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目覚めた世界に姉がいた。  作者: かがり
第二章 学園入学の決定事項
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第9話 透明な助っ人

「ティスミンは怒りすぎじゃない?」


「十分普通の反応だったと思うけど……」


「だからってこんな、水かけることなかったでしょ」


「それ、僕も巻き添え食らってるんだけど」


「最近はいろんな人にびしょ濡れにされてる気がする」


 閉じられた扉の前でため息を吐きながら、濡れた黒髪を絞る姉弟。

 パンツで遊んでいたキューレは、部屋に戻ってきたティスミンに水で洗い流されてから、そのまま外に放り出されていた。


 シュートはそれに巻き込まれて、不本意に目を殺している。


「しょうがないからシュートの部屋に行こう? 優しいことにシュートの荷物は外に出してくれたし」


「まぁそれしかないよね。で、どうすればいいの?」


「とりあえず戻る」


「さっきのエレベーター? っていうかなんて言う名前なの?」


「エレベーターはエレベーターだよ。わかってるでしょ?」


「いや、全然わかんないんだけど」


「……? まぁ何でもいいから戻るよ」


「あー、うん」


 面倒くさそうにキューレが歩き始める。

 シュートも面倒くさそうに、考え事をしながら荷物を拾ってついていく。


 左側には扉がいくつも並んでいて、右側にはたまに雑談スペースのような椅子と、別の棟に行くための廊下が繋がれたりしている。


 そんな代わり映えのしない光景に、シュートが首を傾けて。


「エレベーターってどこだっけ?」


「んー、忘れた」


「えー……」


「たぶん、もう少し先でしょ?」


「濡れたまま歩き回るの嫌なんだけど……」


「それはお姉ちゃんも同じ。できれば早く……あー」


「どうしたの?」


 言葉を切って足を止めるキューレ。

 明らかに嫌なものを見る顔を作っていた。


 その表情に、首を逆に曲げたシュートも理由に気づく。

 遠く、後数十歩ほど進んだ先から甲高い鼻歌が響いている。


「なんか嫌な予感がするんだけど」


「とりあえず後ろに退避かな」


 キューレの声を合図に高速で踵を返す姉弟。

 だが、残念。

 鼻歌は思ったよりも早く移動していたようで。


「あっれれ~? キューレちゃん、おっひさ~!」


 鼻歌を止めて、頬を赤く染めた大人っぽい女性が、上機嫌に近づいて。

 キューレに抱きついた。


「……」


「無視~? 無視虫なの~? このフェイさんを無視虫しちゃうの~?」


「……お酒の飲むなら自分の部屋でって言ってるでしょ?」


「まだ来てる人少ないんだし問題ないって~」


「少なくとも私来てるんだけど?」


「あっはは~! 思ったより早かったよね~。あとで晩酌に付き合ってね~!」


「一人でやってて。私はシュートの部屋に行かないといけないの」


「っと、シュートくん初めまして~! フェイさんだよ~! シュートくんは晩酌に付き合ってくれるよね~?」


「できることならお風呂入って、そのまま眠りたいんですけど」


「ってことで、私たちはそろそろ行くから」


 キューレに体を預けた状態のフェイがぺこりと首を下げる。

 シュートが目を逸らしながら逃げようとしていると、フェイの腕を強引にどかしてキューレが歩き出す。


「おっと~! シュートくんのお部屋ならフェイさんがわかるから一緒に行こ~」


「なんで知ってるの」


「これから毎日行かなくちゃだからだよ~? もちろんキューレちゃんのお部屋もわかるしね~」


「来るのはフェイじゃないでしょ」


()()()()()が行くんだから同じだと思うけど~? あ、またティスミンちゃんを怒らせたの~? フェイさんも濡れちゃったよ~?」


 上機嫌そのままに子どもみたいに頬を膨らませるフェイ。

 彼女の白に近い金色の髪が、しっとりと濡れている。


 どうやらキューレは、たびたびティスミンを怒らせて、びしょ濡れにされているらしい。


「とりあえずエレベーター行くよね~? あ、もしかして道に迷ってた~? 逆走してたし迷ってたよね~!」


「フェイから逃げただけ」


「逃げなくてもいいのに~!」


 実際エレベーターを探してはいたが、彼女から逃げようと踵を返したので間違ってはいない。

 ただ、ほんの少し強がりが混ざっていただけ。


「ほらほら~! こっちだよ~」


「あーもう、引っ張らないで!」


 フェイに腕を引かれるキューレ。

 当たり前のように後をついていくシュートは、それこそ当たり前のように目を殺していた。


「あ、さっき喧嘩してる子たちがいたから、さささって入ってね~?」


「喧嘩って、フェイさんが止めるべきなんじゃないですか?」


「フェイさん、指導は専門外だよ~」


 開いた扉に、勢いをつけて乗り込むフェイ。

 キューレもシュートも、ちょっと駆け足で入室。


「シュートくん、鍵は貰ってるよね~? そこに当てて~」


「え、はい」


 なぜかキューレの腰に両腕を回して抱きついているフェイの人差し指の先。

 入り口の横に設置された基盤にカード、当てて。


 扉が閉まる瞬間。

 大きな爆発音が、シュートの鼓膜を揺らした。


「なにいまのっ!?」


「喧嘩ではよくあることだよ~」


「なんでさっき止めなかったんですか……」


「キューレちゃんもたまにやるもんね~?」


「え、姉さんもや―――っ!?」


 急降下と急旋回。

 最近のシュートが毎回のように絶叫する、ジェットコースター的移動だった。

 それはさっきよりも長く、勢いをつけて進んでいた。


 そしてやっとのこと止まったときには―――

「あっはは~! これいつも楽しいよね~。楽しめないなんてキューレちゃんはもったいないな~! ってもしかしてシュートくんも怖がり~?」


「わ、私は怖がってない。シュートは怖がりだけど!」


「強がりキューレちゃんかっわい~」


「……」


 からかっているのか、本気で言っているのか、フェイが抱きつく力を強めた。

 その前で手をついて、涙目のシュートが嘆く。


「忘れてた……」


「怖いならこっちの使わなければいいのに~」


「あっちは人が多いからこっちの方がまし。シュートもそう思うでしょ?」


「そもそも別のがあったの知らないし、僕的にはそっちの方が良いんだけどっ!?」


「でもシュートくんのお部屋的にこっち乗った方が近いと思うよ~」


 言いながら抵抗しないキューレを運び始めるフェイは、外に出て数歩のところで立ち止まった。


「ほら、ここがシュートくんのお部屋だよ~」


「良心的な方のエレベーターがどこで止まるかによっては、この近さを諦めずにはいられないんだけど」


「ここは反対側だから~……三十分くらいかな~?」


「どんな構造になってんだよ……」


「気になるなら一緒に探検しよっか~?」


「いや、一人で―――」


「減るもんじゃなっし、いいよね~!」


「……はい」


 強引な口説きにため息を吐きながら、頷くシュート。

 キューレが早く扉を開けろと、睨み付けてくる。


 姉の部屋のときよろしく基盤にカードキーを当てると、器械的な音を出しながら開いていく扉。


 シュートの新しいお家には、誰よりも先にフェイが入っていった。

 いつの間にか解放されていたキューレが、大きくため息をついて。


「このままだと巻き込まれそうだから、お姉ちゃんは自分の部屋に帰るね」


「あの人も連れて行ってくれない? ここに置いていくのはやめて欲しいんだけど」


「なにか話すこともあるんでしょ。今のうちにお姉ちゃんは帰るの!」


「僕に押し付けな―――」


「シュートく~ん、フェイさんは左のお部屋がいいと思うの~」


「あ、ちょっと勝手に入んないでくださいっ! って、あ! 姉さん逃げるなっ!」


「ついてきてあげたんだから、文句言わないで? それじゃっ!」


「あ、そのエレベーター―――」


 満面の笑みでフェイを押し付けたキューレは、自分の部屋があるところまで戻って行った。

 もちろん超高速。

 軽く悲鳴が聞こえたのは聞かなかったことにして、シュートも入室。


 荷物を適当に置いてから、フェイが入っていった部屋に顔を出して。


「って、寝てるっ!?」


 素でに設置されていたベッドの上で、枕に顔をうずめているフェイ。

 呆れながら近づいたシュートを引き込むように起き上がって。


「寝てまっせ~ん」


「なんで抱きついてくるんですかっ! ていうか酒臭い!」


()()()()()は匂いにも敏感だからだよ~!」


「さっきから言ってるフェイさんの子ってなんなんですかっ? ていうか離してくださいっ」


「じゃあ、敬語禁止ね~?」


「……は?」


「名前もキューレちゃんみたいに、フェイって呼び捨てにしてね~!」


「いや、それは流石に―――」


 シュートの否定に、頬を膨らましたフェイが腕に力を込めて、逃がさないようにがっちりとホールドした。


「わかったから、離して!」


「じゃあ、フェイさんの名前は?」


「……フェイ」


「よし。ごうか~く」


 パッと緩んだ力から抜け出して、立ち上がるシュート。

 すぐに振り返ってベッドの上のフェイを見下ろす。


「猫? いつの間に?」


「あっはは~。やっぱり見えてるんだね~! さすがキューレちゃんの弟だ~」


「その言い方だと、普通は見えないみたいな言い方だけど?」


「そのと~り! この子は、ハーくんだよ~!」


 言いながら膝の上の猫を撫でている。

 気持ちよさそうに欠伸をする黒猫は、普通のどこにでもいるような猫で。

 唯一普通と違うところは、ポーチを装備していることくらい。

 それでも人によってはおしゃれ的に持たせる人もいる気はする。


 そして、肯定された見えないという言葉に首を傾けたシュートが、手を伸ばす。


「普通に触れるし、何も変なところはない気がするけど?」


「この子はヴィスキャト、姿を隠す猫だよ~」


「姿を隠す?」


「魔力を纏って自分を隠すの。この学園全体でもこの子を余裕で見つけられるのは、シュートくんたち兄弟を覗けば、十人くらいかな~?」


 まだいるかもしれないけどと、《ヴィスキャト(ハーくん)》を抱きかかえたフェイ。


「―――でもこっちはキューレちゃんしか知らないよ~」


 その彼女の言葉と行動は、シュートを驚かすのには十分だった。

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