第10話 突然の訪問者
ベッドの上。
膝に黒猫を乗せているフェイが、自分の髪を撫でていた。
ただただ薄い金色の髪を、軽くつまむようにして流していく。
そしてそれは、一部の暗闇を生んでいた。
「―――? 黒髪って……え?」
「見ての通り、フェイさんは黒髪さんだよ~。キューレちゃんに聞いてると思ってたけど?」
彼女の金色は指に沿って、黒く、シュートと同じ色になっていた。
その行為はまるで、汚れをふき取るようなしぐさ。
「髪が黒いと目立っちゃうからね~。魔法さまさまだよ~」
シュートが目を見開いて固まる。
何かに思い当ったように、固まって思考する。
「フェイって兄弟とかいるの? ―――姉とか」
「……? 確かにお姉ちゃんが一人だけいたらしいけど、フェイさんは会ったことないからな~……それに十年位前に死んじゃったって聞かされてるし~?」
「そっ……か。フェイって僕の父さんとはどういうつながりなの?」
「フェイさんの育て親と、シェイドさんが知り合いだったのかな? まぁその辺はテキトーってやつだよ~」
「じゃあ。―――母さんとは?」
シュートが黒髪になったフェイを見て、それこそ一目で重なった人。
見た目も話し方の雰囲気も、まるで自分の母と話しているような気分。
首をかしげながらフェイが答える。
「話したことも会ったこともないよ~? 髪の毛が私と同じ黒ってことくらいしか知らないし?」
「ふーん。ありがとう」
「なんで一人で納得してるの~? まぁ、質問いっぱい答えたし今度はフェイさんの番だよね~?」
「え、そうなの?」
「もっちろん! それでそれで~? 誰が一番好きなの~?」
「……は?」
フェイの突拍子もない質問。
間の抜けた声がシュートの口から漏れる。
「シュートくんは誰が一番好きなの~って! お姉ちゃんの中でっ!」
「……より分からなくなったんだけど」
「さっきリューネちゃんに会ってきたんだけど、やっぱりかわいいかった~! ってことで誰が一番好きなの~?」
むふふんと、顔を近づけてくるフェイ。
「別に誰が好きとかないって」
「照れちゃって~。キューレちゃんみたいでかわいいな~!」
シュートのほっぺを人差し指でつつく。
立ち上がったフェイから離れた黒猫、ハーくんはシュートの足に巻きつくように寝ころんだ。
「あっはは~! ハーくんがちゃんと浮気をしてる~!」
つつきを早めるフェイ。
シュートは足に纏わりつく黒猫のせいで後ずさりができなくて。
「やめて。っていうか浮気ってなにさ?」
「言葉通りの浮気だよ? ヴィスキャトっていう種族は魔力に魅かれやすいってこと~」
まぁフェイさんとの契約は切れないんだけどね~と、つつくのをやめたフェイがベッドに腰掛け直す。
「契約? ただの飼い猫ってわけじゃないの?」
「そういう話、キューレちゃんとかとはしないの~? まぁ、らいしけどさ~?」
「全然しないかな。でも、タンクさんとこのカナットみたいな感じってのはわかるよ」
「あぁ~、あのお馬さんね~……あれはちょっと違うんだけど……まぁ、まったく違うってわけでもないかな~?」
首を傾けて、自己解決を始めるフェイ。
しゃがんで黒猫とたわむれ始めたシュートも首を傾げた。
「この学園の高等部……十五歳からだったっけ? の人たちのほとんどは授業で契約するんだよ~」
「じゃあペットショップで買ってるとかじゃないわけ?」
「ぺっとしょっぷ? まぁ、ハーくんは飼ってるみたいなものだけど~」
「あぁ……そういう生き物を売ってる場所とかってあるのかなって」
「ん~。ないこともないけど、契約できるのは魔力を帯びた子―――魔獣とかそういう類の子だからな~」
「魔獣ねぇ……」
【魔獣】といわれて、どこかの大木を思い出す。
初エンカウントで襲われているのを見ているシュートからすれば苦い顔をするしかなかった。
「そんな怖い顔しなくても、ハーくんは人を襲ったりしないよ~!」
「……まぁ信用はしとく」
【魔獣】にも種類があるらしい。
平均的に言うと《マグリアツリー》のような最初から攻撃してくるのもいれば、《ヴィスキャト》のように好戦的ではないもの。
けれど種族どころか、個体別に性格があるようで。
「あ、でも学園の中で真っ白な猫にあったらあんまり近づかないよ~に! というか目も合わせないよ~に!」
「白猫?」
「イーくんって言うんだけど、いっつも機嫌悪いから噛みついてきちゃうの~」
それが可愛いんだけどねと、微笑んだ。
もしかしたらこの人は、シェイドタイプなのかもしれない。
「その子もフェイと契約してるの?」
「フェイさんは、ハーくんとイーくん以外にも四匹と契約してるんだよ~」
「何匹も同時にできるんだ?」
「その辺は授業でやるところだよ~」
「……そうだね」
シュートが諦めたようにため息をついてから、足元の黒猫を抱きかかえる。
すると、それを見ていたフェイが体を寝かせて。
「じゃあ、フェイさんは少し眠るからハーくんと仲良くね~」
「いや、まだ愛ベアの人と部屋とか決められてないんだけど?」
「こういうのは早い者勝ちだからね~! ……あれ、それじゃあここはフェイさんの部屋になるのでは?」
「ならないよ! 僕の部屋を盗らないでくれ」
「じゃあ、今日だけね~! これからはハーくんが居座るんだし!」
「なんでハーくんが?」
「その子が手紙を運んでくれるんだよ~。シュートくんのお姉ちゃんたちに~」
「あぁ、そういうこと」
「そうそう、じゃあフェイさんは眠るけどシュートくんはどうするの~? 抱き枕になってくれたり―――」
「しないよ。てきとーにほかの部屋とか見ようかなって」
「ざんね~ん……ぐぅ」
「え、もう寝たの!?」
微塵も悔しそうな声ではない明るさに、再度ため息をついたシュート。
一瞬で眠ってしまったフェイを起こすまいとゆっくりと部屋から出ていく。
「……にゃー」
「……」
「にゃー……」
抱えた猫の顔を覗こうとしながら、鳴き声をまねるシュート。
けれどハーくんはそっぽを向いてしまって。
「……なにやってるんだか」
「みゃー!」
「いま鳴くんだ?」
苦く笑いながら黒猫を床に逃がす。
足元から離れないハーくんと一緒に、廊下の奥にあった扉を開けてみる。
その先、少し前にも見た空間が広がっていて。
「内装はほとんど一緒なのかな?」
キューレとティスミンの部屋と、まったく同じ大きさのリビング。
小物や散らかりがなかったりするのを覗けば、冷蔵庫やソファなどなどが設置されていた。
他に違うのといえば、姉たちの部屋ではカーテンがかかっていたらしい部屋の一辺には、水族館張りの透明なガラス窓が部屋を明るく照らしていて。
「これはカーテン買って来なくちゃいけないのな?」
窓に近づくシュート。
黒猫はさも当然のようについてくる。
「ん? でも街に行くのもそうだけど、無駄遣いできるほどお金貰えてないぞ?」
そもそももらったお金は、相場ならお菓子を少し買える程度。
その辺は学園の制度か、なにかあるのかもしれないがシュートは疲れ切っていた。
「んー」
どうしようかと黒猫の顔をうかがう。
だが、それまでずっとシュートに付き添っていた黒猫は、目が合った瞬間になぜか遠くへ逃げ出して。
首をかしげるシュート。
なぜ目を合わせてくれないのか。
―――違う。
黒猫、ハーくんは目を逸らしたかったわけではなかったかもしれない。
ただ、逃げ出したかったのだ。
窓の近くから。
首を傾けたシュートが、窓を見直す。
―――バリーンっ!
「―――っ!?」
気持ちのいい破壊音。
シュートはこういう音が好みではあるが、ただただ目を丸くした。
ガラスを破壊した、衝突したそれは。
―――人間だった。
どこにでもいるごく普通の人間。
空を飛んで、窓に当たって、割るようなごく普通な人間。
スタントが多い映画ならどこでもありそうな状況を作った人に、引きながらインタビューしてみるシュート。
「……誰!?」
血まみれのように真っ赤なその人は、長い髪をザバッと持ち上げて。
シュートに向かって立てた親指と、真っ白な歯を輝かせていた。




