第12話 にぎやかな食堂
黒髪を濡らした少年はため息を漏らした。
ついさっきまで姉が体を預けていた浴槽。
ついでに目を覚ましたフェイが乱入したお風呂場。
この世界の、この寮に来てからというもの同じような感覚になっていた。
―――デジャブが多すぎる。
誰が入って、使っていたかは問題にはならない。
むしろ何を使っていたかにため息が出る。
シュートは最近で一番大きな息を漏らしてから、目の前のボタンを押す。
直後、壁にかけられたままのシャワーヘッドは当たり前のように水を止めた。
……久しぶりですね、シャワーさん。
……なんかちょっと冷たくないですか?
そんな独り言を思いながら、浴場を後にする。
十年ぶりのシャワーは、お湯に水を混ぜたようにぬるくて、快適とはいかなかったがそんなのはどうでもいい。
ただ、科学でも魔法でもやろうとすることは同じなんだなと、天才たちに敬意を払いたくなっている。
そんなどうでもいいことを考えていたシュートは、早々と服を着て、リビングに向かう。
「ほんとに何してたの? 窓割るなんて」
リビングに入って第一声。
姉の呆れたという声が漏れた。
「シュートくんもう窓割っちゃったんだ~? ノアさんが怖いぞ~」
「部屋を壊すとノアさんは怖いからね」
「さすがキューレちゃんは、何度も壊してるだけあるね~!」
「だからあれはティスミンだって」
「わかったから怒んな~い!」
寝巻、というか軽い服に着替えた黒髪と一部黒髪が戯れていた。
キューレはご機嫌斜めに割れた窓を見ているが、フェイはそんな彼女の膨らんだ頬をつついている。
二人がお風呂に入ってる間にガラスは拾っておいたので、足元は問題ないはずだ。
「……まぁいろいろあったんだって。ほんとに」
「シュートくんもおっちょこちょいさんなのかな~? キューレちゃんと一緒で~」
「姉さんと同じ?」
「そ~! キューレちゃんも寝ぼけてばくは―――」
「フェイ! それは絶対に秘密」
慌ててフェイの口をふさぐキューレ。
なにかとんでもないことをやらかしたのは、フェイの言いかけた言葉で察した。
キューレはどうしてもその話をしたくないようで、別の話題に変える。
「ご飯、食べに行かない? お姉ちゃんはお腹すいたんだけど」
「あぁ、うん。僕もお腹は空いてる」
「じゃあ決まりね。フェイはどうするの?」
「フェイさんもお腹すいたんだけどね~……この前ノアさんにお酒入ったまま来るなって言われて~」
「また何かしたの?」
「な~んにも! 近くの子に晩酌付き合ってもらおうとしただけで~」
「それはフェイが悪い」
即答でフェイにジャッジメントするキューレ。
フェイは軽くぶーたれながら自分の髪に触れた。
黒かった髪は少しずつ白く輝きを取り戻していき、それに満足したように割れた窓に近づいた。
「じゃあフェイさんはにゃんこたちにいやしてもらってくるから~。シュートくんはハーくんと仲良くね~! キューレちゃんもだよ~?」
「え、フェイなにやって―――」
「じゃ~、またあとで~」
「は!?」
キューレの言葉を切りながら、外に飛び出たフェイ。
もちろん窓から。
シュートからすれば本日二回目の出来事で、ため息を漏らす程度だが、キューレは生まれて初めてらしい。
空いた口が閉じないようだった。
「この人たちに魔法教わるの、嫌だな……」
シュートはリビングから逃げるように踵を返した。
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学園食堂。
机と椅子が一対四くらいで置かれていて、夕飯時というのもあって多くの生徒が集まっている。
シュートたちも夕食を食べにやっては来たものの、多くの生徒と鋭い視線にあてられていた。
「ココじゃご飯は食べたくないかな」
「それは同感。だからちゃんと個室は取ってあるよ?」
「個室なんてあるんだ?」
「人気……ていうか普段は人がもっといるからめんどうなんだけどね。まだ人少ないしそんなに手間じゃなかったと思うし」
「なにその誰かに頼んだみたいな言い方」
「実際頼んだからね」
「……」
彼女ががいじめられたりするのには、黒髪以外に別の理由がありそう。
というか絶対にある。
殺した目で姉を見るシュート。
それにため息を吐いたキューレがしょうがないなと人さし指を前に出した。
「今日は私がおごってあげる。なにが食べたい?」
「おごるって……お金必要なの?」
「お金って言うか……まぁ似たようなものはね」
「それだと僕は明日から何も食べられないんだけど」
「無料のもあるよ? それも普通においしいけどやっぱり買った方がおいしいもの多いしね」
「ふーん」
「で? どれにするの?」
指をさしたままのキューレが笑みを作りながら首を傾けた。
その先には名前とボタンがあるだけの大きな箱があった。
と、シュートじゃな買ったら謎に首を傾けていたかもしれない。
けれど彼からすれば、何とも懐かしい。
それこそ十年ちょっとぶりの券売機だった。
「高校じゃ外食とかしなかったしな……」
懐かしさにため息を漏らしながら、ボタンに手をかざすシュート。
そしてそのままの勢いで押そうとした手を、急にキューレが止めた。
「待った。文字が読めないわけじゃないよね?」
「もちろん」
「なら何で無料の日替わりを頼むの?」
「どうせ毎日これなら、今日もこれでいいかなって」
「シュート……」
呆れたような、納得したような表情のキューレ。
シュートは腕を放されて、日替わりのボタンを押した。
瞬間。
―――ピッピッピッピッピピピピピピ。
「何やってんの!?」
「ちょっと腹が立った。それだけ」
「なんかいっぱい出てきたんだけど!?」
シュートの驚きを無視して、キューレが券売機の説明を始めた
「そこに家の鍵を当てると無料以外が購入できるから」
「無視しないでくれる? どうすんのこんなにいっぱい」
「とりあえず全部拾って、持ってきて?」
「いや、だから食べれないでしょって!」
「後ろ、いっぱいならんでるでしょ。邪魔になるから行くよ」
「ちょっと待てって! 姉さん!」
ただでさえ黒髪で目立っていた二人は、姉弟喧嘩ともいえる声でさらに視線を向けられていた。
その中には、別の姉妹も混じっていたようで。
シュートはいくつかの券を重ねたまま、ふんふんと鼻を鳴らして、上機嫌な姉の後について個室に向かっていく。
姉たちの視線には気が付かないままに。
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同時刻学園食堂。
少し離れたはじっこの席で、金髪二人はおいしそうにとお肉を咥えていた。
「ミューリ姉さま! これおいしいですね!」
「でしょでしょ? これみーのおすすめ!」
「おかわりしてもいいですか!?」
「ふっふっふー! 今日はみーに任せてっ!」
「姉さま大好きー! お肉も好きー!」
上機嫌な姉妹。
お肉を食べて、飲み物を飲んで。
楽しそうな食事だ。
「何やってんの!?」
遠くから叫び声が聞こえるまでは。
もともと黒髪が食堂に来ていたのは気が付いていた。
けれど気にしないように無視をして、無理に雰囲気を上げていた姉妹。
「二人はなんか楽しそうだね?」
「私たちの気も知らないでひどいですね」
「「はぁ……」」
金髪のため息が重なった。
「姉様、私、ちょっとお腹いっぱいになりました」
「うん、みーも」
「じゃあ、これ食べたらお部屋にもどりましょう!」
「そうだね!」
黒髪たちとは別の意味でも視線を浴びているミューリとリューネ。
彼女たちが部屋に戻るのは、あと数回おかわりをした後だった。




