 ―――ピンポーン。


「なんだよ」

 また可愛い嫌がらせなら絶対に逃がさないとばかりに、駆け寄って。

 バンと勢いよく扉を開ける。


「わっ!」


 聞き覚えのある高い声。

 それでもどこかで聞いた程度のなじみのない声だ。


「……えっと?」


「あ、えぇとシュートさん?」


「受付のときの?」


 銀髪を片方にまとめた女性。

 二十代かそれより下。

 のほほんとした雰囲気は、どこか母親であるカレンに似ている。


「あ、はい。ルアって言いますぅ」


「えっと何か用が?」


「フォンさんがさっき受付に来ましてぇ。硝子とカーテンを、と」


「フォンさん……あ、ドルカ先生……でも、先生じゃないのか? んー」


「えぇと、それで入ってもいいですかぁ?」


「あ、どうぞ」


 お互いに遠慮したままの状況に、いくらかの袋を持ったルアが進み出た。

 シュートも断る意味もないので、ぐちゃぐちゃな窓を直してもらおうとすぐにリビングに入れる。


 リビングに入ってすぐ。

 ルアが苦い笑いを作った。


「これはお母さんにばれたら大変だなぁ」


「お母さん?」


「えぇと、ノアはルアの母なんですよぉ」


「そういえばどことなく似てる気が……」


「ですよぉ……えぇと少しはなれていてくださぁい」


 言われたとおりに二、三歩後ろに下がるシュート。

 それを確認したルアが、持ってきた一つの袋の中に手を入れて。

 何かをつかんで、割れた窓の方に投げた。


 どうやらそれは砂らしい。

 小さな一粒ずつがキラキラと輝きながら散る。


 直後。

 シュートには微かに声が聞こえた気がした。


 ―――そして閃光。


「まぶしっ!」


「あぁ、ごめんなさいぃ。一言言っておけば良かったですねぇ」


「んん、大丈夫です……って直ってる?」


「はいぃ、ルアはそういうの得意なのでぇ」


「魔法ってつくづく何でもアリだな……」


 シュートの軽いため息が漏れた。

 それに合わせてルアも軽く笑う。


「お母さんには敵わないですけどねぇ」


「ノアさんもおんなじような魔法が?」


「えぇと、この寮を作って管理してるのがお母さんなんですぅ。ルアはそんなことできないですからぁ……」


「あはは、すごすぎ」


 二人して軽い笑いに変わった。

 そして少し沈黙してから。


 ルアが首を傾けて。


「シュートさんは、なんだか大人っぽいですよねぇ?」


「どういうことですか?」


「えぇと、子どもっぽくないなぁというかぁ……」


「……そういうのがかっこいいと思ってるんですよ」


「そうですかぁ?」


 沈黙。

 さっきよりも長くて、気まずいもの。


「えぇと、カーテンはここに置いておきますねぇ? つけられますかぁ?」


「大丈夫です、ありがとうございました」


 二人して変な遠慮をしながら見送って、見送られて。

 ルアの後姿を適当に見ながら開けた玄関の扉を閉めようとドアノブに手をかけた。


「あ、ピンポンダッシュのこと聞けばよかった」


「ぴんぽんだっしゅってなに?」


「うわっ、びっくりした!」


「そんなに驚くようなことじゃないでしょ?」


「いきなり手だけ出てきたら驚くって」


 扉の裏から回ってきた、見覚えのある手。

 それがシュートの手首をつかんでいた。


 まるでホラー映画のワンシーンにでもありそうな展開。

 けれど犯人は黒髪。

 それこそ聞きなれた声だった。


「姉さんは部屋に戻んないの?」


「ティスに怒られるからね。今日は泊めてね」


「あ、そんな勝手に……」


「お姉ちゃんだから?」


 シュートのため息。

 それにづかないようにずかずかと入り込んできたキューレは、迷うことなくベッドにもぐりに行った。

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