プロローグ 名前のないお部屋
その事故は二人の命を奪った。
高校二年生だった女の子と男の子。
二人の残骸に誰もが目をそらそうと悲鳴を上げた。
泣きわめく人が。
線路に降りる人が。
遠くで邪魔だと押す人が。
誰かが二人は犠牲のピースとでも言いたげなため息を―――
真っ白な壁に、真っ白な床。
窓も扉もないのに、なぜか監視カメラが付いている不気味な部屋。
ただ一つ、中央にある短足の机に一人の少女が顔をのせて、自分の赤い髪ををくるくる回した。
「―――そういうわけだから、生まれ変わっても二人でどうにかがんばってねぇ」
興味なんてなさそうに、面倒くさそうに、切られた言葉。
その言葉に机を大きく叩いて、立ち上がる少年がいた。
彼は黒髪を揺らしながら、机の反対側でだらけている赤毛に詰め寄る。
「ちょっと待ったっ! たくさんある僕の質問に答えてもらおうじゃないか!」
「えぇ……フィーリングとかいうので何とかならないかぁ?」
「ならないからっ! 第一なにより、僕たちは死んだんじゃないのかっ!?」
「つばとばさないでよぉ……」
少年の口から飛んでいく唾液。
赤毛は顔に飛んできたそれを、パーカーの袖で拭ってから、不満に顔を歪める。
「……つばは謝るけど、僕と、彼女は死んだんじゃないのか?」
言いながら隣に座る少女を見る。
少女は、金髪をだらしなく垂らしながら、机上に置かれたお菓子を静かに頬張っていた。
なんでこんなときに淡々とお菓子を食べれるのか、心の底から気になっていた質問を噛み砕いて、前に向き直す。
今度も面倒くさそうに顔を持ち上げて、体を後ろに反らせて背伸びをする赤毛。
「キミたちが死んだと思うならそうなんじゃないかぁ?」
ボクは知らないけどと、テキトーに言う。
そんな赤毛の答えに、少年は怪訝な顔を作る。
「じゃあここが天国……ってこと?」
「それじゃあまるで、ボクが死んでるみたいじゃないかぁ!」
「神様とかだったら、いてもおかしくないと思うけど」
「ボクはカミサマなんかじゃないですぅ。失礼な人間だなぁ!」
完全否定。
腹が立ったというように、さらに顔を歪めてしまった。
その様子はとてもかわいらしいのだが、そのまま一升瓶をラッパ飲みする姿に、黒髪は軽く引いている。
空っぽになったのだろう一升瓶は、遠くから聞こえる、ぱりーんっという破壊音に変わった。
「ボクはぁ、普通のヒトですぅ! うん? ヒトだよぉ!」
「やっぱりさっきのはお酒?」
「酔ってない! まだ酔ってないよぉ!」
微妙にずれた回答をしながら、赤毛は机をバンバンと叩く。
それを見て、今度は黒髪が顔を引きつらせた。
「じゃあここってどこなの?」
「別に名前なんてないよぉ? ただのボクのお部屋もん!」
「……なんで、死んだはずの僕たちが、君の部屋にいるのさ」
「ボクも詳しくはしらなぁい。……だいたいあの子が考えることは、いつもいつも、予想外すぎるんだよ」
「……あの子?」
ぼそりと、一瞬だけ素面に戻ったように目を遠く泳がせる赤毛。
けれどすぐに目が、とろんと垂れてきて。
「ふぁあ……もうねてもいい?」
「もう少し起きてて。あの子ってのも気になるけど、なによりも生まれ変わるってどういうこと?」
「そんあの言葉通りだよぉ? キミたちには新しい人生をプレゼントぉ!」
「ろれつ回ってないし……」
所々で欠伸をする赤毛に、微かにため息を吐く。
そして、酔いのせいなのか、眠気のせいなのか赤毛はべらべらと話し出した。
「ほんろは生まれなおすのとかめんろうなんだけどねぇ? キミたちはまぁ、特別らしいんだよぉ」
「特別? どうして僕たちが?」
赤毛が唸る。
んんーと、ほっぺに可愛らしく手を当てて、なんだか諦めたような顔をする。
「ほんろは隣の金髪ちゃんだけらったんだけどねぇ? キミはついでなんだよぉ」
「僕は招かれてないのかよっ!」
「せいかぁい!」
げらげらと笑いながら、さっきよりも激しく机を叩く。
黒髪が、もしかして僕は場違いなのかなんて思っていると、すぐに赤毛が口を開いた。
「らってらってほんろうは―――
「このクッキーうまぁぁぁ!」
―――らったんらもん!」
今まで静かに、それこそ場違いなふうにお菓子を食べていた金髪が、真っ黒な目を輝かせながら赤毛の大切そうな言葉を切り落とした。
黒髪の少年は、顔に唖然という漢字を書いている。
そんなことを知らない、知る気もない女の子たちは、でしょーとか、もう一個欲しいとか興奮しながら話していた。
それを聞いて、別の意味で興奮したように、黒髪が赤毛に詰め寄って。
「さっきの! もっかい言って欲しいんだけどっ!?」
「んー? あぁ! もう準備できたみたいだよぉ?」
「いやっ、だから……」
近くにきた少年の顔の方を向いて、一度手を大きく叩いた赤毛。
流れるように右手の人差し指をまっすぐ伸ばして、黒髪と金髪の後ろ側を指して。
少年は声を出しながらも、あっちむいてほいの要領で、指に誘われて後ろを向く。
顔に書かれていた、唖然という文字が拡大された。
少年の目の先。
壁から広がって、少年たちを飲み込もうとするような暗闇。
得体のしれない歪な影。
なにがなんだかわからない少年は目を見開いたまま、すぐに振り返って―――
「これぇ最後の一個らけど、あげるぅ!」
「ほんとに、いいの!?」
「うん、いいよぉ! れも、そこの人つれて、あの中に入ってくれたららよぉ?」
賄賂を受け取る瞬間だった。
赤毛は、右手で影を。
お菓子を持った左手を黒髪の少年に向けてニコニコしている。
そんなバカなことバカでもしないと、呆れたような、嘲笑したような顔を作った。
「わかった!」
「ちょぉおおお!」
「こうしょーせいりつぅ!」
赤髪がドヤ顔を作った。
金髪の少女が目の前に来た大きなクッキーに半分ぐらい食いついた。
そして、残った分を手に受け取って、唖然の表記がへにょへにょになった少年の口に突っ込んだ。
そのままの勢いで少年の襟を掴まえて、ぐしゃぐしゃと広がる影に飛び込む。
衝撃も何もないまま二人は影に飲み込んで行く。
最後には金色に輝いていた髪が見えなくなって。
ただ一人、部屋に残っていた赤毛は、小さくなっていく影にふわふわと手を振りながら、ため息を吐いた。
「がんばってねぇ……ぐぅふ」
寝落ち。