織姫と彦星
七夕、織姫と彦星が一年に一度出会える時。 十年前のその日、私と梨乃は二人で展望台で星空を眺めていた。
街から少し離れた位置にある高台。その頂上付近にある東屋が建っているだけの簡素な展望台。郊外にあるということと小さな町にあるということが相まって閑散とした場所。
私達はその展望台の端っこ、芝生の部分に私が用意したシートに寝転がって夜空を見上げていた。
「一応、星座盤持ってきたけどよくわかんないね」
梨乃は学校で配布された小さめの星座盤――星の部分が光るから夜でも探しやすいという触れ込み――と夜空を交互に眺めながら呟いた。
「それに高台といっても山じゃないしね。さすがに見つけにくいと思うよ」
「あーあ、中学生じゃなきゃもっと遠出できたのにね」
梨乃は星座盤を脇に置いて真っ直ぐに星空を見上げる。
「じゃ来年にはもっと遠くに行こうよ。その頃には二人とも高校生だし」
「うーん。でも結局自転車じゃそんなに遠くはキツくない?」
「でも、電車で行ける範囲なら大丈夫じゃない?」
「じゃ、約束しよ。来年も二人で星空を眺めるって」
梨乃は私の方を向いて小指を出してくる。
「うん約束」
私と梨乃はそうやって約束したのだった。 だけれど梨乃はその後すぐに転校してしまった。
その後しばらくはメールでやり取りもあったけれど、高校に入学するころにはパッタリとそれも途絶えてしまった。 それからさらに月日が流れ、私は就職し、地元から離れた都会で一人暮らしをしていた。
「七夕かぁ……」
私は上空に広がる漆黒の夜空を見上げて呟いた。
「…そういえばあれから十年か、長いな十年って…」
その時私はスマホが鳴っていることに気づいた。
「…?」
そこに表示されているのは見知らぬ番号。不思議に思いながら私はその電話に出る。
「…もしもし」
「あ、えっと、綾ちゃん?」
私の名前を呼ぶその声には凄く聞き覚えがあった。
「もしかして、…梨乃…?」
「うん、久しぶり」
「…久しぶりって」
「えっと、その、今日七夕だよね――」
梨乃はそれからここからそう遠くない公園の名前を言い、そのまま電話を切ってしまった。少し不安もあったけれど会いたさのほうが強かった私はすぐに電車に飛び乗りその公園に向かった。 公園の開けた場所――。
そこに一人の女性が星空を眺めて立っていた。
「……あの、もしかして、梨乃?」
私の声に女性は振り向いた。その顔は確かに大人びていたもののどこか梨乃の面影が残っているような気がした。
「綾…ちゃん」
梨乃は少し瞳を潤ませながら言った。
「……」
「…ごめんね。転校したあと携帯落としちゃって、しかもその時に電話帳も全部消えちゃってそれでどうしようってずっと思ってたんだけどなにもできなくて。でも今年のお正月に久々にあの町に帰ったら中学の時の同級生に会えてそこからなんとか綾の連絡先までたどり着けたの」
梨乃は涙を流しながら今までの経緯をほぼ一息で話した。
「そうだったんだ。私、悪い方向にばっかり考えてた」
私は梨乃の涙をぬぐいながらそう言った。
「ごめんね…約束…、守れなかった」
そんなことを言って泣く梨乃は私はそっと抱きしめ、
「守ってくれたよ。だって七夕には会えたんだから」
梨乃の髪を撫でながら囁いた。
「でも十年も過ぎちゃったよ」
「そっか、そうだね。だったら」
私は悪戯っぽく言ったあと、
「…っ」
梨乃の唇にそっと唇を重ねた
「その分の違約金をもらわないとね」
「……」
そんな突然の行動に呆気にとられた梨乃に私は、
「実はね、私あの頃からずっと梨乃のことが好きだったの。世界で一番、誰よりも梨乃が好きだったの」
そう告げた。
「……。…私も、綾が大好きだよ」
梨乃は嬉しそうに微笑みながらそう答えてくれた。