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目覚めた世界に姉がいた。  作者: かがり
第二章 学園入学の決定事項
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第1話 新生活への決まりごと

 フィルハード邸玄関。

 普段なら片方しか使われない両開きの扉が、今日は騒がしく両方とも開け放たれている。


 といっても双子を見送った日や、その翌日など最近では何かと騒がしい一間ではあったのだが、それでもこの日はより一層騒がしかった。


 理由を見れば簡単で、周りにはフィルハード家だけでなく、人狼や村の何人か。馬車までもが待機している。

 その場では喜ばしいような、悲しいような雰囲気が広がっていて。


 それもそのはず、今日はこの村()()の子供たちが一年ほどいなくなってしまうからだ。

 いなくなると聞くとあまり喜ばしいとは思えないが、実際はそうでもないようで。


「リューネちゃんもシュートも。もう学園に行く歳か……この村も静かになるなぁ」


「ウーさん寂しいんだー!」


「あったりまえだ! シュートはともかく、可愛いリューネちゃんを当分見れないなんて俺は悲しくてしょうがない!」


「ほんとうはシューのこと大好きなくせにー」


 大きく体を動かしながら悲しみをあらわにする人狼。ウィスターのことをリューネがつんつんしてからかっていた。

 別の場所では、村の老爺がキューレに干した果物を強引に手渡ししたり。

 老婆がミューリの頭をポンポンとしたり。


 各々が別れに動きを見せていた。


 シュートはそんな光景を一歩引きながら見ていると、一人の男がシュートに近づいてきて。


「次に帰ってくるときは好きな女の一人は作ってこいよ!」


「十歳に何期待してんの」


「お前と同じ年のころには、村に来る素敵な女性に目も心も奪われて―――」


「そんなんだからいまだに独身なんだ? お、じ、さ、ん」


「うるせぇぇぇ!」


 泣きながら走って逃げていく男に、シュートは意地悪な笑みでがんばれという視線を送った。

 それを見たカレンがシュートの後ろにすっと近づいて。


「シュートくんは―――だものね~」


 一部だけをシュート以外の誰にも聞こえないほど小さな声で。

 シュートは顔をゆがめながら、一歩二歩と母から離れる。


「シュートくん。おいで?」


「……なんで」


「おいで」


 腕を広げて強引にシュートを招くカレン。

 諦めて一歩だけ前に出るシュートに飛びついて、抱きついて。


「ごめんなさいね」


「……ん」


 すぐにカレンはシュートを開放して、散らばっていた娘たちを呼びに行く。

 シュートが苛めないといった顔でため息をついていると、家の中から兄が出てきて横に荷物を置く。


「誰も運ぶの手伝ってくれないってなんだよ! シューも自分の荷物くらい運べよ!」


「兄さんお疲れ様」


「お兄さまありがとうございます! 力持ちですね!」


「っふ。当たり前だ。リューネちゃんのためならいくらだって、なんだって運んであげるさ」


 唐突に聞こえたリューネの声にかっこつけて親指を立てた。


「……おにぃ気持ち悪いなぁ」


「お姉ちゃんもそう思う」


 妹弟たちはディールに蔑むような目を向けた。


 そんないつも通り過ぎて、既視感を覚えるような中。

 シェイドには話があるようで。


「ついに二人も学園に行く頃になってしまったね……」


 涙を堪えてシェイドが鼻をすする。


「ディールたちには言ったことがあるけど、フェイという女性が私の知り合いでね。学園の偉い人って立場だ。何かあれば彼女を頼るといい」


 ”フェイ”という名前に何か感じるらしくキューレが苦い顔をする。

 爪を噛み始めたキューレに、後ろからカレンが後ろから抱き着いて腕をはがす。


「女の子なんだから噛まないの~」


「別に本気で噛んでるわけじゃ―――」


「咥えてるだけでもだ~め」


 ゆったりとした注意に、キューレは力を抜いて口をゆがめて。

 えがお~と、頬を上げてくるカレンに抵抗もしないでいじられている。


 一瞬で蚊帳の外になったシェイドが咳払いをしてから。


「……とにかく体には注意して、みんなで助け合うんだ。わかったかい?」


 子どもたちはそれぞれの返答をしたが、やはりパッとシェイドから興味をなくしたようで、金髪組は自分の荷物を馬車の方に持って行き始めた。

 カレンに拘束されたままのキューレと、父に哀れむような目を向けるシュートがその場に残っていて。


 シェイドは今までより、ずっと真剣な声音で。


「特に二人はつらいことがあるかもしれない。もしも耐えられなくなったら帰ってきてもいいからね」


「……」


 一度、固唾を呑んでからシュートが頷く。


 シェイドはそんなシュートを見て納得したように頷き返して、馬車の方に行ってしまった。

 いつの間にかキューレから離れていたカレンも、悲しそうに微笑んでついて行く。


 弟の驚いたような、何とも言えないような表情を見て、キューレがぼそりとつぶやく。


「まぁ、お姉ちゃんは頑張って耐えてたんだから、シュートが途中で逃げるなんて許さないけどね」


「そんなにひどいの?」


「性格が暗くなったり、歪んで成長するくらいにはね」


「……それはすごい大変そうだ」


 苦い笑いを浮かべるシュートに顔を近づけて。


「お姉ちゃんに似ちゃうね」


「そもそも兄弟の中では一番似てるじゃん」


「髪だけでしょ?」


「そのせいで境遇まで似ちゃうなら間違ってないと思うけど」


 呆れたようにため息をついてから姉は自分の荷物を拾う。

 シュートも続くように余った鞄を手に持って、二人は同じ色の髪を揺らしながら()()()()の馬車の方に近寄っていく。


 馬車の周りには、多くの村人が集まっていて。

 それぞれがシュートたちを鼓舞させるような言葉を積んでいく。


「頑張れよー!」「怪我せんようになー」「問題はさんでね!」「好きな女作って―――」


「だから勉強しに行くんだっての!」


 気に食わなかった一言に、シュートが睨み付けながら叫ぶ。

 そんなシュートの一番近くにいたキューレは小声で。


「シュートはまともに勉強できないかもねー」


「……怖いこと言わないで欲しいんだけど」


 顔をひきつらせながら頭を抱えたシュートに、体験談だしと、軽い調子でキューレが舌を出す。

 二人の様子を見て、ミューリやリューネが近づいてくる。


「途中で休みを挟むらしいので、それまでは一緒の馬車でもいいですよね! キューレ姉さま!」


「みーも同じのに乗っとくー!」


 リューネの声に反応したディールもやってきて。


「なら俺も同じのに乗せてくれ!」


「荷物があるし四人でぎゅうぎゅうなので無理です。お兄様は一人で貸切ですよ」


「なら荷物を俺らが乗る方に集め―――」


「めんどうくさいので嫌です。お兄様は一人で貸切ですよ」


「ならシュートが俺ら―――」


「お兄様は貸切ですよ」


 半ば機械的なリューネの返答に、肩を落としきって馬車に逃げて行った。

 ふて寝でも始めるのかもしれない。


「お兄様は一人きりで貸切でーす……くすっ」


 キューレが笑いのツボに入ってしまったらしい。

 クスクスと、復唱しながら笑っていた。


「あんまりお兄ちゃんをいじめちゃだめよ~。枕を涙で濡らしちゃうお兄ちゃんなんて嫌でしょ~?」


「妹が恋愛対象になるおにぃよりも、ずっとましだと思うなぁ」


 シュートどころか周りのみんなも、共感した。

 フィルハード家長男の散々な評価に、一人だけ反抗して目を輝かせている男がいた。


「誰を好きになったっていいじゃないか! そこに愛があるのなら!」


「お父さま良いこと言ってるようで、話の流れ的に気持ち悪いです」


「―――っん!」


 フィルハード家の主は周りの侮蔑するような目に晒されながらも、なんとか喘ぐだけで耐える。


「……協力してッ、頑張ってくれっ!」


 いろいろとぎりぎりなシェイドに、顔を赤らめた女性がいるなんて誰も気づくこともなく、別れの言葉を適当に交わして終えて―――

「「いってきまーす!」」


 ミューリとリューネの元気な言葉。


 それが引き金になったようで。

 その場のほとんどが、いってらっしゃいと、声をそろえた。


 満足したように歩き始めるシュートの腕をリューネが引き留めて。


「どこに行く気ー?」


「兄さんと同じ馬車に……」


「お兄さまは一人で貸切なんだよ?」


「ですよねー」


 思い出したかのような誰かの笑いと、シュートのため息が重なった。

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