第3話 安易な別れ方
木々に囲まれた広場。
シュートたちが出発して四時間ほどで着いた広場は、行商人や旅人達の交渉話でにぎわっている。
そんな中、御者兄弟はシュートやキューレが見られないように、人気のない所に止めてくれて。
そのおかげで長い客室移動から、芝生に寝転ぶ時間を二人は楽しんでいた。
「……ほんとに髪が黒い人って全然いないんだなー」
さっきまで馬車の裏からこっそり周りを見ていたシュートは仰向けに体を伸ばしながらぼそりと。
キューレはその横で腕を枕にうつ伏せになってぼーとしていた。
気になったとばかりにシュートが横にバッと顔を向ける。
「今から行くとこもこんな感じなの?」
「街中では一人も見たことないかな。そもそもあまり町に出てないけどね。まぁ家族以外で今まで見たのは一人だけかな」
「一人はいるんだ? どこで会ったの?」
「……学校」
「学校?」
キューレはわかりやすぐらい目を逸らして。
行けばわかると、適当にあしらう。
シュートが目を細くして咎めていると、ご飯を買って来たリューネたちが帰ってきた。
パンやスープ、干し肉など適当に買ったであろう食料を山積みにして、寝転がる二人の横に座っっていく。
「二人とも起きて! ご飯買ってきたよー!」
「お肉ありますよ! いただきまーす!」
お肉を掲げているリューネに、キューレが体を起こしてから背伸びをして。
「お姉ちゃんは干し肉いらないからみんなで分けて」
「好き嫌いはダメですよー? キューレ姉さまー」
「硬いのは顎が疲れるから……」
言いながら硬いパンをスープに浸している。
そういうこともあるのかなーと、首を傾げながらリューネが干し肉を噛み千切った。
それを見てからシュートも体を起こして、干し肉を手に取り。
ガブり。
歯で噛みついたまま引っ張るが、なかなか引きちぎれない。
「……硬いっ!」
「シューは食べるのが下手だなー! こうやってねじると食べるとちぎれるよ!」
リューネが実演してくれた方法で、再度試して何とか噛み千切ることができた。
「食べることにコツがあるってめんどうだな……」
「シューくんはめんどくさがり屋さんだよねー」
「本当にそうです! 私や姉さまに手紙書くのも面倒くさいって言ってるんですよ? ひどいですよねー!」
スープを飲み干してからぼそっとミューリが言う。
そしてリューネは隣に座っていた御者の兄弟に同情を求めた。
彼らも無言で頷いて、シュートの方をジトッと見てくる。
そんな状況にいたたまれなくなったシュートが、逃げるようにパンに噛みついて。
「硬っ!」
「お姉ちゃんからのおすすめはスープにつけて柔らかくすることね」
「先に言って欲しかったな! すごい顎痛かったし!」
シュートが顎に手を当ててがくがくと開閉させていると、ふやふやになったパンをキューレが一口。
その向かいではミューリとリューネが、硬いままのパンに噛みついていた。
よく噛みつけるなと、感心してから姉に倣ってスープに浸す。
「そういえば兄さんは?」
いつの間にか食事を終えていた御者の兄の方。”シンク”が止まっている馬車の方を指さして。
「あぁ、寝てるんだ」
シンクが軽く頷いてから、指をさした馬車の方に干し肉を持って歩いて行った。
無愛想なように見えるが普段は笑ったり楽しい人だ。
それこそ唯一の弱点は、彼の弟も含めて一度も声を聞いたことがないことくらいで。
一体どうやって商売してるんだろうと、毎回のように考えているがどうしても慣れない。
シュートは諦めてスープに浸かっていたパンを頬張る。
「意外においしいな」
「私も食べたい!」
「自分のでやればいいじゃん」
「もうスープ飲み終わっちゃった」
スープの入っていた空の器を見せてきたリューネに、自分のスープを丸ごと渡す。
「ありがとー」
自分のパンを少しだけ浸からせて口に入れた。
「食べるの早くない?」
「味が付けばそれでいいし、あんまりぐじょぐじょになっても嫌だもん! あ、あとおいしかった! ありがとー!」
「なら良いんだけどさ」
返されたスープを受け取るシュート。
すると突然、馬車の外壁をノックする音が聞こえた。
「……もう出発ですか?」
頷くシンク。
金髪二人は悲しそうな、憂いのに満ちた顔をして立ち上がる。
そしてシュートやキューレに顔を向けて。
「手紙! 毎日だからね!」
「みーたちもたまに書くから!」
「毎日書いてくれるわけじゃないんだ!?」
目を見開いて驚くシュートに、金髪を揺らした二人はほんの少しだけ微笑んで。
黒髪二人より先に出発してしまった。
「いつも思うけど僕らってちょっと別れ際テキトーだよね」
「いつも通りっていうのが良いんでしょ。少なくともお姉ちゃんはこの方が気が楽だしね」
「気が楽……まぁそうか」
「変な気を使い合うのはなんか嫌だもの」
確かにそうだと、シュート。
そして残った御者の弟の方。”タンク”が馬の世話に近づいていく間も、黒髪二人はゆっくりと食事を続けていた。
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「シュート。起きて、そろそろ出発」
「……どれくらい寝てた?」
「寝ちゃってすぐに起こしたから、まったく時間は経ってないけど」
「……それはどうも」
地面に腕を押し付けて立ち上がるシュート。
ぐらりとよろけたが、それをリューネが受け止めて。
「寝ぼけてるの?」
「寝起きだからねー」
キューレはシュートの肩を押して一人で立たせる。
「言っておくけど、学園ではほとんど助けてあげれないからね? お姉ちゃんは自分のことでいっぱいいっぱいになっちゃうから」
「ほとんどってところに優しさを感じるけど……もともとできる限り自分でどうにかするつもりだったし」
シュートの答えが気に食わなかったのか、不満気に顔を合わせて。
「遠目から応援しておいてあげようか?」
「ちょっとお願いしとく」
「お願いされてあげる」
そんな話をしながらこそこそと馬車の先頭に行って、馬車に繋がれた大きな馬に触れる。
ただ、馬が大きすぎてシュートの体じゃ胴体にすら届いていない。
比べて少し大きいくらいのキューレでも背伸びしてやっと届くくらいだ。
別にこの世界の馬がここまで大きいわけではなく、むしろ周りの馬たちは小さめの馬がほとんど。
それこそシュートたちが挨拶中の馬のように、子どもの三倍以上も大きい馬がいるわけなんてなくて、驚くほど存在感があった。
この馬は《キングホース》と呼ばれる種類らしく、想像通りに最大級の馬らしい。
御者の兄弟がそれぞれ一頭ずつ飼いならしていて、今は大好物のお肉をむしゃむしゃしていた。
もう少し触れ合っていたかったが、周りに見られると厄介なので、馬車の陰で魔法を組んでいたタンクに一言伝えてから、客室の中に入っていく。
入って少しすると、一度大きな揺れがおきて、座っていたシュートたちの体が浮かび上がった。
どうやら出発したようだ。
「……これさえなければ乗り心地は満点なんだけどな」
「……お姉ちゃんも同感」
反対になった体をくねらせながら、二人が座り直す。
タンクはシュートのお願いをフリだとでも思ったのか無視したらしい。
大量のクッションのおかげで痛みはないのだが、シュートの嫌いなジェットコースターのようで不満が漏れてしまう。
「それで、シュートは約束覚えてるの? リューネには聞いたけど」
体制を立て直したキューレが唐突に聞いてくる。
「覚えてるんだけど、詠唱って本当ににいるの? タンクさんとかしゃべんないのに魔法使えてるし」
「それを今から学びに行くんでしょ」
「納得いかないからそれだけでも教えて欲しんだけど……」
納得いかないと書いてあるほどわかりやすいシュート。
リューネは一度ため息を吐く。
「まぁ気持ちはわかるから教えてあげる。確かに詠唱がなくても魔法自体は使えないこともないけど、条件ていうかそんなのがあるらしいの」
「条件?」
「途中で口を挟まないで? 言うこと忘れちゃうから」
「……すみません」
睨まれたシュートがすぐに頭を下げて、それに満足したキューレは頷いて。
「まぁ得意な種類の魔法だけならできるって人はいるよ。たとえば炎は余裕だけど、水は無理みたいな感じ? ほかには特異の魔法ったら基本は詠唱はないみたい。つまり『得意魔法』と『特異魔法』だけならできる人もいるの」
一度咳払いを挟んで。
「だから何でもできると良くも悪くも目立っちゃうの。お姉ちゃんたちはそれができるし、シュートやリューネも同じだと思うから、できるだけ詠唱しなさいってこと。わかった?」
頭を抱えてうつむくシュートを下から覗き込む。
「……いろいろわかんないことあるんだけど。たとえば―――うげっ!」
シュートが顔を上げた瞬間。
黒髪二人の体は今日一番、激しく宙を舞った。




