4 流行りのネックレス
「あ〜〜」
階段を上がり自室に着くなり力が抜けた。
大きく口を開けてみっともなく回転椅子にもたれかかる。
「ねーちゃん、なんか抜け殻になってない?」
「んだな。あれはなんかあったな」
中高生の弟たちが間仕切りの向こうから私のスペースをのぞき込みヒソヒソ話をしている。
昔ながらの一軒家。
部屋数が足りず三人姉弟で一つの部屋を間仕切りで仕切り、共有していた。
きちんと締めればちゃんと独立した部屋にはなる。
だけど今はめんどくさくて立ち上がる気力もわかない。
あいつらの声なんて、どうせ蝿の羽音みたいなものだ。
「なんかって何?」
「そんなん決まってるだろ。いくらくっそ地味なねーちゃんだって花の大学生だぜ?」
「まさか。このご時世、化粧どころか日焼け止めすら塗ろうとしない色気皆無のねーちゃんが」
「そうさ。未だ小学生と見紛わんばかりのバディーとセンスのねーちゃんが、だ」
構ってくださいと言わんばかりに羽虫どもが声を張り上げうるさいが、そんなことはどうでもいい。
結局、達弘にジッパーのことを尋ねることはできなかった。
唐突に告白され、その上誕生日までになんらかの返事をしないといけない事態に陥っている。
あまりの展開にため息が漏れた。
癪だが弟たちの言う通り。
地味でお洒落さのかけらもない私は恋愛に非常に疎い。
ああいう時どう振る舞えばいいのかなんて想像もつかず、こうして逃げ帰ってきたわけだ。
「こんなディスってんのにガン無視とかありえなくない?」
「だから言ったじゃん。それどころじゃない何事かがこの内弁慶な凶暴女の身に降りかかってる。聞いただろあのアンニュイなため息」
「にーちゃん、アンニュイって何?」
そういえば語彙やら何やらいろいろ足りない中学生の真人はともかく、高校生の唯人はかなりお洒落にうるさかったはず。
ファッション雑誌も月に5冊は買っている。
興味のわかない私から見ると、男性向けファッションという切り口だけでこんなに種類が必要なんてわけがわからないけど。
「唯人。首の後ろにジッパーみたいな飾りのあるネックレスって、流行ってたりする?」
「は?」
「ネックレスよ。ごく普通の銀のジッパーが後ろに付いてるネックレス。まるで首から直接ジッパーが生えてるみたいに見えるチェーンが透明なのとか、流行ってたりしない? チタンとかステンレス製のアレルギーフリーなやつとかさ」
唯人は腕を組み首をかしげた。
「そんなもん、雑誌でも街でも見たことねーよ」
「ねーちゃんが男物のアクセサリーに興味を持つなんて……彼氏にプレゼントするつもりなん?」
「バカ、真人。地雷踏むな。まだ彼氏と言える関係のやつがいるかもわかんねーんだぞ」
さらなる誤解を招いてしまったようだが、考えるのも面倒だ。
「唯人が知らないなら、少なくとも流行りじゃないね……ありがと」
間仕切りを奥まできっちり締め切って羽虫たちを視界から追い出すとスプリングベッドに倒れこんだ。
ぎゃあぎゃあじゃれ合う二人の声がやかましい。
こんな間仕切りでごまかしていつまでも三人で部屋を共有するより、いい加減一人暮らししたほうがいいと改めて思う。
どうせまた達弘とは明日の講義で顔をあわせる。
その時改めて確かめてみればいいだけだ。