10 ジッパーの正体
指でピアスをつまみ、まじまじと観察する。
つけたことがないから形状が一般的なものなのかわからないけれど、パッと見たところなんの変哲もないただのピアスだった。
「あの時達弘は私にジッパーを見られたことも、それを不気味に思われてるのも分かってたんでしょ」
「うん。わかってた」
素直な返事に思わずむっと口を尖らせた。
「じゃあ、どうしてピアスだって教えてくれなかったの。反応を面白がってた?」
「まさか、違うよ。あの時はピアスだとは言えなかったから」
達弘は大きく首を振り、目を見開く。
「美夏たちにこれが本物のジッパーではないと知られたら終わりだ」
白く血の気の引いた唇をぎゅっと噛みしめる。
達弘の苦しげな表情のわけが、パッと頭に浮かんだ。
「そっか。ジッパーが本物ではないと知れたら、仲間ではないことがバレてしまうから」
達弘は小さく頷いた。
私が達弘にアレルギーの話を持ちかけた時、美夏と克己はコンビニにいた。
結果的に長居したけど、二人があんなに買い物するなんて思ってなかったし、いつ出てきてもおかしくない状況だった。
その時の私は、まだジッパーの脅威どころか存在自体を知らない。
もしピアスのことを打ち明けたとしても内容が中途半端にしか伝わらなければ、何も知らない私は美夏たちの前で達弘の首のピアスのことを話題にしたかもしれない。
達弘がピアスをつけてジッパーのあるふりをしていたのだとしたら非常にまずいことになる。
「でも、ごめん。怖がらせたね」
「ううん」
美夏や克己の首についているのは達弘のようなピアスではなく、本物のジッパーだ。
その音をはっきりとこの耳で聞いていた。
達弘がすでにそれを知っていたのなら、怯えるのも無理はない。
「あいつらはもう、美夏でも克己でもない。全く別の生き物だよ。すごくうまく演じているけどね。有希も美夏の変化に全然気づいてなかっただろ」
その通り。
思い返してもジッパーの話をするその時まで、美夏は私がずっと昔から知っている美夏だった。
仕草も、癖も。
「美夏でも克己でもないってどういうこと?」
「言葉のままの意味さ」
周囲にしっかり気を配れる、天性のリーダー格。
きつそうに見えて実はすごく面倒見のいい、美夏。
今もずっと変わらない。
なのに、美夏はもう美夏じゃない……。
「別の生き物なんだ」
達弘が目を伏せる。
私だって、見たじゃないか。
普段と全然違う美夏たちの姿を。
「二限の後、美夏に達弘の首にジッパーがあったのを見たって打ち明けた」
「そしたら?」
「二人は急にカケがどうとか、達弘はポカをしたとかおかしなことを言い出した。その上痛くないようにしてあげるって首の後ろのジッパーを下ろしながら大勢で迫ってきて。美夏たちは何者なの。いったい何を狙ってるの」
口にすると指が震えた。
あの時のジッパーの音が耳を離れない。
「奴らの狙いは食事と繁殖。人間の中身を喰らい、子を産み付ける。子どもは親が食べ残しておいた脳を食べ記憶を吸収し、食べた人間になりすましている」
「じゃあ本当に美夏は……」
「既にもうどこにもいない」




