第7話 みんなのお母さん
学生寮入り口。
豪奢な飾り付けの施された外装。
当たり前だが、フィルハード邸よりも大きな一面ガラス張りの扉。
その奥ではシャンデリアのようなものが煌めいていて。
タンクたちに別れを告げた後、黒髪二人は多くの視線を避けながらここまでやってきた。
シュートが目と口を、無意識に開けて立ち止まる。
「ちょっとこれは予想以上」
「こっちは裏だけどね? 表はもっと大きいよ」
「おぅう……」
ガラスの扉に近づくキューレ。
その後を追ったシュートが軽く声を漏らした。
「……自動ドア? でも電気でってわけじゃないよね?」
誰も、何も触れることなく横にずれていく扉。
それはまるで、コンビニなんかの入り口のような具合に。
「これも魔法?」
「もちろん」
純粋な驚き。
スッと入っていくキューレの後ろで、懐かしいような、真新しいようなものに目を丸くさせるシュート。
それもそのはず、学園という言葉だけで、シュートは今まで通っていた高校や中学を想像していた。
が、学園はその比ではなかった。
ただの学生寮で超高級レベルのマンションよりも豪華であろうエントランス。
どうやらエントランス部分の天井は吹き抜けになっているらしく、いつかの岩の巨人も十体くらい重ねて肩車できそうなほど高い。
外側から見えていたシャンデリアのようなものは、ずっと上の、見えないほど高い天井から、らせん状に垂れているらしい。
光度も高度も、高くてよくは見えない。
シュートがただ、感嘆にため息を吐く。
「驚くのはいいけど、ちょっと来て? シュートの部屋確認しないとだから」
「あぁ、うん」
「荷物はそこに置いといてね」
「了解」
キューレの指の先にある机。
すでにキューレは自分の荷物を置いていたらしく、いくつか乗っている。
言われたとおりに置くシュート。
そして体が軽くなった二人は、受付の前まで少し歩いた。
受付の窓口はいくつもあるらしいく、すでに受付嬢も、話していた子供も、黒髪二人に目線を向ける。
シュートはなんだか昔を思い出すような嫌な感じになった。
けれどそんなの知らないとばかりに、キューレが空いていた窓口に進んで。
「えっと、この子の部屋を確認したいんですけど」
「え……あぁ、えぇ。それではこちらに手を置いてくださいぃ」
「シュート。少しだけ流してね」
「少し?」
「魔力。それ以外ないでしょ」
「あぁ、うん」
若い受付嬢が出してきた、薄く青色に光っている半球のガラス。
少しず―――ボンッ。
薄い青色が、綺麗な青色になるまでは普通。
ただ今回は、それを一瞬で越えて深海みたいな色になってから、煙と音がシュートを襲った。
「おぅう……」
「だから少しっていったのに」
「いつも通りにやったつもりなんだけど?」
「いつもより少しってことに決まってるでしょ。おバカなの?」
「あ、どうせ姉さんも同じことしたんだろ!」
「……してない」
「嘘つけっ!」
「嘘じゃない」
「あ、あのぅ?」
受付嬢の困った声。
それに気が付いた二人は、あ、というように口を開けた。
泣きそうな、もはや涙をためている受付嬢。
キューレもシュートも、どうしたものかと顔を見合わせる。
「まぁたあんたの仕業かい? 本当にろくなことしないねぇ!」
言いながら近づいてきた、白髪の女性。
どうやらキューレとは知り合いらしい。
「今回は私じゃなくて、シュートの仕業です」
「シュートぉ? そりゃあいったい……まさかその子があんたの弟かい?」
「ほら、見ての通りです」
「あぐっ」
シュートの肩を引っ張って自分に近づけるキューレ。
さっきの暴発もあって周囲のすべての視線が、二人に向いている。
そのほとんどが、目の前の受付嬢のように、怯えたふうに興味を持っていて。
「なんでもいいけど、問題は起こさんでくれよ? まぁ姉がこれじゃあそんれも無理か?」
そんな微妙な視線と空気を、どうでもいいと切った言葉。
白髪に目を向けられたキューレは、爪を噛む。
「シュートって言ったね? もし次、同じことやったら飯を辛く染めてやる」
「……気を付けます」
「それにしても、一日で二回もこいつを壊されるなんてねぇ」
「二回?」
そのうちの一回はシュートが壊した。
シュートたちよりも早くに来ていて、彼と同じように壊した人物。
キューレはもちろん、シュートもすぐに答えにたどり着く。
「ああ、あんたと同じ新入生だよ。まぁあっちはあっちで有名になりそうなもんだったがね」
―――どう考えてもリューネだ。
学園が始まるのは、十日後ということもあり、人がまだ少ないということ。
シュートとは別に有名になりかねないこと。
そして、金髪組にはキューレのように忠告をしそうなのがいないこと。
忠告があってもシュートはやらかしたが、それぐらいの条件がそろってれば、十中八九でリューネだろう。
「まさかディールに、もう一人妹がいたなんてねぇ」
「……なんかすみません」
思わず口にしてしまった謝罪。
キューレに少し睨まれたが、白髪たちも気にはしてないらしい。
というか、さっきの謝罪とでも受け取ったのだろう。
「まぁ次やらなけりゃ許すさ」
「ありがとうございます……」
「それで部屋の確認だったね? ちょっと待ちなね」
「あぁ、はい」
言って何かを確認する白髪と受付嬢。
その隙を見計らったようにキューレが、耳打ちする。
「あの白いおばさんがノアさん。学生寮とかを管理してる人。それと倒れたりしたら目の前にノアさんがいるなんてざらだよ」
「看護的なこともしてるってこと?」
「多分ね? お姉ちゃんは苦手だけど」
「全部聞こえてるよ! まったく、感謝の気持ちもないのかい?」
「感謝はしてます。ただ倒れた日の薬草大盛りはいらないと思います」
「人も気も知らないでよく言うねぇ……なんなら今日の飯は特別野菜炒めにしてやろうか?」
「わぁ、ノアさんいつもありがとうございますー」
感情を押し殺したようなキューレの棒読み。
ノアは深くため息をついて、シュートに目を向けた。
「ほらこれ、あんたの部屋のカギだよ。なくしてもいいけど次からは作るのに、半日かかるからね」
「これがカギ?」
「ああ。なにか不満かい?」
「いや、なんか不思議なカギだなと思っただけです」
シュートが渡されたのは、一枚のカード。
とても薄くできているが、軽く力を入れても曲がらないほどには硬い。
シュートが名前通りに呼ぶなら、カードキーとでもなりそうなモノ。
「もしその形が嫌なら条件付きで変更はできるよ。まぁ使い方は、そこの姉にでも教えてもらいな」
「条件……?」
「それもそこの姉に教えてもらいな」
「何でもかんでも私にやらせないでくれますか? 説明はもともとノアさ―――」
「野菜炒めがそんなに食べたいか」
「何かあったらお姉ちゃんに聞いてねー」
脅され続ける自分の姉に、シュートが目を殺した。
今にでも爪を噛みそうなキューレが、笑顔を取り繕って。
「それじゃあ、まずはお姉ちゃんの部屋に荷物置きに行こっか?」
「あぁ、別にいいけど」
「よし、じゃあ行こう」
シュートの手を、逃げるように引くキューレ。
だが、残念。
すぐに呼び止められてしまった。
「キューレ。あんた自分の部屋変わってるの忘れたのかい?」
「……あ、そういえばそうだった」
「まったく……ほら、新しくしてあるからちゃんと着けていきな」
「―――っと。ありがとうございます。ちなみに同室の子は変わりました?」
「変わってない。ティスのままだよ」
「あー……そうですか。ではまたっ!」
今度こそとばかりにシュートを引いて荷物の方に戻っていくキューレ。
それを、ため息交じりに見送りながらノアは壊れた半球を拾った。
「まったく、ろくなことしないねぇ。ルア、お前はもっとピシッとしな?」
「そんなこと言っても、目の前でこんなことされたらびっくりするよぉ……黒髪の子を見たのも初めてなんだからぁ!」
「箱入り娘も大概にしておきな?」
「それじゃあ、お母さんが外に出してないことになっちゃうよぉ?」
「屁理屈は良いんだよ。だいたいこれくらいなら、お前にだってできるだろ?」
「お姉ちゃんみたいに無意識でできちゃうほどじゃないからなぁ。それにやっぱり黒髪だったのも……」
「はぁ……そんなのは関係ない。あと、お前らも仕事の手を止めないっ!」
ノアと一人の若い受付嬢。ルアは、同じ色の髪を揺らしながら軽口。
そして黒髪たちにくぎ付けになって、ただただ傍観していた受付たちに一喝。
全員が、すぐに仕事に戻っていった。
そんな受付よりずっと遠く。
吹き抜けの二階から下を覗いてる影は。
「あれがキューレの弟ですのね……ふふふっ」
まるでオチのためだけに出てきたような少女が、笑みを浮かべていた。




