第9話 睡魔と疲労
見覚えのある林道。
教会に向かう途中、双子が休憩を挟んだ場所だ。
〈小人族〉が運んでいた双子は、優しく地面におろされて、オグワーたちと顔を合わせた。
「ここまで運んでくれてありがとう」
「当然のことだ。シュート殿に感謝されるようなことではない」
そっかと、シュートが微笑む。
「何かあればいつでも来るといい。私からも歓迎しよう」
出された小さな手とシュートが握手をする。
リューネは横で腕を広げてまた行くねと、〈小人族〉に抱きつこうとしてるが、すぐにシュートが服を引っ張って後ろに戻す。
不満げに頬を膨らましながら、一体の〈小人族〉に近づいて。
「私たちのカバンありがとう! ほんとに力持ちさんだね!」
リューネが頭を撫でた。
撫でられた〈小人族〉は、リューネよりは長く生きてるはずだが、照れているのか鞄を置いて遠くへ走って行ってしまった。
その反応に面白さを覚えたのか、片足でぴょんぴょんしながら何体かの〈小人族〉の頭を撫でていく。
それぞれ反応は違うが、結局はみんな走って逃げて行ってしまう。
彼らを見ていたオグワーが、一度お辞儀。
「我々はそろそろ戻ることにする。これ以上外に出ていると、次、何かあった時に対応できなくなるのでな。今回のこと重ねて感謝を」
「気にしないで。リューネと一緒に、テシールに会いに行くよ」
「そのときは、またご飯食べさせてね!」
もちろんと、最後に言葉にして彼らの集落に戻っていった。
〈小人族〉たちの背中を見ながら、双子は木に背中を預ける。
背伸びをして、声を漏らすリューネに目を向けて、シュートがため息をつく。
「痛いなら家まで送ってもらえばよかったのに。〈小人族〉が言ってた近くの村って、僕らの村だろ?」
「魔法で誰かが襲わせたかもしれないんだよ? それにシューだって、ほんとは痛いんでしょ?」
不意にリューネが、シュートの左肩に頭を当てる。
「―――いたっ!」
「ほらやっぱりー」
「わかってた、ならやらないでくれる?」
「強がってるからでしょー」
言いながらシュートの足に倒れこむ。
シュートはそれに、自分もじゃんという顔を向けた。
「二人で見たとき入り口が大きかったのは、私が最初に見た後だったってことなのかなー?」
珍しくリューネがため息を吐く。
「リュー、元気ないね」
「んー。疲れてるんだもーん……笑顔も作れないくらい」
誰にも聞こえないぐらい小さな言葉。
それはリューネでさえも気づかないぐらい、静かな言葉だった。
「リュー?」
「おやすみー」
「……はぁ」
強引に寝始めるリューネに優しくため息をつく。
そしてもっと優しい顔を顔をして。
「―――おやすみ」
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二時間ほど経っただろうか。
リューネの寝顔に誘われて、いつの間にかシュートも眠ってしまっていたようで。
余裕のある高さにいたお日様は、大きく傾いてしまっていた。
「……ねむ」
欠伸。
口に手を当てながら、シュートが片目を開く。
膝の上では姉がぐっすりおやすみ中だが、何か罪悪感を感じて起こせない。
「ほんとずるいなこの姉は……」
言って顔を持ち上げて、周りを見渡す。
まだ空は明るいままだが、一時間もすれば昨日と同じ真っ赤な空になってしまう。
どうしたものかと、頭を悩ませて。
首を左右にフリフリしていると―――
「……っ! シュートっ!」
声に顔を向けると、遠くから一つの影が近づいてきていた。
毛むくじゃらの、大きな牙を持った、目つきの悪すぎる人狼。
「あ、ウーさん。なんかお久しぶり」
「久しぶりじゃないだろっ! 一体今までどこにいたんだ!」
握りしめた大きな手をシュートの頭に落とした。
シュートは頭を押さえて、痛みを堪える。
「どれだけ心配してたと思ってるんだ! リューネちゃんは?」
「……ここ」
指を下に向けて睡眠中のリューネを指す。
すると人狼の目は一層鋭くなって。
「血の匂い……何があったんだ?」
「まぁ、いろいろ? できればリューをおんぶでも、抱っこでもして運んであげてくれるとうれしいんだけど」
「それは構わないが……」
「歩きながら話そう? リューも僕もベッドで眠りたい」
リューネを抱き上げる人狼の後に、地面に手をついて立ち上がる。
少しだけよろけて後ろの木に手をついたが、すぐに離す。
「大丈夫か?」
「リューネのせいで足が痺れてただけだから。大丈夫だよ」
「そうか……。とりあえず村に戻ろう。そろそろ日が暮れる」
先に進む人狼の後ろを、そうだねと言って、シュートがついていく。
最初は静かに歩いてるだけで、会話なんてしていなかった。
けどやはり、帰れなった一日のことは気になっているようで。
「で、何があったんだ? リューネちゃんのこの足。お前がやったわけでもないだろ?」
歩く足を止めないまま、大股に進んでいくが、ちらちらと振り返ってシュートに目を合わせた。
しょうがないなとため息交じりに話し始める。
昨日から今日にかけての、ちょっとした話を。
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村に着くころにはしっかり話終えていて、人狼は困ったような顔を作ってみせる。
おんぶされているリューネは起きる気もないらしく、いまだに目を覚まさない。
それだけ安全に、安定させて人狼が運んでいたというわけだ。
「話したこと、聞かれたらみんなに話しておいてね? 僕もリューも。超くたくた」
一つの扉の前で、言いながら力なく人狼に倒れこむ。
それを何とか片手で抑えて倒れないようにするが。
「扉を開けてくれ! 二人のせいで動けないんだ!」
大声で人を呼ぶ。
すぐに中から声がして、扉が開けられて。
「シューくん!」
金髪を焦りながら揺らして、シュートの肩をつかむ。
家からは何人かが出てきて、双子を預かる。
次女は疲れ果ててしまったシュートの肩を持って。
長女はリューネをなんとかおんぶする。
「二人を部屋に連れて行ってあげて。クラウさんお話を」
「あぁ。と言っても俺もさっき聞いたばかりなんだがな」
人狼。”ウィスター・クラウ”は真剣な顔になって頷く。
「主人は今、話を聞きに行っています。すぐに帰ってくると思うので少々お待ちください」
ちなみに長男。ディールは今もなおリューネを探し回ってる最中だった。