1 線香花火
達弘の首にジッパーがついているのを見たのは、いつもの四人で河川敷に集まって、花火をした時だ。
天の川までくっきり見える、月のない夜だった。
「最後はやっぱり線香花火ね」
美夏がジャーンと効果音付きで線香花火を取り出した。
「よっしゃ! 最後まで生き残ったら王様な。お前らなんでもいうこと聞けよ!」
克己は気合のガッツポーズを決める。
いっせーので揃えて点火するんだろうとは思っていたけど、いきなり王様ゲームだなんて横暴だ。
「こら。まだ克己の勝ちじゃないし、そもそもそんなカケするなんて言ってない。勝手に決めないで。達弘も有希もひいてるでしょうが」
暴走する克己を諌めながら、美夏が花火を配る。
竹ひごでできた線香花火は指で挟むと頼りなくしなった。
全然勝てる気がしない。
「俺はいいよ、克己。勝負だな」
達弘はおっとりとした声で受けて立った。
物腰こそ柔らかいが、案外達弘は気が強いのだ。
「そんなカケに乗らないでよ達弘〜。男子だけでやってよね。万が一克己が王様になったらどんなことになるか。あー考えただけでもぞっとする」
「はぁっ? 美夏、お前何変な想像してんだよ。ばかじゃん」
大げさに美夏が肩をすくめると、克己は真似をして同じようにいかつい肩をすくめて見せた。
そっくりな仕草がおかしくて思わず吹き出してしまう。
「ちょっと有希ぃ〜?」
すかさず美夏が腰に手を当て私をにらんだ。
「では、いざ勝負!」
達弘の声を合図にろうそくを囲んだ私たちは、同時に線香花火の先を炎の中に差し入れた。
「あっ」
竹籤が揺れ私の花火は克己の花火とぶつかった。
互いに慌てて手を引き、一つになった大きな珠がぽたりと落ちる。
「なんだ克己。口ほどにもないね」
達弘がクスリと笑う。
「……達弘、克己の代わりに私と勝負よ」
するとすぐに美夏が達弘に挑みかかった。
「あれ? 美夏は王様ゲームなんて反対なんじゃなかった?」
「うっさいわね。気が変わったの!」
言い出したのに早々に負けてしまった克己が可哀想になり、盛り上げてやろうと思ったのだろうか。
なんだかんだ美夏は気配りの人だから。
「なんか、ごめん」
「有希のせいじゃねーよ」
私が謝ると、克己は襟を立てたシャツの首に手を当てて気まずそうに首の後ろを掻いた。
「そうよ。有希が気にすることじゃないわ。自分で挑んだくせにミスする克己がどんくさいんだから」
口では腐しながらも美夏の目線は真剣に花火の先を見つめている。
美夏の白いハイネックのカットソーがオレンジに染まって夕日みたいにきれいだ。
色白の美夏は日に焼けるのを嫌って、年がら年中ハイネックの長袖を着ていた。
美の追求には寸部の隙もあってはならないのよとストイックな美夏は言う。
私にはとても真似できない。
でも河川敷は虫も多いし、私も今日くらいは多少暑くても長袖を着てくるべきだった、と後悔する。
すでに手足が数カ所痒くなっている。
「やられた!」
花火が消えて、達弘が叫ぶ。
「ヤッタァ。これであんたたちは私のしもべね」
美夏が不敵に笑うと、あーっと叫び達弘はうずくまったままグシャグシャッと頭を掻いた。
その時だ。
私は見た。
達弘の首、襟足の長い髪の間でキラリと銀色のジッパーが光ったのを。
はっきりとこの目で。