2 ふたりきり
達弘の髪の付け根。
ぼんの窪のあたりでジッパーが揺れていた。
蛭の口が吸いつくみたいに肉にぴたりと張り付いてヒラヒラしている。
どうしてそんなところにジッパーが……。
「有希、懐中電灯お願い。ほら、男子はバ・ケ・ツ!!」
テキパキと片付けを指示する美夏の声に、はっと顔をあげた。
慌てて手提げ袋から懐中電灯を取り出し、明かりをつける。
「達弘、バケツ蹴倒すんじゃねーぞ」
「心配ご無用。俺は有希に線香花火ぶつけちゃう誰かさんと違って、動きが丁寧だからね」
克己と達弘がやいやい言いながらバケツの前にしゃがみ、落ちたゴミを拾い入れはじめる。
懐中電灯で男子たちの手元を照らすふりをして、そっと達弘の首の後ろに明かりを向けた。
あのジッパーの正体を知りたい……。
「ばかっ……眩しいだろ」
達弘の正面に座っていた克己が目に光を浴びて、顔をしかめた。
「あっごめん」
パッと懐中電灯の向きをバケツへと下ろす。
光を移した瞬間、達弘の首の後ろがキラめいた。
私たちはゴミを集めて、河川敷から徒歩十五分ほどの場所にある大学のサークルボックス棟へ向かった。
鍵の管理は学生に任されていて、深夜でも簡単に侵入できる管理の緩い場所だ。
そこなら足洗い場もあるし、汚れた水を排水溝に流せば花火も綺麗に回収できる。
「あんたたち。途中のコンビニでビール一本おごりなさいよね」
ゲームの勝者が下した命令はごく簡単なものだった。
三人でビールを一本提供するので許してくれるつもりらしい。
美夏は寛大だ。
「ええ〜命令はバケツ運びじゃねーのかよ」
「片付けは花火の後のお約束。当然のことでしょ」
「でもお前らはゴミ袋とライト……ってどう考えても女子が楽じゃ〜ん」
「うっさい克己。黙って運べ」
美夏が諦めの悪い克己を一蹴するのをおかしがって達弘がくすくす笑う。
「克己、諦めろ。負けは負けだ」
「くっそぉ……」
勝者が美夏で本当によかった。
「ドベは自分だから美夏には俺が奢る」
克己はそう言い張って、コンビニの前の路地にバケツを置いた。
「そんな悪いよ。克己が負けたのは私のせいでもあるんだし」
「お前はカケに入ってなかったんだから障害物扱い。ぶつけた俺の負けだ」
「そんなこと……」
曲がってきた自転車がベルを鳴らし、慌てて端へ避ける。
「ここ道も狭いし、バケツの見張りもいるだろ? いいからお前らは外で待ってろよ。な?」
「いい覚悟ね、克己。遠慮しないわよ?」
克己の言葉を後押しするように美夏がニヤリと笑う。
「はぁっ? さっきお前ビール一本でいいって言っただろうが!」
「だってこのコンビニ元酒屋じゃーん。よそより種類豊富だったなーって思い出しちゃった」
「悪いな克己! じゃ、遠慮なく俺は有希とここで待ってるわ」
「達弘、お前ふっざけんな。ここは普通助けるとこだろ」
美夏が文句を垂れる克己の袖を引き、コンビニの入口をくぐる。
私と達弘は路地で待つことになった。