第1話 双子は誕生日
”初恋”というものは人によって大きく変わるモノだろう。
たとえば理由。
一目惚れでも、助けられたでも、容姿にお金など、さまざまだ。
けれど恋に理由なんて必要ないはずで、好きに度合いを付けるのはよくない。
だからこそ大切なのは結果なわけで。
告白して成功する、失敗する。距離を置かれる。「お友達じゃダメかな?」から始まる依存。ストーカー。「ボクのものにしたかった……」などなど、それこそ五時のニュースで取り上げられるものまで存在する。
だが多くの人が目標とするのは、”結婚”だろう。
結婚までの道は長いし、結婚してからも困難は続く。
それでも多くの人はそれを望む。
けれどキスでも同棲でも、恋人で充分じゃないか。
というか恋人が憧れるのは結婚より、同棲の方が大きいと思いまーす。
一緒にいられればいいんでしょー。違いますか。
そんな個人的見解の中で見事、一位を獲得した同棲。
この理論の中なら同棲できれば、勝ち組といっても問題ない。
恋人に限らず、可愛い、またはかっこいい異性と一緒に生活できればその人は超絶勝ち組そのものだ。
勝ち組おめでとう。
心の中の誰かが笑いを堪えながらそんなことを言ったような気がして―――
「がぶっ」
少年が骨付きチキンに噛みつく。
寝起き二十分程度の閉じかかった目で、朝からチキンを不機嫌に満喫していた。
少年は黒い髪を揺らしながら皿の上にあったチキンに手を伸ばす。
瞬間。
一人の手と重なって―――目にも留まらぬ早業でチキンを強奪していった。
黒い髪の少年。”シュート・フィルハード”はチキンを奪っていった相手を見て、目を殺した。
その目線の先では、肩にかかる程度の金色の髪を後ろで一本に結んだ少女が、勝ち誇ったような表情を作っていた。
「私の方が早かったもんね!」
「……はぁ」
「ため息つくと幸せが逃げちゃうよー?」
「もう逃がしたあとだから!」
「そういうこともあるよねー」
言いながらチキンにかぶりつく少女は”リューネ・フィルハード”。
シュートの双子の姉で、食いしん坊な女の子。
だが、双子といっても二人の容姿は全く似ていない。
同じ母から同じ日に生まれたというだけで、髪の色から顔の造形、記憶まで、この双子はちょうど十年も前に生きていた世界のまま。
もっと言えばそれを幼くした姿だったからだ。
十年前のリューネの名前は、”咲良愛華”。
名前だけならまるまる日本人だが、母親がアメリカ人のハーフだったらしい。
母の髪色を受け継いで、顔もかわいかったせいでとても目立っていたようで。
そんな彼女にひそかに恋心を抱いていた少年たちの一人。”三枝集”が、日本にいたころのシュートの名前だった。
当時はいつも自分の机で一人きりの、ぼっちライフを過ごしていた。
そのためこの二人の共通点は、通っていた高校が同じだったことと、最寄りの駅が同じだったことくらいだ。
だからって一緒に登下校してたことなんて一度もない、たまに一方的に見惚れる関係。
とどのつまり、高校外でも無関係な二人。
それがどうして双子になって、ご飯を取り合って、同じベッドで寝ているのか。
どれもこれも十年前に二人が会った、赤毛の女の子が原因なのは確定している。
他を挙げるなら、二人同時に電車に轢かれてぐしゃぐしゃになったことくらい。
死地どころか死を一緒に体験した二人は、晴れて異世界で双子になりました。
残念。
双子じゃ恋はできない。
目も当てられないような現状に、ふざけるなよといった顔で、他のチキンに手を伸ばす。
「それみーの!」
シュッと入った邪魔がシュートの狙っていたチキンを持って行く。
「……」
「早いもの勝ちだよね! シューくんごめんね!」
リューネの隣でチキンを食べ始めたほん少し大きい金髪の次女。
双子より一才だけ年上の”ミューリ・フィルハード”はニコニコとしていた。
奥歯に力を込めるシュート。
怒りは金髪の姉たちの笑顔に鎮められて。
お皿に乗っかっていた最後のチキンに手を伸ばして―――手が重なった。
「……どう考えても僕のじゃない?」
「シューはサラダを食べるのがいいと思うよ? 栄養あるよ!」
双子が両手で押し合いを始める。
二人とも黒い笑みを浮かべながら手に力を込めて。
「じゃあ、一番年上だし、みーが食べるね!」
双子の腕の間を抜けてミューリがチキンをかっさらった。
そしてそのまま口に近づけて。
―――ミューリの腕を妹が捕まえる。
「私のです!」
「みーのだよ!」
離れたところにいる蚊帳の外状態のシュート。
ちょっと涙目。
目の前で起こる、第一次骨付きチキン争奪戦。
勝者は―――
「お姉ちゃんが食べるで満場一致?」
黒髪を腰辺りまで伸ばした長女。
”キューレ・フィルハード”が二人の取り合うチキンに噛みついた。
「「あああああ!」」
突然登場したキューレに、金髪二人は頬を膨らました。
少しして、ミューリが不満いっぱいな顔を横に傾けて、およっと、声を出す。
「なんでおにぃ、そんなにぼろぼろなの?」
「ここに来るまでにいっぱいぶつけたからかな」
キューレが後ろを振り返って、足元に転がる金髪の男を見下ろした。
彼はこの家の長男。”ディール・フィルハード”。
シュートたちとは七才離れているし、キューレよりも四才は上だが、これはいつも通りの扱い。
むしろいつもより傷が少ないように見える。
今日は運がよかったのだろう。
そんな兄を放置したキューレは、シュートの横に座って口を開ける。
「……私のご飯は?」
「あの二人のお腹の中。ちなみに僕のも同じとこ」
シュートは両手の人差し指だけ伸ばして、目の前の二人を指さす
黒髪二人は同じような顔をしながら、まだ残っていたサラダを口に運び始める。
ザクっ、サクっと気持ちのいい音を立てていくサラダ。
手を止めたキューレのため息と同時に、ゆったりした大人の声が聞こえて。
「追加焼けたわよ~」
黒髪二人への朗報。
言いながらやってきたのは、大きな盆に大量のチキンを乗せたカレンだ。
彼女はシュートたちの母親であり、蒼を帯びた黒髪を揺らしながら近づいてくる。
そんな母を見た二人の目は当たり前のように輝いて―――金髪が膨らんだ。
「「わぁぁぁぁ!」」
「お姉ちゃんの分食べときながら、まだ食べる気なの?」
「……先に何個か確保しとこ」
黒髪よりも喜ぶ、ミューリとリューネ。
彼女たちのお腹の中はたぶんブラックホールなのか、穴が開いているのだろう。
これまたいつものことながら、シュートとキューレがため息を合わせた。
この家庭の黒髪と金髪は、テンションに大きな差があるせいで、性格で組み分けされているのかとさえ思う。
そして誰も兄のことを気にしないまま、すごいスピードでチキンはなくなって。
七割くらい金髪組のお腹の中に入っていった。
それでもみんなお腹いっぱいになったようで、お腹を撫でていた。
シュートが満足にお腹を膨らましていると、遠くから声が聞こえて。
「さぁみんな、ケーキの時間だよ!」
言って大きなケーキを運んでくる、ブロンド長髪の男。
”シェイド・フィルハード”は嬉しそうに近づいてきた。
彼はこの家の主。つまりシュートたちの父である。
けれどシュートたちは心の一部ではそのケーキを歓迎していなかったりする。
味はおいしいのだが、生理的な意味で拒絶反応があった。
そんなことも知らないシェイドは、自分で作ってきたケーキをシュートたちの前に置く。
「リューネ、シュート。食べる前に話があるんだ。前から言っていたけど、十歳を迎えたらしなくてはいけないことがある。覚えているかい?」
「何かあったっけ?」
リューネが弟の方を向いて首を傾げた。
興味のないことはパッと忘れてしまうのがこの姉だ。
ため息交じりの困った顔で、シュートが答える。
「知らないよ。第一父さんの話なんて僕が覚えてるわけないじゃん」
だよねーと、納得するリューネ。
ひどい言いようの双子を見て、シェイドは目頭を押さえてうつむいた。
「シュートが私を……これが親離れかい……?」
頬を真っ赤に染めて、満面の笑みを浮かべている。
これがあまり歓迎していない理由。
この父、シェイドはドが付くマゾヒストなのだ。
哀れな父の姿に、子どもたちは蔑むような目を向けて―――
「そんな目で私を見ないでくれ……興奮してしまう……」
「「「「うわぁ……」」」」
ドン引きの声まで上がった中で、シェイドは顔を赤らめて咳払いをした。
「きょっ、今日は本当に大切な日なんだ! 本当に。だからそんな目で見ないで欲しい。カレンさんがいっぱいいるみたいで興奮してしまう……」
可能な限りの平静を装っているようだが、口の端からヨダレが垂れている。
ぜひ拭って欲しいと思いながら、一度顔を合わせて双子が父に向きなおす。
「それでお父さま。誕生日が大切なのはわかりますが、そんな畏まることですか?」
「そうなんだ! 十歳の誕生日は今までよりずっと大切だ。もちろん来年はそれ以上になるけれどね!」
今日は双子がこの世界に命を授かった日。
双子の十歳の誕生日だった。
シェイドは一度昂ぶった感情を、再度咳払いで治めてから話を続る。
「フィルハードの家では十歳を迎えた子供が、本人だけでしなくてはいけないことがある。ここの町外れに教会があるのは覚えているね? 何度か連れて行ってあげた場所だ。その場所に特別な水が汲まれていてね。用意されているグラスでそれを飲むだけの簡単なことだよ。わかったか……い?」
今日の予定を一方的に説明してくる父だが、話を聞いている人が減っているのに気づく。
目を見開いた父の目には、ケーキを奪い合う娘たちと、見守る妻の姿が映る。
「……まぁリューには言っておくよ」
フィルハード家末っ子は涙を浮かべる父に、苦笑を漏らして答えた。
「シューも食べるー?」
「もちろん食べっ……むぐっ!?」
格好つけて顎に手を当てていたシュートの口に、ケーキがねじ込まれた。
シュートは慣れたように犯人を睨み付けながら、ベタベタする口周りを舐める。
「う”う”う”ぅぅぅ……」
何かのうめき声。
「シュー! お前今食べさせてもらってたな!? リューネちゃんに食べさせてもらってたな!」
「あれは押し込まれたって言うんだ! 兄さんの基準で判断するなよ!」
「知るかそんなもん! リューネちゃんの手を伝ってきたなら有罪だ!」
首に回る腕から抜け出そうと足掻くシュートをよそに、ディールは最愛の妹に懇願の目を向ける。
「リューネちゃん! 俺にも食べさせてくれ! シューだけなんてずるい!」
「嫌です。もったいないです。自分で食べてください。なんなら私のために食べないでください」
精神攻撃『完全拒否』を受けたシスコンの口からは魂が抜けて。
絶望で力の抜けた兄の腹に渾身の一撃が入る。
その後はディールを含めない四人が、両親に見守られながら強引にケーキを取り合っていた。
やはり味はおいしいのだ。
作者です
一章の文章の下手さは、ご愛嬌でお願いできませんか。
ダメですか。