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8 信じられない

 差し出された手を振り払い、正門を駆け抜けた。


「有希!」


 背後で達弘が私の名を呼ぶが、立ち止まるわけにはいかない。

 正門の正面でちょうど路面電車が大学前駅に止まった。

 点滅する信号を渡り、降りてくる乗客を押しのけるようにして電車に飛び乗る。


 窓の外を見るとぶつかった場所で達弘が呆然と立ち尽くしていた。

 私が路面電車に乗ったことに気がついただろうか。




 最寄駅に着くと電車を降り、炎天下を歩いた。

 道中、車内ではハイネックの人を見かけなかったなとぼんやり思い返す。

 夏らしく髪をアップにし、首周りのすっきりとした涼しげなファッション。


 これだ。

 今は夏なのだ。

 流行りの最先端を行く唯人の格好も、いつだって涼しげだったじゃないか。


 一番自由にお洒落できるはずの大学生が、流行りでもないのに揃って首を隠しているなんておかしい。

 立て襟やハイネック、達弘みたいな襟足の長い髪型であふれている学内が、いかに異質な空間であったか改めて実感する。



 家に着きカバンの中から玄関の鍵を探していると、背後から肩を叩かれた。


「ひゃっ!」

「なにびびってんの、ねーちゃん。俺だよ俺」

「なんだ、真人。……えっ学校は?」


 もたもたしている私を押しのけ、真人が鍵を挿す。


「期末だよ。忘れたの? も〜、喉元過ぎればなんとやらかねぇ。中高生のテスト期間は帰りが早いんだぜ?」


 なぜか得意げに顎を上げ、真人が私を見下ろした。

 喉元過ぎれば、なんていかにも苦労しているかのように言うが真人が机についている姿など見ていない。

 弟たちがテスト期間であると気がつかなかったのは、奴らがちっとも勉強していなかったせいだ。


「ねーちゃんこそ、今日は随分早いじゃん。サボり?」

「サ、サボりな訳ないでしょ。休講よ。休講!」


 とっさの嘘が口をつく。


「ん? きゅうこー? きゅうこーって?」

「んもう。講義がお休みってことだよ!」


 体ばっかりでかくなって中身は小学生の頃と全然変わらない。

 この語彙力で期末テストは大丈夫だろうか。


「え。授業お休みになったら帰っていいの? 自習になるんじゃなくて」

「大学は高校までとは全然違うの」

「いいなぁ。大学楽勝! パラダイスじゃん」


 自分たちだけのプライベート空間に足を踏み入れ、真人とアホな会話をしていると心底ほっとした。

 いつもならさっさと自室の間仕切りを締めてうるさい奴を視界から追い出すところだが、今日はこのままずっと真人と呑気な会話を交わしていたいと思う。


「唯人の高校は昨日テスト終わったから、今日は俺一人なんだよね〜。ねーちゃんがいてくれて良かったわ。一人ってさ〜なんか暇じゃん?」

「暇なら勉強すればいいと思うよ。そのために早く帰るんだから」

「えっ? そうなの?」


 やはり勉強などしていないではないか。

 真人のアホさにちょっと頭が沸きそうだが、それでも誰もいないよりずっといい。



 なごやかな空間を割るように、玄関のチャイムが鳴った。


「あ。俺が出るよ」


 真人が跳ねるように部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。

 友達でも呼んでいたのだろうか。

 いや、今日は一人で嫌だってさっき聞いたばかりだ。


「もー。ねーちゃん、彼氏呼んでたんだったら言ってよね。びっくりするじゃん」


 部屋へ戻ってきた真人が口をとがらせる。


「へ?」

「ごめんね、急に押しかけて」


 真人の後ろから達弘の顔が覗いた。


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