7 今にして思えば
竦みそうになる足を引き抜くようにして、慌てて教室を飛び出した。
幸い話していたのは戸口の前で、部屋が一階の大教室だったためすぐに外へ逃げる事ができた。
転がるようにして中庭を駆け抜け、大学図書館前の広い通路に出る。
連中が追ってくる気配はなかったが、それでも怖くてとても学内にとどまってなどいられない。
このまま真っ直ぐ正門を抜けて駅に向かおう。
家に帰ろう。
人通りの増える昼休み。
走って目立つより人混みに紛れた方がいいかもしれない。
できるだけ大股の早足で駅へと急ぐ。
「夢……じゃないよね」
血の気の引いた頬に手を当てる。
目に浮かぶのは頭を下げて身を乗り出した克己の首筋。
ペロリと唇を舐め私を見下ろす美夏の顔。
教室で一斉に鳴ったジッパーの音。
あれは一体何だったの?
私に、何をしようとしていた?
――痛くないようにシテあげるね――
美夏の言葉が浮かびぞっとする。
カケに勝ったのは私だとか、達弘はポカをしたなどとも言っていた。
花火をする以前から美夏、克己、達弘の三人は私を狙う作戦を立てていたんだ。
一体何のために??
首にジッパーを持つ人間はここにどれくらいいるの?
そして彼らは何を狙っているの?
「おっ……と」
横切ろうとした自転車にぶつかりそうになって顔を上げる。
「すみません」
乗っていた男の着ていたのは黒のハイネック。
思い返せば克己はマッチョな体型に似合わずいつも気取ったふうにシャツの襟を立てていた。
美夏は日焼けを嫌がって一年中ハイネックだった。
達弘も襟のあるシャツを好んできていたし、襟足を長く伸ばしていた。
それもこれも皆首の後ろのジッパーを隠すためだとしたら。
「ひっ」
周囲に目をやると、首を確認できない人が相当数いるのに驚く。
あの人もあの人も、それからあの人も?
これまで美夏たちの格好に違和感を持たなかったのも、それがありふれていたからだ。
もしかしたら今ここにもかなりの数が潜んでいるのかもしれない。
だらしなく伸びきったキャミソール姿で髪を束ね、首を露出してうろうろしている私は、ジッパーが付いていないですよと宣伝して歩いているようなものだ。
怖い怖い怖い!!
ここは危険だ。
一刻も早く家に帰らなければ。
「あっ」
どんと柔らかいものに押し返されて、尻餅をついた。
今度こそ人にぶつかったのだ。
キョロキョロしながら歩いていて、前に人がいることに気がつかなかった。
「ご、ごめんなさい」
「こちらこそ、すみません。大丈夫ですか……って。あれ? 有希。どうしたの」
手を差し伸べられて顔を上げると、目を丸くして私を見下ろす達弘の姿があった。